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チーム天狼院

才能があると言われ、書籍化の話が来たにも関わらず、3年経ってもデビューできない小説家志望の女の話《川代ノート》


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今から、とても恥ずかしい話をしようと思います。
これまで、誰にも打ち明けていなかった話です。そして、これから先も、一生、誰にも打ち明けないでおこうと思った話です。ある意味、懺悔のようなものですから。
醜くて、とても汚い感情を、私はこれから吐露しようと思っています。

今こうして書き出したキーボードを打つ手も、ふるえてうまく進みません。
けれど私は、この事実を書かなければ、きっと前にも後ろにも、進めないだろうという予感がするのです。
だからこそ、書こうと思います。どうやっても認めたくない事実を、認めなければならない覚悟を、しようと思います。

 

 

「川代さん、本を書きませんか?」

突然その話が来たのは、ちょうど私が大学を卒業する、一ヶ月くらい前のことでした。
私は春休みを満喫していて、そして、天狼院でインターンスタッフとして、働いていました。残り少ないモラトリアム期間を、楽しんでいたのだと思います。

そして、文章を書いていました。自分の好きなことをいろいろと書いて、天狼院のWEBサイトにアップしてしました。
私が文章を書くようになったのは、大学三年生のときでした。
きっかけは、そう、天狼院書店・店主の三浦さんが言った、一言。

「文章を書いてみない?」

彼は、天狼院書店のサイトのアクセス数を伸ばしたいから、手伝って欲しいと、そう言いました。
なんでもいい。どんなことでもいい。まずは、自分の興味のある分野からでいいから、書いてみて欲しい。

そう、言われました。
もともと、文章を書くのが好きだった私は、喜んで引き受けました。別にやりたいことなんてなかったけれど、なんか、面白そう。それに、自分の文章を誰かに読んで指導してもらうという経験をしたことがなかったので、楽しみでした。

三浦さんは、私にいくつかの「面白い文章のコツ」を教え、私はそれを守って文章を書きました。はじめのうちは、どう書いていいのかわからなくて、そもそもインターネットに自分の記事がアップされるという経験に慣れなくて、何を書いたらいいのかわからなかったのですが、とりあえず、書くことだけは続けることにしました。

「面白い!」

しばらく記事を書いていると、三浦さんはそう言いました。面白い。もしかしたら、才能があるかもしれないから、どんどん、書いてみるといい、と。

私は、どれが面白くて、どれが面白くないのかがよくわかりませんでしたが、とりあえず、色々なトピックで、文章を書いてみました。
すると、変化が起き始めました。
私の文章が、回し読みされているのです。
これは、驚くべきことでした。
知らない人から、コメントが来る。メッセージが来る。「川代さんの文章を読んでよかった」と、そう言ってくれる。

のちのち、それはいわゆる「バズ」というやつなのだと、知りました。
はてなブックマークのホットエントリーに入り、Facebookいいね!数は数千にもなり、ツイッターでも、何人もの人がリツイートしていました。

すごい、なんだこれ、と思いました。

こんな、面白い世界が、この世の中に、あったなんて。

そうして反応が返ってくるのを実感するにつれ、私はどんどん書くことにのめりこんでいきました。
毎日毎日書くことばかり考え、何がネタになるかわからないと、常に目を光らせるようになりました。色々な自分の感情を、事細かに書き留めるようになりました。

いつしか、私にとって、「書いて食べていく」ことは、もっとも大きな目標になっていました。

もしも、文章を書いて、それで食べていくことが、できるようになったら。
それは、どんなに楽しいだろうと、どんなに面白いだろうと、そう思いました。

それから、私は、一週間に一回くらい記事を更新するようになりました。色々な人に読んでもらおうと思いました。
なんでもいいから書こう。とにかく書こう。きっと書き続けていれば、自分はデビューできる。

だって、私には……。
私には。

「さきには、才能がある」

私が文章を書いてしばらく経った頃、三浦さんが、そう言いました。

「小説なのか、エッセイなのかわからないけど、プロとして食べていく才能がある」

だから、書け、書き続けろ、と三浦さんは、言いました。

「僕は、さきを作家としてデビューさせたい」

君には、プロの作家として食べていけるポテンシャルがあるから、だから、本当にこれというタイミングで、出版社に持って行こう。デビューさせよう。
作家になったら、天狼院がエージェント契約をして、君を世に羽ばたかせよう。
だから、書け。とにかく、書け。

それは、夢のような言葉に思えました。

何しろ、私には、「自分にはこれがある」と自信を持って言えるものが、何もなかったからです。

大学生の頃,私の周りには、キラキラしている人がたくさんいて、私はいつも、いつもいつもいつも、コンプレックスを感じていました。できることなら、この場から立ち去りたいと思うくらいに、本当に、才能だらけでした。

大学生にもかかわらず、起業した人。大きなNGO団体の代表をやっている人。英語がぺらぺらの人。音楽に秀でていて、ほとんどプロとして活動している人。

周りの人間みんなが、敵に思えていたし、そんなすごい人たちに比べて、自分には何もないと、そう思っていました。自慢できるものが何もないことが、本当に苦痛で苦痛で仕方がありませんでした。

だからこそ、「才能がある」と、「デビューさせたい」と三浦さんが言ってくれた時には、救われた気持ちがしました。
私にも、「これだ」というものが、ある。
誰にも負けないものがある。

大丈夫。私は生きていける。

自分がここにいてもいい理由を、やっと見つけたような気がしました。

 

 

「スランプ」という言葉を、よく聞きます。
まさか、自分の身にも、それが来るなんて、思ってもみませんでした。
とにかく、書けない。書きたいことが思い浮かばない。
たとえ、書いたとしても、とてもつまらないもののように思えたし、実際にインターネットで公開しても、それほど多くの人に読まれることはありませんでした。当たり前です。自分が自信を持って出せないものを、他の人がいいと言ってくれるわけがありません。
しばらく、バズも起きていなかったし、自信を失っていたのも、原因としてあると思います。

けれど、私のそのスランプには、もう一つ、理由がありました。

三浦さんは、本当に私を、デビューさせる気があるのかどうか。
初めの頃の約束を、三浦さんは、忘れているんじゃないかと、そう思いました。

三浦さんは忙しいし、もう興味がないのかもしれない。
それに、私なんかよりも、あとから入ってきたスタッフの方に、気持ちが向いているんじゃないかと思いました。

そのスタッフというのは、なんと京大生で、とても頭が良くて、天狼院で一番くらい読書家で、知識が豊富でした。
彼女が、京都天狼院がオープンする前に書いた「妄想京都天狼院」という小説はとても面白くて、お客様にも人気がありました。

そして皮肉にも、彼女が天狼院でインターン生として働くようになったのは、私の記事がきっかけでした。

「川代さんの記事を読んで、とても面白いと思って、それで遊びに来ました!」

純粋に、そう言う彼女を、はじめのうちは可愛がっていたのに、徐々に、醜い感情が湧いてくるようになりました。

辞めてほしい。
天狼院を、辞めてほしい。

それは紛れもなく、本心でした。認めたくなくても、本心でした。
彼女が来ることによって天狼院がもっともっと盛り上がるということを喜びたいと思うのは事実なのに、心の奥底の汚い部分では、猛烈に、嫉妬していたんです。
彼女が天狼院にいることが、嫌で、あんな、私より才能がある子を引き寄せてしまうような記事なんか書かなければよかったと、そんなことばかり考えていました。

考えても、みてください。
「あなたのファンです」と言ってきた子が、どんどん脚光を浴びて行く。
私なんかよりも、ずっと先を、先を走っていく。
その一方で、私は、バズを起こすことができない。

私の椅子を取らないでよ、と思いました。

やめて。私がやっと見つけた椅子なのに。あなたには、なんでもあるじゃん。頭もいいし、知識もあるし、私が持ってないもの、たくさん持ってるじゃん。私には、これしかないんだよ。やっとやりたいこと見つけたんだよ。なのになんで、それを奪って行こうとするの。

初めは一つの椅子に、悠々と私が座って入られたのに、気がついたら、二人に。
そして、今あるライティング・ゼミの前身である、ライティング・ラボがはじまったことによって、さらに、何十倍にも、膨れ上がりました。

そして、ライティング・ラボでも、三浦さんは、こう言いました。

「才能がある人は、天狼院からデビューさせたいと思っている」

ああ、別に、私じゃなくても、よかったんだ。
私は、浮かれていて、その椅子は、私だけのものだと思っていたのに、違った。別に誰でもよかったんだと思いました。

最初、三浦さんの注目を集めていたのは、自分だけのはずだった。自分だけだと思った。
でも、そんなことはなくて、椅子はたった一つでも、それを奪い合う人間は、何百人も、何千人もいるのだと、気がついたんです。

正直に、言います。
私は、三浦さんを恨みました。
騙された、と思いました。

ここまでやってきたのに。ずっと頑張ってきたのに、どうして。どうしてどうしてどうして。

でも、その思いをまっすぐにぶつける勇気もなくて、ただ、毎日、嫉妬を燻らせていました。

けれど思いがけず、ある日、三浦さんから、メッセージが届きました。

小説家にするって話、僕は約束を破ってないよ。二度同じことを言った。そして、二度さきはやらなかったから、僕は待っていた。
毎日一本、辛くとも渾身の記事をあげて来なければ、プロとしてやっていけないと思った。
好きなことを自在にやれるには、塗炭の苦しみを味わう必要があって、さきはそれから二度逃げた。
これでは、絶対にプロとしてやっていけない。

一瞬、息が止まるかと思いました。

図星だと思ったからです。
どう考えても、図星でした。

「書く量が、圧倒的に足りてない」

私は、何度も三浦さんから、そう言われていました。
そして、やります、とも言っていました。
でも、逃げた。何もやらなかった。

それに、三浦さん自身が若い頃、小説家を目指して毎日毎日、原稿用紙40枚分も文章を書いていたことも、知っていました。1日に、40枚です。文字数にしたら、12000字〜16000字程度。とんでもない量です。

だからこそ、そこまで言うのだと。
それだけ書いたとしても、プロになれるかどうかは、わからない、そういう世界なのだと。
本当にプロを目指す人間は、「スランプ」などという都合のいい言葉を使って言い訳などしないのだと、知っているからこそ、そう厳しく言うのだということは、わかっていました。

だから三浦さんがそう言うのは、とてもよく理解できました。

そのメッセージを見て、改めて私は、書かなければ、と思いました。

 

 

そんなときです。
書籍を書きませんか、と言われたのは。

その人は、とある出版社の、編集者さんでした。

天狼院に来て、そして、こう言いました。

「川代さんの、ブログを読みました」と。

にわかには、自分の身に起こっている出来事が、理解できませんでした。

「とても面白いと思いましたので、ぜひうちで書籍化しませんか」と、そう言われたんです。

そして、とんとん拍子に話は進み、私と編集者さんで話し合って、実際に書いてみることになりました。

印税の話や、今後の流れや、いつ出版になるかなどの話をしました。

それは、夢にまでみた光景でした。
まさか、本当にこれがリアルになるなんて。

私のブログが本になると聞いて、当たり前ですが、私は舞い上がりました。
家族や友人に、本が出ることになったと言いふらし、たぶん8月くらいになると思うとかなんとか、周りに宣言して回りました。書いたらサインするね、などと、調子に乗っていました。

ああ、私の努力はようやく実ったんだと、そう思ったんです。

私は、自分がこれまで書いていたブログの内容をもとに、書籍化するようの文章を書き始めました。
編集者さんは、こうしたらどうか、ああしたらどうかと、様々なアドバイスをしてくれましたが、私には、「こうしたい」という自分の理想があって、それを、受け入れたくありませんでした。

「自己啓発書みたいにはしたくありません」
「それはつまらないと思います」
「これは絶対曲げられません」

何しろ、はじめての本です。
自分のポリシーというものがあります。それを曲げたくはありません。
せっかくのチャンスなのだから、変なものにはしたくない。
自分が書くものなのだから、私が一番よくわかっているに決まっている。

完全に、調子に乗っていたのだと思います。

もう、想像がつくと思いますが、結局その話は、なしになりました。

理由は、簡単です。面白くなかったからです。

私の、実力不足でした。
編集者さんのアドバイスをそのまま受け入れていれば、形なったかもしれない。
うまくいったかもしれない。

いくら考えても仕方のないたらればを、何度考えたことでしょう。

「面白くない」

おもしろく、ない。

それはイコール、私に力がないということと、同義でした。

 

 

「書籍化、決定!」

2017年のはじめ。
そして、夢にまで見た、喉から手が出るほどほしいと思った、その言葉は、私ではない人のために、使われることになりました。

京都天狼院・店長の三宅の本が、出版されることになりました。

そう、あのとき私のファンだと言って天狼院に入ってきた、京大生の子です。

ああ、来てしまった、と思いました。

その椅子に最初に座るのは、私だと思っていた。その地位は揺るぎないと、信じていました。

芥川龍之介の「蜘蛛の糸」に出てくる罪人のように、たらされた蜘蛛の糸を必死で登って登って、極楽浄土に行けるのは間違いなく自分だと思っていたのに。
なのに、気がついたら、自分の足元には、何人もの人が、足を引っ張って、追いかけてくる。

やめろ、やめろ、と思っても、やめてくれない。

そしてお前らはくるなと、蹴落とそうとしたその瞬間、一本しかなかった私の蜘蛛の糸は、切れてしまったんだと、そう思いました。

はじめのうちは、ただの小さな書店だと思っていた「天狼院書店」は、気がついたら、小説家養成ゼミ、ライティング・ゼミと、次々にプロ作家を目指す人々を応援するゼミができてきて、そして、あれよあれよと言う間に、ライバルが増えて。

小説家ゼミには、ほとんどプロ並みと太鼓判を押される小説を書く人が出てきて、そしてついに、ついさっき、ライティング・ゼミの人から、「書籍化が決定した」と、連絡を受け。

私は、何を。
何を、のんびりしていたんでしょうか。

そしてここまで来て、私は、ようやく、3年かけてようやく、ある一つの、揺るぎない事実に、気がついたんです。

 

「自分には才能がない」と認めてからがようやく、スタートラインなのだ、と。

 

私は、舞い上がっていました。
完全に、自分には才能があると思い込んで、あぐらをかいていたんです。

「僕には才能がないけど、君には才能がある」

三浦さんは、よく、そう言っていました。

「さきには、僕が嫉妬するくらいの、才能がある。僕は、才能がないのを、努力で補っているだけだから」

おそらく、三浦さんが、そう思ったのは、事実だったのでしょう。
けれど、私には、不思議でした。
なぜなら、三浦さんの文章は、とても面白かったからです。
どれを読んでも、ぐいぐい引き込まれるし、事実、三浦さんの文章は何度もバズを起こしていました。
どう考えても、才能があるように私には思えました。

けれど、気がついたんです。
三浦さんの文章が面白くて、そして、どんどん進化しているのは、三浦さんが、自分のことを「才能がない」と思っているからだと。

そして、私がいつまでたってもくすぶっているのは、「自分には才能がある」と、どこかで無邪気に信じきっているからだと。

そう、気がつきました。

私は、「才能のある自分」や、「なんとかしてくれる三浦さん」に頼り切って、あぐらをかいて、自分で行動を起こす気は、さらさらなかったんです。

なんど「書け」と、「死ぬほど書け」と言われたとしても、何もしなかったのは、「何もしなくても周りから求めてもらえる自分」を、夢見ていたからです。

文章を書き始めて3年たって、私はやっと、認めることができるようになりました。

私には、才能がない。
けれど、「才能がない」と認めることは、何ら悪いことではないと、そう思いました。

 

私は今でも、三浦さんにあのときもらったメッセージを、思い出します。

 

小説家にするって話、僕は約束を破ってないよ。二度同じことを言った。そして、二度さきはやらなかったから、僕は待っていた。
毎日一本、辛くとも渾身の記事をあげて来なければ、プロとしてやっていけないと思った。
好きなことを自在にやれるには、塗炭の苦しみを味わう必要があって、さきはそれから二度逃げた。
これでは、絶対にプロとしてやっていけない。
フェラーリに乗っていても、ガソリンがなければレースには勝てない。
僕はいつでも待ってるよ。自分で走り出すのをね。はっきり言えるのは、さきは今のところ自分に全敗している。周りは一切関係ない。
勝つのは、自分自身だ。そして、人生で最大のチャンスのひとつを、逃そうとしている。
僕は外から監督ができても、運転手じゃない。自分自身を運転できるのは、さきだけなんだよ。

僕はね、さっぱりわからないんだよ、夢があるのに死に物狂いになれないってことが。
尻を蹴られて泣かさせれて、それで死に物狂いになったふりをしたってダメなんだよね、だって、もっと才能あるやつが死に物狂いでやってるんだからさ。
僕は死に物狂いになったやつを死に物狂いでサポートするよ。

ああ、私は、なんてバカだったんでしょう。
毎日毎日働いて、経営もやって、自分が小説家としてデビューすることも決まって、カメラマンもプロとしてやって、そんな超人の三浦さんなら、自分のこともなんとかしてくれると、期待していただけの、ただの、バカです。

バカで、クズです。本当にどうしようもありません。

でも、私はやっと、自分がバカで、クズで、才能がないと、気がつくことができました。

けれど、自分のダメなところばかりを発見してしまったのに、どうしてここまで、晴れやかな気持ちがするのでしょう。

私は、コンプレックスだらけで、自分に自信がなくて、自信を持ちたい持ちたいと、ずっと思っていたのに。
こうしてみると、自分がだめだとはっきり実感した今の方が、ずっとずっと、気分がいいのです。気持ちいいのです。

今からまた、前を向いていけそうな気がするのです。

そう感じるのは、ただの、負け惜しみでしょうか。悔しいから、そう言い訳がましく言っているだけなのでしょうか。

いいえ、私はきっと、三浦さんや天狼院、その他の誰に頼るでもなく、自分のこの足でまっすぐに歩くスタートラインにやっと立てていることが、嬉しくて仕方がないのです。

もしかしたら、また落ち込む日もあるかもしれない。スランプなどと言い訳をしたくなる日がくるかもしれない。
けれどその度に、私は思い出すだろうと思います。

今日という、この日を。

「自分には才能がない」と認められた、この日を、素晴らしい日だと、そう思います。

「私は負けません」だとか、「私だって、プロになるぞ!」とか、そんな宣戦布告的なことはできないけれど。

それでも今、こうしてこの場でこの文章を書けている事実を、とても、誇らしく、思います。

 

 

 

 

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