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メディアグランプリ

彼女の選択~がんと積極的に戦わず受け入れる


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:加藤敦子(ライティング・ゼミ特講)
 
 
30年来の友だちのすい臓がんが発覚した。言われてみれば、この半年「肩が痛い」というぼやきを彼女から聞いていたが、何せ更年期世代の自分たち。
「更年期だからね」「五十肩ってやつかな」などといたってのんきなやり取りをしていた。
あまりに痛みが我慢できない時にはロキソニンを飲んでしのいでいたらしい。
胃の不調を感じて医者に行ったとき、彼女は「ロキソニンの飲みすぎで胃が荒れたかな」くらいに考えていたという。
が、事態は思わぬ方向に進んだ。
腹膜炎を起こしているからとすぐさま救急車で大きな病院に搬送され、そのまま入院、治療が始まった。詳細は省くが、結局その腹膜炎の程度がひどく、人工肛門をつけることになった。
人工肛門に対する抵抗や葛藤もあったに違いないが、生きるためとあらば仕方ない。
それより気になったのは、腹膜炎を起こしたもともとの原因が分からないことだった。
慣れない人工肛門をつけての入院生活。この時期は、あまり人には会いたくないと言って、家族以外は病室に入れなかったようだ。私ともLINEだけでつながっていた。
 
入院して20日以上過ぎた日のこと、ようやく診断が下りた。
ステージ4のすい臓がん。それが彼女にもたらされた病名だった。もはや全身に転移しているという。
 
彼女からは「病名分かったよー、すい臓がんだった。時間があったら会いに来て」とLINEが来た。
病室の彼女は思ったより元気そうで、私たちはいつものようにとりとめのない話をしていた。
「こんなのんきな話をしてる場合じゃないだろ」と思いながらも、では何を話せばいいのかというと分からない。結局のところどうでもいい話をするばかり。
この日の彼女は、ショックを受けつつもまだ現実として受け入れられていないような、そんな感じがした。
 
すい臓がんは自覚症状がないままに進行するから怖い、と言われる。
彼女の場合もまさにそうで、腹部の異常など何もなかった。
今にして思えば、すい臓がんが骨に転移した結果起きていた肩の痛みが自覚症状だったのだが、世の中の大半の人は、肩が痛ければ整形外科に行くだろうし、レントゲンを撮っても異状がなければ「五十肩か」と片付けてしまうだろう。
彼女の場合も例に漏れずそんなふうだった。
それが判明と同時に「ステージ4」と告げられる残酷さ。
 
治療方針を決める際、彼女は担当医師にはっきりと聞いたそうだ。
「本当のところ、治療してよくなる可能性はどのくらいですか?」。
それに対する医師の答えは何ともむごいものだった。
全身に転移しているすい臓がんの場合、治療してもあまり効果が望めない。治療ばかりに目を向けるのではなく、痛みを取ることに主眼を置いてもいいのではないか。
それはつまり緩和ケア、最近よく聞く「終末医療」というやつだ。
 
何度か家族で話し合いをした。治療をしてほしいという子ども、無理しなくてもいいというご主人、あなたの好きにしなさいというお姉さん、泣くだけの両親…
最終的には彼女の意思が尊重され、緩和ケアをしていくことになった。
積極的ながん治療を行わないということは、やがては彼女ががんに蝕まれてしまうことを意味する。彼女がいつまで今のように笑っていられるのかは分からない。
 
先日もまた彼女の顔を見に行ってきた。
前回は四人部屋だったが、今度は個室。それでも緩和ケア病棟はまだ病室が空かないから、一般病棟の個室にいた。
「緩和ケア病棟は、入っている人が亡くならないと病室が空かないもんね。部屋が空くのを待つっていうことは、人が死ぬのを待つっていうことだから、ちょっと複雑な気分」。
彼女は無表情にそう言った。
個室に入ることによって生じる差額分は、自分たちより早くいなくなるであろう娘を思った両親が負担すると申し出てくれたと彼女は嬉しそうに話した。
「やっぱり気楽だもんね、私も気楽だし、こうやって誰かが来てくれても、その人も気楽だと思う。楽でしょう?」
「もちろん。周りを気にせずに話せるもんね」。
 
少しずつ『準備』を始めている、と彼女がノートを見せてくれた。
まずは「棺に入れてほしいものリスト」。
〇△のシュークリーム、〇×でもらった御守、飼っている猫の写真……思ったよりたくさんの羅列に思わず「ちょっと欲張ったねー、やたら多くない?」と声が出てしまった。
「やっぱり多い? 長男にもそういわれた。でも、ま、最後のワガママだから聞いてもらう」
「そうだね、聞いてくれるよきっと」
私たちの会話はどこまでも能天気だ。
ちょっとおかしかったのは、「私の死を知らせてほしくない人リスト」。
え?知らせてほしい人じゃなくて、知らせてほしくない人?
そこにはたった一人、前のご主人の名前が敬称もつけずに書かれていた。
10年ほど前に離婚した元のご主人のことを今も許せないでいる彼女の気持ちを改めて突き付けられた気がした。
縁があって再婚した今のご主人といたって仲良くうまくいっているだけに、前の結婚について思うこともあるのだろう。
「まだ、誰に何を渡すかとか、そういうリストもつくらなきゃいけないし、結構やることがあるんだよね」。
あっけらかんと彼女は話す。
「私には金めのモノを残すって書いといてよ」
「わかったわかった」
場所が病室というだけで、女子トークは楽しく続く。
 
「なんかねえ」と彼女がポツンと言った。
「まだどこか夢みたいな…どこまでが現実でどこからがそうじゃないか分からないような、変な感じなんだよね」
「痛みもないから余計だろうね」
「そうそう、おかげさまでどこも痛くないから余計そうかもしれない。でもね、こういう運命だったんだと受け入れるしかないかなという気持ちになることもある」
「現実に気持ちがついていかないよねえ」
「ほんとにそう。もう少しステージが低かったら、手術とか放射線治療とかも考えたかもしれないけど、全身に転移していると言われちゃうとね、もう受け入れてつきあうしかないというか……」
「何が最善かは分からないけど、とりあえず本人の意思が一番だと思うよ。その選択をみんなでバックアップするしかないんだから」
「だよね……てことで、また来週も来てよね」
「催促かい」
 
笑っている彼女をいつまで見られるか私にも分からない。
でも、できる限り病室に遊びに行こうと思っている。
湿っぽくならないように、能天気に。
きっと彼女はそれを望んでいる。
 
 
 
 
***
 
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2020-01-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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