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メディアグランプリ

あの夏、僕は蛸薬師通でタイムスリップをした


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:近藤泰志 (ライティングゼミ平日コース)
 
 
「今の話、もう一度してくれ」
 
それは普段、温厚な祖父から出たとは思えないような鋭い声だった。
僕は驚き半分、恐怖半分で恐る恐る聞き返した。
 
「えっ?」
「だから、今の話をもう一度してくれと言っているんだ。できればもっと詳しく」
 
祖父の声はさらにもう一段階鋭くなった。
 
僕は何がなんだかさっぱりわからなくなっていた。数分前まで京都旅行での出来事をあれこれと話していただけなのに……。現に祖父もにこにこと僕の土産話に頷きながらお土産のお菓子を美味しそうに食べていたじゃないか。それが急に今まで聞いたことのないような鋭い声で大好きな祖父から詰問されている。何か祖父が不快になるようなことを言ってしまったのかと僕は内心不安で泣きそうになっていた。
 
僕は気を取り直して祖父の要望通り僕が京都で体験した嘘のような本当の出来事を
もう一度ゆっくりと話し始めた。
 
あの日の京都はまるで身体が溶けてしまうかのような暑い日だった。
 
初めての真夏の京都に僕は心身ともに参っていた。帽子をかぶってこなかったことに心の底から後悔をしながら、ふらふらと河原町を歩いていた。少しでも夏の日差しを避けようと新京極通りのアーケードに入り、錦天満宮の近くを歩いていた時だった。
 
一瞬、僕の意識が飛んだ。
 
立ち眩みだろうか。目の前が真っ暗になって自分が倒れてしまったような感覚に陥った。自分の意思に反して閉じてしまった目を開くとすこし靄がかかったような景色が広がっていた。
 
古い商家が横手に見える。木造で紺色の暖簾がかかっていて大きな入り口がある。
そしてその商家の入り口の前で着物を着て前掛けをした男の子が手にした桶から柄杓で汲んだ水を地面に撒いている。打ち水というやつか。
「小さいのにおうちのお手伝いかな? 着物を着ているなんて珍しいな」
 
そんなことを考えながら見ていると、また目の前が暗転した。そして次に目を開けると商家のあった場所には宝くじ売り場があった。当然、男の子もいない。
 
「な、なんなのこれ…夢?」
 
僕は戸惑っていた。
 
もう一度目を閉じて目を開ける……宝くじ売り場がある。古い商家はない。男の子もいない。
 
もう一度目を閉じて……僕はその場で何度か同じ事をしてみたが、あるのはやっぱり宝くじ売り場だ。僕が見たのは一体なんだったのだろうか。暑さでおかしくなってしまったのだろうか。僕は狐か狸に化かされたような気持ちのままその場を後にした。
 
「お前が変な景色を見たのは錦天満宮の近くで間違いないんだな。」
 
僕は無言でうなずいた。すると祖父は紙とペンを取り出してなにか地図のようなものを書き始めた。
 
「ここが錦天満宮で、向かいが錦市場。市場の近くということは蛸薬師か」
 
祖父はどこか嬉しそうにつぶやきながらその地図のようなものを書き終えて僕に見せてきた。よくみるとそこには地図の上に大きな黒丸が書いてある。
 
「お前がそれを見たのはこの黒丸の辺りだと思うよ」
「なんでそんなことがわかるの? そもそもなんで知っているの?」
 
僕は怪訝そうな表情で祖父に尋ねた。すると祖父は嬉しそうに答えた。
 
「なんでもなにもそこは昔、呉服屋さんだったんだよ」
「だったんだよ……ってなんで知っているの?」
「7歳の頃、そこで丁稚をしていたんだ」
「なっ……」
絶句した。言葉がでなかった。
 
祖父曰く、地方から出てきた祖父の家族は曽祖父の稼ぎだけでは家族を養うことが出来ないため、長男だった祖父が家計を助けるべく京都の蛸薬師にあった呉服屋さんに丁稚奉公として数年間働きに出されていたのだそうだ。そのあといくつかのお店で同じように働いていたら、戦争がはじまり徴兵された。戦後は仕事を求めて関西地方を離れ、神奈川県に移り住んで今に至るとのことだった。
 
つまり僕が見たあの不思議な光景は丁稚時代の祖父……ということなのだろうか。祖父はにこにこしているが僕は混乱していた。そもそも何故そんな幻覚のようなものを僕は見たのだろうか。いまだに信じがたい気持ちでいっぱいだし、人に話しても信じてもらえないだろう。
 
「じゃあ、僕がみたのってさ。おじいちゃんだったのかな?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも、お前がそれを見たあたりで儂が子供の頃に働いていたのは本当のことだよ」
「一体、なんだったんだろうねぇ」
「なんだったんだろうな。きっと誰にもわからんと思うよ」
 
結局、その日はそれ以上その話はせずにたわいのない世間話をして僕は祖父の家を後にした。
 
それから十数年が過ぎ、僕は京都で暮らすようになった。あの日、祖父が黒丸をつけてくれた場所には今も宝くじ売り場がある。その後も数えきれないほど付近を歩いてみたがあの呉服屋も男の子も見ることはない。
 
でもそこを通るたびにあの日祖父が微笑みながら話してくれた言葉を僕は今も
思い出す。
 
「京都はそういう不思議なことが起こる場所なんだよ」
 
 
 
 
***
 
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2019-12-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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