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チーム天狼院

「やりたいことを我慢してやらなければならないことをやる」時期を経ないと、本当にほしい未来は手に入らない《川代ノート》


無機質な部屋。じめっとした空気。動きにくい、真っ黒のスーツ。
自分の目の前に並ぶ、面接官が3人。
あのときの記憶が、言葉が、きっと今の私の芯になっているのだと思う。

「あなたが、これまでの人生で一番頑張ったことは何ですか?」

 

 

小説家を目指して本屋で働いていると言ったら、どう思うだろう。あー、なんか、無理そう。そう思われるだろうか。
本が好きだから自分も書きたいなって憧れるようになって、しかも店には作家さんとかがたくさん来るから自分にも出来るかもって思い始めちゃった勘違い女。
私だったらそう思うかもしれないな、と思う。でも今私は、その道を歩んでいる。

ただひとつ注意書きをしておくのだとすれば、天狼院書店は、普通の本屋とは少し違う。いや、見方によっては結構違うかもしれない。イベントでもゼミでも何でもやる。お客様が求めている「情報」を最も最適な方法で提供するのが本屋の役割だと定義している。
だから、いわゆる本屋の仕事だけではなくて、イベントやゼミの企画、運営なども、必要とあらばなんでもやらなければならない。新しいことを始めるには、色々と手間がかかるから、結構忙しい。自分の時間は、あまりとれない。やらなければならないことの中にはもちろん、私の苦手なこともある。「こんなの絶対に無理だ」と思うようなことをやらなければならないこともある。
でも、私はここにいる。なんでだろうと、ときどき自分でも疑問に思うことがある。

なぜか。
人間、どこかで頑張らなければならないのだとしたら、おそらくそれは今なんだと信じているのだ。直感的に。
自分が本当にやりたいことをやるには、本当に好きなことをして生きていこうと思ったら、どんなことでもやらなければならない。きついと思うことでも、やりたくないと思うことでも、それは絶対に成し遂げなければならないことなのだと、そう信じている。
「やりたいことだけやって生きていけば、それでいいんじゃないの」と、家族や友人からは、そう言われることも多々ある。私の様子を見ていて、そこまで仕事に力を注ぐことが、信じられないのだろう。とくに家族からは結構心配されていて、「どうしてそこまでやるんだ」と言われることもある。
たしかに言われてみれば、私も今、どうしてこんな生活をしているのかよくわからない。常に仕事のことばかり考えているし、常に気持ちが落ち着かないし、忙しいし、安らげる時間もない。深夜、みんなが寝静まっている時間になるとようやく気持ちが少し落ち着いてくるので、それから考え事をしたり、読書をしたりしている。次の日になるのが怖い。眠りたくない。目覚めたくない。そんな毎日だ。
それって、幸せなの、と言われることもある。そう聞かれるたびに、不安になる。たしかに、幸せなんだろうか、と。私にとっての幸せって何なんだろう、と。今自分が人の役に立っているという実感もない。未来も見えない。「小説家になりたい」だなんて、達成できるのかどうかもわからないような大きな夢を抱えて、ただ生きている。
25歳。30歳まであと5年。「若い」と言われる年齢だけれど、社会人になりたてというほどでもなければ、「働く」ということを知り尽くしていると言えるほどの年齢でもない。社会に出て、もうすぐ丸3年。まだまだ転職もできるし、これからもっと経験を積んで今あるスキルを伸ばすこともできる。
女子大生でもなく、新社会人でもなく。今、自分を支えてくれる「肩書き」や「所属するもの」がなくて、すごく不安だ。これから自分がどう生きていけばいいのかわからなくて、戸惑っている。そんなときに、「幸せなのか」と言われると、思考がフリーズしてしまう。さて、私の幸せとは、いったい何だったんだろうか、と。

けれどもどうしてか、動物的直感として、確信していることがある。絶対に揺るがないようなもの。それは間違いない、と思うようなこと。
もしも人生で踏ん張らなければならない時期が、誰にでもあるのなら、それは間違い無く、今だ。絶対に今だ。今頑張れなければ、私は一生、自分の好きなことを仕事にするなんてできない。
そう信じている。誰に言われたわけでもないのに、勝手にそう思っている。そして、今この踏ん張らなければならない時期に自分の身に起こることは、たとえそれが、やりたいことじゃなくても、苦手なことでも、きつくても、なんとか乗り越えなければならないと思っている。

「やりたいことだけやって、生きていけたらいいな」

とはいえ、私が天狼院に転職したのは、もともとはそんな理由だった。
書く仕事がしたい。仕事で書く割合を増やしたい。本を出したい。文章をたくさん書ける環境に身を置きたい。
そう思った。自分の得意なことを仕事に生かす、そう言ってしまえば聞こえはいいけれど、本音は違った。やりたくないことを、やりたくなかったのだ。もっと直接的な言い方をしてしまえば、自分が「役に立たない人間だ」と実感してしまうような仕事は、したくなかった。「私は役に立っている」「私は有能である」「私は必要とされている」と感じられる場所で仕事がしたかった。存在意義を見出したかったのかもしれない、もしかしたら。だって前の会社だって、別にすごく嫌なことばかりやらされているわけじゃなかった。むしろ私の意志を尊重してくれていた。なのにやっぱり天狼院に行きたいと思ったのは、とても大きくて従業員数も多い会社よりも、小さくて一人一人の活躍が全体を支えているような場所で働いて、自分の存在意義を実感しながら働きたかったからだ。
ただの承認欲求。自己顕示欲。それだけ。別に、社会貢献したいとか、そんな気持ちなかったと思う。ただ、天狼院にいる方が、「自分は必要とされている」と実感できる機会が、多かったから。きっとそれが本音だった。

でも、想像していたほど、現実は甘くなかった。「新しいことをやろうとしている、まだ漕ぎ出したばかりの小さな会社」というのは、想像の世界では楽しそうで、働きがいがあって、毎日が充実してキラキラしているように思えていたけれど、実際には戦場だった。目の前にやってくるものを次へと送る。それで精一杯だった。もちろん、自分が役に立っているという実感なんてない。自分の代わりなんていくらでもいるだろうと思うし、自分よりも優秀な人が来たら自分はいなくなっても大丈夫だろうなと思う。転職する前、あれだけほしかった「必要とされてる感」は、残念ながら、いまだに手に入っていない。ここにいていいのだろうか、と常に考えながら働いている。

こういうことを言うと、じゃあどうしてそこにいるの、と親からは心配される。もっとやりたいことをやったらいいじゃない、と。忙しくて、実家にも帰ってこれないでしょう。自分で小説を書きたいっていう目標があるなら、他にもやり方があるんじゃないの。そんな必死になって毎日やらなくたって、自分でコツコツ、空いた時間で書き溜めて、っていう方法もあるじゃない。どうして、どうして、どうして。
何度、親とこんな会話をしてきただろう。何度、友人からもっと楽しいことやりなよと言われただろう。やめたらいいのに、とか、もっとやり方あるでしょ、とか、そんなことを、何度も、何度も、何度も言われてきた。

なんで。

言われるたび、明確な答えが出せずにいた。天狼院にはチャンスがあるから。天狼院が好きだから。天狼院をもっとたくさんの人に知って欲しいと思うから。やっぱりここにいるのがすごく楽しいから。ここにいる人たちが、大好きだから。
たしかにそれは全部事実だ。紛れもない事実だった。けれども、それだけじゃないような気がした。何か心の奥底に、芯のようなものがあるような気がした。そしてそれは、私がこれからどう生きていきたいのか、ということにも繋がっていくような、そんな予感がしていた。
小説を書きたいとか、面白いコンテンツを作りたいとか、そういうことは表面的な目標にすぎなくて、何か根本的な部分を支えているものがあるのだと思った。

私の人生を固めてくれるもの。
これから先、生きて行くうえで、私が信じ続けるもの。

「今頑張らないとだめだ」というこの直感は、なんなんだろう。
理性でもなく、論理でもなく、動物本能的に「頑張らなきゃ」と思っているこれは、いったい、なんなんだろう。
この直感とは、どこから生まれてきているものなんだろうか。
別に誰かに頼まれたわけじゃないのに。別の生き方だって、選べるはずなのに。
なのに、どうしても、「ここで踏ん張ろう」と思っているのは。
「ここから離れない方がいい」という警告が、頭の中で鳴り続けるのは……。

過去の記憶が、甦ってくる。
自分のことを思い出す。自分の人生を振り返る。映像が、流れてくる。
もともとは、すぐにいじめられるようなタイプだった。引っ込み思案で泣き虫だった。思春期の頃は、ただ楽しければそれでいいと思っていた。部活はすぐにやめた。長続きしなかった。受験生になった頃、珍しく勉強にははまったけれど、大学に入ってからは勉学になんて全然身が入らなかった。かといって、サークルやバイトを真剣にやっていたわけでもない。就活だって続けるのが辛すぎて、内定が出た時点でやめた。

そこまで考えていつも、映像がとまる。
そうだ。
就活の、とき。
真っ黒なスーツを着て、オフィス街に行ったとき。

「あなたがこれまでの人生で一番頑張ったと思うことは、なんですか?」

そう言われたときに急にやってきた、あの感情は。
そうだ。
これだ。
罪悪感だ。

私は、これまでの人生で、誰かの役に立てたことが一度もないという、罪悪感。

誰かのために一生懸命に動いて努力して、目標を達成するという経験をしたことが一度もないのだ。たったの一度もだ。

面接で、頑張ったことは、と言われて真っ先に浮かんだのは、受験のことだった。必死になって勉強して、目標にしていた大学に合格した。
でも、そんなの、自分のためだ。大学に合格したからって、誰かの役に立ったわけじゃない。自分のための努力だ。
そうじゃなくて、誰かのためにとか、みんなのためにとか、そういう努力をしてみたい。
「小説家になりたい」とかは個人的な目標であって、それのためにも頑張らなきゃいけないけど、でも、なんか、そうじゃなくて。そうじゃなくて……。
そうじゃなくて、「あなたがいてよかった」とか、そんな風に思ってもらえるような人間になりたい。
今まで私はやりたいことだけをやってきて、おそらく、あんまり認めたくはないけれど、やりたくないことは周りに押し付けるような人生を送ってきた。迷惑はかけても、迷惑をかけられるようなことはあんまりなかったと思う。そういう人生を、ここで卒業したいのかもしれない。もしかしたら。

ちゃんと逃げずに「人の役に立つ」ということに向き合ってみたいと、そう思っているのかもしれない。

人生で一番がんばったことは。
そう聞かれて、「受験」としか返せなかった。
でももちろんバカ正直に「受験です」なんて言ったら落とされるに決まってるから、適当にサークルやバイトの話をした。
みんなそんなものだよ、と友達は言っていた。自分をアピールできるはっきりしたエピソードなんか、みんながみんな持ってるわけない。ただ自分の身に起きたことで、それなりに言えるようなものを引っ張ってきて、適当に持って、話せばいいんだよ。
みんなそんなもの。
たしかにそうかもしれない。私だけじゃないのかもしれない。
でも、たとえそうだとしても、あのとき正直、情けなかった。心底、自分が情けないと思った。
これまでの人生の中で、「人の役に立った」と自信を持って言えることが、何一つない自分のことが、とても嫌いだと思った。こんな自分、やめたいと思った。
そうだ。あのときの強い記憶が、罪悪感が、私を今ここにつなぎとめているのだ。

今、この歳になって気がついたけれど、私はおそらく、「やりたいことだけをやる」人生を選択する自分が、本能的に嫌いなのだ。とても。
人の「直感」というのはきっと案外単純なもので、直感的に「なんとなくこっちがいいような気がする」というのは、ただ「そっちの道を選ぶ自分が好き」とか、そういう感情で選んでいるだけなのかもしれない。
苦手なことから逃げ出して、自分のやりたいことだけをやる人生を選ぶのか。
それとも、たとえキツいことがあったとしても、今ここで踏ん張るのか。

踏ん張る自分を、私は好きだと、そう思う。
だって、私の人生は、逃げてばかりだった。
やりたいことしかやらない人生だった。誰かのために動くことがない人生だった。
そういう自分をそろそろ、やめたいのかもしれない。
そして今、天狼院というとても好きな場所を見つけたにも関わらず、ここで頑張らないことを選択してしまうのならば、私はきっと、この先ずっと、この「やりたいことしかやらない」自分からは逃れられないだろうと思う。

もちろん、自分の好きなことだけをやる人生もいい。そういう選択をする人の人生を否定しているわけじゃない。
でも、私は、私の人生の中で、「誰かのために頑張る」という経験をしないまま、この人生を終えてしまうのは、どうしても納得できないのだ。我慢がならないのだ。
だって、そうやって生きて行くということは、おそらくこれから先一生、「嫌いな自分」として生きていかなければならないからだ。
私は「川代紗生」という人間を一生嫌いなまま死ぬことなんか絶対に嫌だし、「自分のこと、結構好きだったな」と思って死にたい。自分が心から好きだと言える人間になってから死にたい。どうせこの世に生まれてきたのなら。

そうだ。だから私はここにいるし、書いている。
私は、自分を好きになりたいと、本気でそう思っている。
好きな自分になるためには、人の役に立てるようになりたいし、人の役に立てる文章が書きたい。人の役に立てることが結局は、自分の幸せに繋がるのだと思う。

突き詰めてみれば、そんな自己中心的な理由で「人の役に立ちたい」と言っているわけだから、結局は自己満足かもしれないけれど。

「やりたいことを我慢してやらなければならないことをやる」という期間を経なければ、本当にほしい未来は手に入らない。
それが事実かどうかは知らない。「別にやりたいことだけやってても目標達成できるよ」と言う人だっているだろう。

でも少なくとも私にとっては、それが事実だ。
今ここで踏ん張ることが、私にとっての正解なんだ。

論理的な説明なんかない。できない。根拠も何もない。

あるのはただ、その道を選ぶ自分の方が好きだという、本能だけだ。

ねえ、もし、神様か誰かがいるのなら、教えて。
教えて欲しい。

常識でも理性でも倫理でもなく、好き嫌いで人生を決めるのは、ダメですか?

 

 

 

 

 

*この記事は、人生を変える「ライティング・ゼミ《ライトコース》」講師でもあるライターの川代が書いたものです。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになると、一般の方でも記事を寄稿していただき、編集部のOKが出ればWEB天狼院書店の記事として掲載することができます。

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❏ライタープロフィール
川代紗生(Kawashiro Saki)
東京都生まれ。早稲田大学卒。
天狼院書店 池袋駅前店店長。ライター。雑誌『READING LIFE』副編集長。WEB記事「国際教養学部という階級社会で生きるということ」をはじめ、大学時代からWEB天狼院書店で連載中のブログ「川代ノート」が人気を得る。天狼院書店スタッフとして働く傍ら、ブックライター・WEBライターとしても活動中。
メディア出演:雑誌『Hanako』/雑誌『日経おとなのOFF』/2017年1月、福岡天狼院店長時代にNHK Eテレ『人生デザインU-29』に、「書店店長・ライター」の主人公として出演。
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2018-02-16 | Posted in チーム天狼院, 川代ノート, 記事

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