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“不運”も時には役に立つ

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:一ノ瀬 朔(ライティング・ゼミ平日コース)
 
昔から、運に恵まれないことが多々あった。
 
ちょっとした不運と巡り合うのだ。
 
お洒落なアパレル店で傘を買ったときは、僅か30分後に盗まれてしまった。
 
レストランでカボチャのパルフェを注文すれば、トッピングのカボチャが乗っていないパルフェが運ばれてくる。
 
会社では、入社3年目から回ってくる土日出社の当番が同期50人中私だけ2年目の時点で回ってきたこともあった。
 
前々から、自分は“不運体質”である自覚はあった。
 
自覚はあったが、それでも自分を不運と認めたくなくて、心のどこかで不運を否定している自分もいた。
 
「私って、不運なんだよね」と語るなんて、自惚れっぽくて嫌だったのだ。
 
しかし、やっぱり自分は不運体質であるのだな、と認めざるを得ない小さな出来事が発生してしまう。
 
それは、駅の改札に入るためにコートのポケットから定期券を出したときだった。
 
チャリンッ
 
軽快な音を立てて落ちたのは、会社でコインロッカーを使うためにポケットの中に常備している100円玉だった。
 
「あ」
 
と、小さく声を漏らし、100円玉が落ちた先に向かおうとすると、それよりも先に100円玉を拾ってくれた人がいた。
 
20代半ばほどの女性。
 
雑多な駅の改札前でも、迷うことなく100円玉を拾うためにかがんでくれる。
 
優しい人だな。
 
人から受け取るちょっとした優しさに胸がほんわかとしたことを、私は今でも覚えている。
 
そして、たくさんの人が行き交う駅で、拾った100円玉を持ち主に届けるために小走りを披露する姿から目を離せなくなったことも、しっかりと記憶に残っている。
 
「これ、落としましたよ」
 
「あ、ありがとうございます」
 
温かな光景を目の前に、私は呆然と立ち尽くした。
 
好意によって100円玉が届けられた先は、私ではなく、私よりも前の方を歩いていた別の女性だったのだ。
 
あれ? 100円玉なんか落としたかな?
 
不思議そうな顔をしながらも、手渡された100円玉を受け取る女性と、無事に100円玉を届けることができてホッとしたように顔をほころばせる女性の姿に、私は、ついに悟ったのだ。
 
やっぱり、私は不運体質だな、と。
 
認めれば、過去に起こった不運エピソードがツラツラと頭の中を蘇った。
 
そう言えば、中学上がりたてで初めてもらった生徒手帳の住所も間違っていたな(神奈川県町田市と印字されていた。正しくは東京都町田市だ)、とか。
 
カフェで「レモンソーダをください」「ラズベリーソーダでよろしいでしょうか?」「あ、いや、レモンソーダで」「失礼しました、レモンソーダですね」と、店員さんとやり取りしたときも、結局ラズベリーソーダが運ばれてきたな、とか。
 
服を買ったときもタグの取り間違えで2,000円多く払ってしまったことも……などなど、たくさん思い出せる。
 
幾度となく巡り合う不運に、「どうして、こんなについていないんだ……」と項垂れたこともあった。
 
が、それは色濃い記憶ではない。
 
思い返せば、いつの日からか、私は不運と巡り合っても、肩を落とすことをしなくなっていた気がする。
 
「まぁ、いっか」と、巡り合った瞬間に手を振り不運に背を向ける。
 
気づいたころには、ひとつひとつの不運を、不運と思わなくなっていた——―
 
見知らぬ女性からの親切心ですら受け取ることができなかった私は、他の人の手に渡ってしまった100円玉を見送りながら、慣れたように「まぁ、いっか」と、ひとり小さく頷き、100円玉への未練を捨てた。
 
それからも、ちょっとした不運はたびたび私の日常に現れた。
 
ひとりでいるときはもちろんのこと。友人と出かける時だって、やつはニヤニヤとしながら現れる。
 
一番よくあるのは、友人が案内してくれたお店の休業だ。臨時休業に貸し切り営業、時には「長い間、お世話になりました」の紙が貼られていたり。理由は実に様々だ。
 
「本当にゴメン。もっとちゃんと調べておけばよかった」
 
申し訳なさそうに謝ってくる友人に、私は一切の苛立ちを抱くことなく「全然大丈夫だよ。寧ろ、これ私のせいかもしれない」と、笑うことができる。
 
落ち込んだ友人に、過去のプチ不運エピソードを語ってあげれば、大体の場合、ドンヨリとした空気はカラッと天日干しされるのだ。
 
重たい不幸ではなく“ちょっとした不運”は、ありがたいことに笑い話に変えやすい、なんて、それまで巡り合った不運に感謝を覚えるほど、今の私には不運に対して余裕がある。
 
ちょっとやそっとのアクシデントで、気持ちを荒げることはほとんどない。
 
遊ぶ約束をしていた友人が日程を勘違いして現れなかったり、とか。
予約をしていたレストランが席を確保するのを忘れて、結局30分以上も席が空くのを待つ羽目になったり、とか。
 
然したる問題ですらない。
 
だからか、友人や家族で出かけた際、アクシデントに見舞われても重苦しい空気を味わうことはほとんどない。
 
心の底から「よくあること」と思っているからこそ、相手も、気を使って気にしないと言ってくれているのかな? と変な勘繰りを入れてこない。
 
もちろん、できることなら不運と仲良くするのは御免被りたいが、不運とうまく付き合ってきたお陰で、人にも穏やかに接することができるようになったのもまた事実。
 
不運を不運と思わない。不運を不運のままに終わらせない。
 
連続する“ちょっとした不運”も受け止め方次第で、自分にとってのプラスになることもあるのだ。
 
 
 
 
***
 
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2019-12-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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