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娘に嫌われていると思っている昭和の父へ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:プラム・レイン(ライティング・ゼミ冬休み集中コース)
 
 
主人は、普通の人生でした。
それは、母が、喪主挨拶で言った一言でした。
 
その言葉を聞いた時は軽く受け流していたが、どこかひっかかる言葉だった。
 
父は、家から自転車で5分ぐらいのところにあるお線香を作っている会社に勤めていた。いつも7時半に家をでて、昼休みに家に戻ってきてご飯を食べ、13時前に家を出て会社に戻る。そして、会社が終わって18時には帰ってきて、夕食を食べながら晩酌をして、23時には寝るという規則正しい生活を送ってきた。普通といえば、普通の生活だ。
父は、野球のシーズンだと巨人戦をテレビで見るのが楽しみで、日本酒をチビチビ飲みながら見ていた。私は野球がある日はテレビが見れなく、巨人が負けると父の機嫌が悪くなり喧嘩になるので、巨人が嫌いだった。
 
たまに父が遅く帰ってくる日もあった。
会社帰りに飲みに行ったり、パチンコや麻雀をしていた。でも、夜中に帰ることや、無断外泊をすることはなかった。
そして、土日はあまり外出をしないで、家の中で本を読んだり、テレビを見て過ごしていた。
これも普通といえば、普通でしょうか?
 
父の見た目は、わかりやすくいうと、サザエさんのお父さん「波平さん」を痩せて背を高くした感じだ。もちろん「波平さん」の特徴である髪型と同じで、頭のてっぺんははげていて、メガネをかけていた。
 
そんな普通? といった父との思い出は、数少ないがある。
私が幼い頃は、母が体調の悪い時や外出をしている時は、一人っ子だった私をひとりにしてはいけないと、父のパチンコ・麻雀や飲み屋に一緒に行くことが多かった。
ある休日、父に立ち飲みの居酒屋に連れて行かされた。父は、何かお酒のロックを頼み、おつまみに大きいガラスグラスに氷と一緒レーズンバターが入ってきたものを頼んだ。それを父と一緒に食べた。幼い私はレーズンバターを知らなかったので、大人はバターを食べながらお酒を飲んで、カウンターにいる見ず知らずのおじさんと楽しいそうに話している。大人って不思議と思いながら、一緒に立って食べた。
その後パチンコへ連れて行かれた。
父の横で、父がパチンコをやっているのをただひたすら見ているだけというすごくつまらない時間だ。私はトイレに行きたいという嘘をついて、パチンコ屋の前の商店街を探検した。でも飽きてしまい、パチンコ屋さんに戻ったが、父が見つからなかった。父は家に帰ってしまったのだと勝手に思い込み、いつも歩いている道を、幼稚園児の私は一人で家に帰った。その時、父は私がトイレからなかなか戻ってこなかったため、慌ててパチンコやさん、商店街中を探していた。結局見つからず、青ざめて家に電話をしてきた。
「ゆ、ゆうこがいない」と、母「もう家にいるわよ」と言われて、肩をホッとなでおろしたそうだ。
 
もう少し大人になった時の思い出もあります。
 
私が中学校の時、父と二人で、私の誕生日プレゼントを買いに行ったことがある。なんで買いに行くことになったが、全く覚えていないがデートみたいだったという記憶だけは残っている。
私は、中学校・高校時代「お父さん嫌い」という思いがマックスに達していて、ほとんど話さなく、話したらすぐに喧嘩するという嫌悪な日々を送っていた。だから、そのデートのような日は珍しかった。
父との喧嘩はいっぱいした。原因の多くは、「子供は8時に早く寝なさい」とか、「勉強より寝ることが仕事だ」とよく言われて喧嘩になった。それも中学の時だ。普通の親なら「勉強しなさい」という時期なのに「寝なさい」というのはどういうことか、意味がさっぱりわからなかった。
さらに意味がわからないのは、中学生の私に「勉強しなくていい、高校にもいかないで、早く結婚しろ」というのだ。さすがに大げんかになった。
父が私にピンタ、私は父に蹴り、母は私に「早く外に逃げなさい」と、家中がひっちゃかめっちゃかになった。
しまいには、父「だから、子供なんか、作るんじゃなかった」と吐き捨てられ、母「私は、子供を作らないで、二人で暮らしてもいいと言ったわよ」と、中学生の子供の前で大人が言う会話ではないことを聞かされ、深く傷ついた。
こんな普通じゃないエピソードもあるじゃないか、と思い出した。
母が言った「父の普通の人生」というのは、どういう意味で言ったのか、わからない。でも、私は父の葬儀から時間が経ち「父の人生は普通」とは悲しい。確かにこれっといった趣味もなく、出世街道には乗れなかったけれど、私を成人まで育ててくれたこと。高校行くなと言っていたが、私が私立の高校に行きたいと話した時、母は経済的に都立にして欲しいと言ったのを「好きな学校に行きなさい」と言ってくれたこと。高校そして短大まで卒業させてくれたこと。
「普通」という言葉でまとめてしまえば「普通」だけれど、「私」を作ってくれた人。
 
昭和生まれの父へ。
私は父が望む結婚すること、家族を持つ、多分、母が言う「普通」のことがまだできないこと。ごめんなさい。
でも、人生を十分楽しんでいます。
私はお父さんを嫌いと思ったことはあるけれど、お父さんの子でよかったと思っています。
 
ありがとう。
 
 
 
 
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2020-01-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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