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【プロ野球】その魂に魅せられて〜炎の男、黒木知宏〜【千葉ロッテマリーンズ】


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

 
 
記事: 熊元 啓一郎(ライティング・ゼミ平日コース)
 
『先発ピッチャーは黒木、先発ピッチャーは……』
鴬嬢が先発ピッチャーのアナウンスをした後だった。
彼の名前を呼ぶ観客の声がスタジアムに響き渡る。あまりの大声援にアナウンスの声はかき消されてしまうほどだった。
その歓声の中、彼はグラブを持ってマウンドに走っていく。
僕はその姿を見ながら思う。ここに彼がいるだけでどれほど凄いことなのかと。
そして同時に、今日こそ彼に勝って欲しいと願っていた。
おそらく球場にいる多くの人々が、願っていたと思う。
『プレイボール』
大きな歓声を上げる人、拳を強く握り締めて見守る人、それぞれの想いを胸に試合は始まった。
2004年6月2日のことだった。
 
話はその時から数年前に遡る。
僕は当時まだ中学生だった。
ホークスは、今でこそ優勝争いの常連であり、球界でもトップと歌われる投手陣を軸に、この10年で6回も日本一になるくらい強いチームだが、その時は万年Bクラスの弱小チームだった。
「なんで僕たちの地元って、こんなに弱いんだろうね」
「だよなー、応援に行く気無くすよ」
野球のニュースを見ながら、僕たちはよく愚痴を言っていた。
強い選手を補強してもダメ、良い監督が来てもダメ。
地元だから見に行っていたけど、何をやっても良くならない。
そんなホークスが1999年、見違えるような快進撃を遂げる。打っては小久保が、投げては工藤がチームを牽引し、久しぶりにリーグ優勝するかもしれないという期待に地元福岡は、僕たちは沸いていた。
そんな時に彼はホークスの前に立ちはだかった。
 
「ホークス頑張れー!」
僕たちはテレビの前で応援していた。あと数試合勝てば優勝が決まる。チームも連勝していて調子がいい。しかも相手はすでに今年は負け越しが決まっていて調子の悪いロッテだ。今日も勝てるに違いない。
そんな思いで僕は応援していた。
『ストライク!』
『ストラァーイクッ!』
『ストライク! バッターアウト!』
球審の声とともにホークスのバッターがどんどん抑えられていく。
一向に打てる気がしない。それどころか、回を増すごとにピッチャーの球威はどんどん強くなっていくのだ。
「うおおおーっ」
雄叫びをあげながら、バッターを抑えていく。0対0で延長戦に突入しホークスは継投策で打者を抑えているのに対して、黒木はただ一人で打者を抑え奮闘しているのだ。そしてその気迫はテレビの画面を通じて伝わってくるのだ。
「かっこいい!」
純粋に僕はそう思った。
一球投げるごとに気勢を上げる。
延長戦12回で黒木が交代しそのピッチャーが打たれたことでホークスが勝利したが、僕の心はすでにホークスではなく黒木の闘志に魅了されてしまったのだ。
 
それから僕は黒木の試合を新聞やテレビで追うようになっていた。
勝っても負けてもその気迫のあるピッチングが絵になる投手、それが黒木だった。どんな試合でも気持ちで負けない。当時スポ根の漫画が大好きだった僕は、本当に憧れる存在だった。
チーム自体は打線が弱く、援護のない状態で孤軍奮闘しながらも気持ちで勝利をもぎ取っていった。月間MVPに何度も選ばれ、1999年2000年も2桁勝利し、2000年のオリンピックにはオリンピックでも活躍した。
そして2001年の前半は獅子奮迅の活躍を見せる。
チーム全体の状態が悪い中、開幕投手として“平成の怪物”松坂に投げ勝ち、それから好調を維持して前半戦だけで10勝してしまうのだ。
「やばくない? 松坂にも投げ勝ったし、これ下手したら20勝するんじゃないの?」
野球が好きな友達は、それぞれ自分の好きなチームを応援しつつも他のチームとなると黒木の話でよく出るようになった。
自分が応援していた選手が活躍しているのがすごく嬉しかったし、オールスターが終わってからの活躍に期待を膨らませていた。
しかし、オールスターが終わってからそのシーズンが終わるまでマーリンズの試合に黒木が登板することはなかった。
 
『黒木、肩の鍵盤断裂。来季絶望か』
当時はインターネットなどの情報網が発達していなかったので、その情報を知ることができたのは、シーズン終了後のスポーツ新聞からだった。
当時野球の怪我のことは詳しく分からなかったが、鍵盤断裂は重症で投手生命を終わらせてしまうほどの大怪我だということは分かった。
記事には来期だけではなく、今後の復帰も難しいと書かれてあった。
悲しかったが、その話はなんとなく理解できた。
話では肩をあげることすら出来ない状態だという。そんな状態でどうやって投げるというのだろう。
おそらくもう黒木はマウンドに上がってくることはない。
僕はその記事を読んでそう思った。
肩に違和感があったとしてもきっと、無理して投げていたんだろうことは容易に想像がつく。そして、それを止めるだけの監督やコーチがいなかったんだろうかと残念で仕方がなかった。
自分の好きな選手がこのような形で姿を消すことがいたたまれなくて僕はしばらく野球を見るのが嫌になってしまった。
僕がまた野球を見ようと思ったのはそれから一年後のことだった。
 
「おい、黒木はまだ頑張りよるらしいぞ」
そう言ってきたのは、僕の父だった。
「えっ? 黒木って引退したんじゃないの?」
僕は驚いて父に聞き返す。
「絶望的な怪我だけど復帰するためにずっとトレーニングしとるって」
そう、黒木は復帰を諦めていなかった。
己の野球人生のため、ファンのため、またマウンドに上がろうと必死トレーニングしていたのだ。
その話を聞いて僕は涙した。
そこまでの怪我で誰もが諦めそうな絶望的な状況であるにもかかわらず、諦めることなく復活を目指していたのだ。
ロッテの2軍球場である浦和球場の片隅に、50mくらいの芝生の枯れた一本道がある。そこは元々周囲の同じように芝生が生えていた。
その芝生の上を、雨の日も風の日も復活のために彼が走り続けたのだ。
走り続けた芝生は枯れ、1本の道が出来上がる。
そして3年の時を経て、その道が彼をマウンドに繋いだのだった。
 
『とうとう、やりました。黒木知宏。1061日ぶりの勝利です』
スタジアムは大いに沸き歓声に包まれる。
会場に響き渡る黒木コール。その歓声の中心にいる男は何かをやり遂げたような、そんな顔をしていた。そしてその場にいた多くの観客は彼が何を乗り越え何をやり切ったのかを知っていた。だからこそみんな大きな声をあげて彼に精一杯の声援を送るのだろう。
そんな状況をテレビで見ていた僕は心が震えていた。
そして僕は思う。これがドラマであり、この魂に魅せられたのだと。
 
プロ野球。
スター選手が活躍する煌びやかな表舞台とはまた別のところにも多くのドラマが存在する。
ホームランを打ったり、豪速球を投げて完封して活躍する選手たちの裏側で人知れず(あるいは黒木のように知られている選手もいるかも知れないが)、戦っている数えきれないドラマがあるのだ。
選手は怪我に苦しみ怪我に泣き、それでも怪我と闘っている。
そんな生き様に多くの人が魅了され、勇気をもらい、そして日々を生きる上で背中を押してもらっている気がする。
少なくとも僕はそう感じている。
そんな人間ドラマが詰まったプロ野球、もしこれまで興味のなかった人々がこの文章を読んで興味を持ってくれれば幸いである。
 
 
 
 
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2020-01-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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