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30年ぶりの“ソロバン”との再会


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:高林忠正(スピード・ライティングゼミ)
 
 
30年ぶりの再会だった。
かつては私の身体の一部ともいえるものだった。
年月は経ってもまったく変わりはなかった。多くの人は見向きもしないが、知っている人は知っている。
 
それは、ソロバンである。
 
現代からは信じられないかもしれないが、百貨店に入社したとき、ソロバンの習得が義務づけられた。
もちろん、電卓はすでにあった。しかし店頭においてはすべての商売の基本が手書きの伝票にあり、社員はソロバンを使って計算を行うという共通認識があった。
もちろん下は19歳から上は役員クラスまで。
 
4月から始まった研修は見習いとしての勤務である。本配属となって、初めて社員となるのである。
研修が始まってまもなく、総務から1冊のマニュアルが手渡された。
それは、ソロバンの練習帳だった。
 
”ソロバン”
 
小学校4年のときに算数の授業で1〜2ヶ月間習った経験があったものの、それ以降は触ったことすらなかった。
 
総務の教育担当からの発表によると「6月上旬にある新入社員のソロバンの統一テストで70点以上を取らないと本配属は保留」という。
つまり、見習いのまま。
はじめは冗談かと思ったが、どうやら本当のようである。
 
(カンベンしてよ)
まさか、入社したもののこの期に及んで社員になれないなんてそんな殺生な……。
 
4月半ばから始まった店頭での販売研修。
見習いのバッジを胸に、たどたどしい言葉で「いらっしゃいませ」と発するのである。
現場を見て驚いた。
信じられない光景かもしれないが、先輩たちは一人残らずソロバンができるのである。
(こりゃ、大変なところへ来た)
 
そこらかである。
日々自主練習をしなければならなかった。さらに1週間に1度、閉店後に総務の一室に場所を移して、ソロバンの模擬試験が行われるのである。
 
同期80名のうち、ソロバンに長けているものはほとんどゼロ。
最初から70点以上のスコアを出せる者は皆無の状態。
そうカンタンに習得できそうもないことは明らかだった。
 
もともと指をどう動かすかも分からなかった。
 
そんななか、総務が提供してくれたマニュアルは、成人でもゼロからソロバンを習得するプログラムだった。
 
慣れない販売実習。
1日が終わったあとは日報を書くのである。
しかも翌朝一番に提出しなければならない。
帰宅してから書こうとしても、いつしか内容は同じものになりつつあった。
それを書き終わってから、睡魔と戦いながらのソロバン練習である。
 
最初の2週間は、箸にも棒にもかからない状態だった。
 
同期たちも同じレベルで、1週間に1度の試験は誰一人70点をクリアはなし。
 
それでも始めて3週間を過ぎるあたりからだろうか、徐々に70点合格者が増え出した。
しかし私はといえば、まだ思うように指が動かなかった。
 
見取り算は、ゆっくりでも自分のペースでできたが、問題は、数字を読み上げる”読み上算”である。
総務の担当が「願いましては、◯円なり」と言った途端に気持ちがあせってしまうのである。
当然のことながら、指がついていかなくなってしまう。
 
5月の半ば、70点ラインは絶望的にすらなりつつあった。
 
(どうしよう……、やるしかない)
淡々とマニュアルを繰り返すしかなかった。
 
しかし、練習は不可能を可能にする。
少しずつではあったが、変化を実感し始めていた。
 
指が動き始めただけでない。少しずつ早く動くようになってきた。
正解率も上がり始めた。
 
ついに、5月末日に行われた試験で初めて70点を突破したのである。
 
そして迎えた6月上旬の新入社員統一業務テスト。
足し算が70点、かけ算が95点を記録して晴れて合格し、本採用となった。
 
ただし、試験に合格してからが本当の意味での始まりである。
店頭では、売上高をはじめとする金額の集計で、毎日のようにソロバンが使われるのである。
現場での毎日の業務を通じて、ソロバンは自分にとっての日常の一部となっていた。
いつしか、右手にソロバン、左手に電卓を使って、手書きの伝票を書くのが当たり前となった。
 
それと同時に、とっさの暗算ができるようになっていたのである。
私だけではない。同期の一人一人に聞いても同じ答えが返ってきた。
瞬時の計算が身を救ってくれる場に何度も遭遇した。
 
しかし、そんなソロバンの講習も2年後輩たちからはなくなり、電卓が主流となった。
レジスターのオンライン化とともに、紙ベースの伝票は過去の遺物となろうとしている。
 
いまではソロバンが存在したことすら、隅に追いやられている。
 
ただしその一方で、ソロバン熱は盛んで東南アジアを中心に、世界48カ国にソロバン教室が普及しているという。
NHK総合の『あさイチ』によれば、沖縄県が全国一のソロバン県として、子どもの習い事のトップにランクされている。
 
この冬、久しぶりにソロバンに触れてあらためて思った。
 
玉をはじくと小気味の良い音がした。
さらに、1たす2たす3たすとして、1から10までをそれぞれ足し算をしたところが、55となった。
かけ算をしても、身体が覚えていた。
もちろん、速い読み上げ算にはついていくのはカンタンではなさそうだが、3ケタどおしのかけ算などはすぐにできると実感した。
30年ぶりにソロバンに接したことは、過去の思い出に浸っただけでない。
 
あらためて思った。
それは、英会話、パソコンが学習教育のなかで一般化する一方で、ぜひソロバンの持つ可能性についても視点を当ててみてはどうか?というものである。
 
ソロバンを使って計算をすることは、身体全体を総動員することになる。
目で見た、あるいは聞こえた数字から、「パチッ」と玉を動かすと、その音とその感触、玉の位置、そして一瞬の残像から次の動きが始まる。
慣れると、金額を「見る」、「聞く」、を通じて身体が無意識に反応しだすのである。
PCが左脳のみを使って行うことなら、ソロバンは、イメージ領域さらには、無意識領域の右脳ともに、計算という左脳を使うことになるからである。
 
いいかえれば、視覚、聴覚、体感覚すべてをバランスよく整えながら、その人の持つ計算力を極限まで高めてくれる道具である。
 
30年ぶりの再会は、ソロバンの持つ可能性を私に教えてくれた。

 
 
 
 
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2020-01-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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