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こな落語

新蕎麦って、いつまで新蕎麦なの《こな落語》


記事:山田将治(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
つい、この間まで「暑い、暑い」と二言目には言っていましたが、このいところめっきり涼しくなって参りやして、着る物に往生してしまいます。
何事も、先取りするのが江戸っ子の真骨頂ですが、度が過ぎると『あいつぁ、野暮だ』なんてぇ陰口を言われたりします。こないだなんかも、ちょいと寒い(さぶい)朝に、褞袍(ドテラ)なんざぁ引っ掛けてる輩(やから)が居たりしまして。この先、もっと冷えてきたらありゃどうするんですかねぇ?
火鉢を背負いだしたりして……
 
今回、御噺に出て来るのは、長屋に与太郎てぇ若い衆を住まわせてる大工(でぇく)の棟梁(とうりゅう)。この、与太郎には、町内随一の別嬪(べっぴん)と評判のお節という良い仲の娘が居りやす。
このところ二・三日、仕事に顔出さない与太郎を心配して、棟梁が様子を見に来まして、その帰り道、長屋の大家さんのところに相談に寄ります。
 
「こんちわー。大家さんいらっしゃいますか」
「はいはい、おぅこりゃ誰かと思えば棟梁じゃないですか。まぁま、座って、座って。今日のところはどういった御用向きで」
「いやぁ、ここんところ与太の野郎がとんと仕事に顔を出さないんで、心配で様子を見に来たってぇ寸法で。ま、奴ぁちょいと足りないんで、風邪なんざぁ引きません。バカは、風邪引かないってっぇ言いますからね。ま、仮に引いたところで、別嬪のお節ちゃんが看病しますんで、直ぐに治ろうてぇところで。でも、あんまり別嬪が入り浸ると、別の具合が悪くなるてぇもんで」
「棟梁、バカ言ってなくてよろし。んで、与太は風邪なのかい」
「いや、そうでもないんで」
「そうでもないって、いってぇどういった寸法なんだい」
「それがですね、先ずんところは、声掛けたって出て来やしないんです。心張棒(鍵のこと)なんざぁ掛ってるんで、戸を外して入った(へぇった)んですよ」
「そりゃまた、穏やかじゃ無いねぇ。泥棒でも有るまいし」
「こちとりゃ大工なんで、戸を外すなんざぁ訳無ぇんですよ」
「棟梁だからいいけど、穏やかとは言えないねぇ」
「それが、穏やかなんてぇ呑気なこと言ってる場合じゃ無ぇんで。入ってみるてぇと、与太の野郎が頭から布団被ってガタガタ震えてやがるんで。訳を聞いてみると、何でも大家さんに焚きつけられて、お節ちゃんが与太を質に入れるとか入れないとか」
「あぁ、あれね」
「あれねって、無責任なこと言わんで下さいよ、大家さん。こちとら、忙しい時に人手が足らなくて往生してんですから」
「いやぁね、棟梁。そういやぁ、こないだ、って言っても先月のことなんだが、お節ちゃんが訪ねて来て、与太と新蕎麦を喰いに行くてぇから『江戸っ子は早い物好きだから良いことだ』てぇ、褒めたんだ。そしたら『与太を質に入れても食べに行く』てぇ、お節ちゃんが息巻いてたよ」
「もう、冗談はよして下さいよ、大家さん。バカは直ぐ真に受けちまうんですから」
「はいはい、そうでした、そうでした」
「でもね、大家さん。新蕎麦っていつまで新蕎麦を名乗って良いんですかい」
「おぅ、流石に棟梁。機転が利いた問い掛けだねぇ。
米だって、秋に為ると新米が出始めるだろ。んじゃ、この新米てぇ奴は、いつ迄新米なんだい? そいつと同じってぇところだ」
「んじゃ、新米はいつ迄なんで?」
「言葉上では、次の新米が出て来る迄、新米を名乗って構わないてぇところだ」
「んじゃ、新蕎麦も一年中新蕎麦を名乗って構わねぇってことですか!」
「ま、そうなるはな」
「そいつぁ、困った。そうなるてぇと、この先ずーっと与太の野郎は、お節ちゃんに質入れされない様、逃げ回らなくちゃいけねぇってことですかい」
「ま、そういうこったな」
「そりゃ困りますよ、大家さん。与太の野郎は、ああ見えて仕事させりゃ一人前以上の仕事するんで」
「まぁま、お聞きよ、棟梁。
こりゃ、お節ちゃんにも言ったんだが、新蕎麦や初鰹を喜ぶのは、粗忽で早合点(はやがてん)な江戸っ子だけだよ。だから、ほとぼりが冷めりゃ元に戻るさ」
「そんなもんですかねぇ。でも、新蕎麦や新米の張り紙は、いつ迄出してていいんですかい?」
「そうよなぁ。別に決まりてぇものは無いんだけど、江戸っ子的な解釈でいくてぇと、年明け迄、張り紙しとくのは粋じゃねぇなぁ」
「するってぇと、年越蕎麦を気にし始めたら張り紙は無くなりますね」
「まぁ、そういった寸法となるはなぁ」
「しかし、こちとりゃ、そんなに待てませんぜ」
「んじゃ、こうしなさい。与太の野郎に『新蕎麦を気にしてたら、年越の祝儀(年末のボーナス)は無しだぞ』って、言ってやったらどうでぇ」
「そりゃ、いいや。与太の奴は、年末の基督(きりすと)さんの聖夜に、お節っちゃんへ大層な品物(しろもん)を買ってやるってほざいてたから。そうさせて頂きやす」
「そりゃ良い。しかし何だね、棟梁も色々と気ぃ使って大変だね」
「そうなんですよ。大家さんも少しは長屋を普請(直し)して、こちとらにも仕事廻して下さいよ」
「はいはい。心掛けておきますよ」
 
 
 
 
≪お後が宜しいようで≫
*諸説有ります
 
【監修協力】
落語立川流真打 立川小談志

❏ライタープロフィール
山田将治( 山田 将治 (Shoji Thx Yamada))

1959年生まれ 東京生まれ東京育ち
天狼院ライターズ倶楽部所属 READING LIFE公認ライター
天狼院落語部見習い
家業が麺類製造工場だった為、麺及び小麦に関する知識が豊富で蘊蓄が面倒。
また、東京下町生まれの為、無類の落語好き。普段から、江戸弁で捲し立て喧しいところが最大の欠点。

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2020-10-19 | Posted in こな落語

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