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メディアグランプリ

年を取った親はもはや他人だ。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:ミッキー(ライティング・ゼミ冬休み集中コース)
 
 
今日もマンションに大声が響く。
 
 

「どうして言われたとおりにできないのよ。さっきあれだけ念押ししたでしょう? もういい加減にしてよ」
 
 
マンションのお向かいのDさんのお宅はご主人が10年以上前になくなり、現在は奥様が一人暮らし。正確な年齢は存じ上げないがおそらく今は80歳を超えていらっしゃる。でも、頭脳明晰、会話もはっきりしていて歩くのも早い。スポーツウェアでジムに通ったり、おしゃれをして演劇を見に出かけられたりしている。ご主人が亡くなってしばらくは「どんなに仲が良くても女性はパートナーに先立たれると元気で長生きするって本当だな」などと若干失礼なことを私が考えてしまうような、そんな明るくお元気な女性だった。
 
 

その後、外であまりお見掛けしなくなり心配していたのだが、近くに住むお嬢さんがよく出入りするようになった。仲良くされているようだったので、「近所に娘さんがいるなんて最高だね」などと妻と話していたものだった。
 
 
ところが2年ほど前から、お嬢さんの大きな声がマンションに響き渡るようになる。どうやら、Dさんが言われたことを忘れていたとか、したくなかったのでやらなかった、とかそんな話らしい。お嬢さんの声しか聞こえないが、Dさんは小さな声で言い訳なのか反論なのかしているらしく頑として非を認めない。それを聞いてイライラしたお嬢さんの声がだんだん大きくなり、最後は相当厳しい叱責のようなトーンになる。
 
 
お嬢さんにもマンションの廊下でお会いして立ち話したりすることもあるが、Dさん譲りなのだろう、明るくチャーミング且つ礼儀正しい方で、あんなに大きな声を出すような人には見えない。
 
 
なぜ、親子ともども素敵な人なのに、向き合うとこうなってしまうのだろうか?これはDさん親子だけの問題ではない。私たち老親と向き合うほぼ全ての子供たちの問題だろう。実際、うちの両親は幸いまだ元気だが、たまに実家に帰って向き合うと、子供のようなわがままな主張をされ、思わずムッとしてしまうことがある。もっと衰えて介護が必要になり、頻繁に向き合うようになったら、正直今のように接することができるか自信がない。
 
 

健康の問題はもちろんある。昔に比べれば高齢者は元気になった。寿命も健康寿命も延び、今の60代や70代は、30年前のその世代に比べると、同じ年齢層には見えない。それでも、徐々に体は衰える。体の自由が少しずつ利かなくなり、老眼も進み耳も遠くなる。短期記憶が劣化して、今やったことも忘れがちになる。53歳でも体を鍛えていて、健康が取り柄の私ですら、老眼や記憶の劣化は結構なレベルだ。親世代の衰えはわからなくもない。
 
 
体力以上に問題なのはメンタルだ。人間は誰だって「好き嫌い」「快不快」が気持ちの基本。でもそれだけでは社会で生きていけないから理性を働かせ、我慢し、周りと折り合いをつける。ある程度理性で感情を飼いならしながら過ごしている。
ところが、年を取ると段々理性を司る脳の機能が弱くなる。更に言えば、引退したりコミュニティから解放されて、気に入らない人と過ごす機会、我慢しなければいけない必要性も減ってくる。
 
 
こうして頑固でわがままな高齢者が増え云々……ということが言いたいのではない。
 
 
Dさんは今でも共用廊下ですれ違えば、明るく挨拶され相変わらず素敵な方だ。うちの両親も同様だ。近所の私の世代の人にもとても好かれている。うちは母方の兄弟姉妹が皆元気で、甥姪含め頻繁にみんなで集まってはわいわい楽しくやっている。困った老人などではない。
 
 
それにも拘わらず、Dさん親子のようになり、我が家も早晩似たような状況を迎える可能性があるのは、なぜか。それは、当たり前だが、親も子も相手を他人だと思えないからだ。「夫婦は他人の始まり」という言葉があるが、これは突き放した話ではない。育った環境が異なる他人だと思えばレスペクトが生まれる、という、実は夫婦円満の秘訣だ。そして、同じような態度が、親子にも必要なのだろうと思う。
 
 
体が不自由になり快不快に強くでるようになる親は、なぜ理解してくれないのかと子供に不満を募らせる。子供も自分の親には、昔の元気な頃の、(人にもよるが)ある程度理性的でこちらのわがままを聞いてくれるイメージもあって、いくつもの「こうあって欲しい」を望んでしまう。
 
 
更に言えば、ただでさえ核家族化が進み、もちろん寿命が延びたこともあって、親子が異なる価値観で暮らしている期間は昔より長くなっている。専業主婦が当たり前の時代ははるかかなた、夫婦共働きが当たり前。ビジネス環境も教育環境も変化し、同じようなサラリーマン家庭であっても職業観も家族観も全く異なる。そのギャップがお互いに対する不満を助長することになる。そんな時代だ。
 
 
子供の受験、特に中学校受験の世界では「親はできるだけ勉強そのものにはかかわらず、塾や家庭教師に任せた方がうまくいく」と主張する人が多い。これは、親が勉強に関わると、勉強がうまくいかない時に、親も子もお互いに感情を抑制できなくなることからくる考えだ。そのしこりが尾を引いて、子供が成長しても親に心が許せない、そんな親子もいるらしい。
 
 
親を見放せというのではない。可能であれば第三者の力を借り、向き合いすぎない。そして、親子が向き合う時は、同じ価値観を求めたり、期待値をむやみに高めたりせず、「大好きな近所のご老人」、「人生の先輩」、「愛すべき他人」と思ってレスペクトしながら向き合う、そんな態度が円満で幸せな老々介護に繋がるのではないだろうか。
 
 
試しに先月帰省した時にこの態度で親に接してみた。普段頑固でわがままな父が、最近見たことがないくらいご機嫌になった。柔軟性と母への思いやりも示して、うれしそうだ。何よりも、接した私自身がその父の幸せそうな顔に幸福感があふれてきた。
 
 
年を取った親はもはや他人だ。愛すべき、レスペクトすべき他人と思おう。

 
 
 
 
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2019-12-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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