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いくつになっても新しいことはできる


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:SAT (ライティング・ゼミ平日コース)
 
今、年齢を言い訳にして、新しいことに踏み出せない人たちがいたら、私の父を紹介したい。
 
私の父は土木系の仕事をしている。現場監督みたいなことをしているらしい。
そろそろ70歳になろうとしているのだが、未だに現役で仕事をしている。
 
父の歴史を振り返ってみると、父が土木の学校を卒業して、新卒で入った会社が1年で倒産した。
 
そこから、父の流転の人生が始まった。
 
ちょうど父が若い頃は、まだまだ公共事業がたくさんあって、道路を作ったり、下水道を整備したりする仕事は溢れていた。
だから、父が学校で学んだ技術を活かせる仕事先はどこにでもある。
血の気の多かった父は、まだ20代にして、そこから2つ会社を転職した。どちらも会社と喧嘩して、辞めてしまったようだった。
 
3つめの会社を辞めたとき、母と結婚しており、私がお腹の中にいるところだった。
 
父が辞めた会社はその時住んでいた町で一番大きな会社で、そこを喧嘩して辞めているとなると、流石に同じ町では就職できなかったみたいで、さすがにまずいと思ったのか、隣町の会社に就職をした。
 
その会社は、小さな会社で社長と従業員が数名だった。
社長とずいぶん喧嘩もしたようだったが、それでも辞めずに残っていた。
そのときは、日曜日しか休みがなくて、祝日も仕事をしており、長い休みは盆と正月くらいだったが、それでも父が務めた中では今のところ一番長く続いた会社だった。
 
そして、次の転機は、私がまだ学生の時で、その会社に20年近く務めたときだった。
 
その間に、町の道路や上下水道は整備され、不況で公共事業が減らされて、仕事がどんどん減っていき、土木業の会社が淘汰されており、父の務めていた会社も3社で合併するという。合併する会社で一番大きい会社の部長が上になるということだったが、父はその人が気に食わなかったようで、合併するときに会社を辞めることにした、というのである。
 
父、4回目の転職である。
 
次に見つけてきた仕事は、父は49歳にして、初めての業種転向で、家族経営の造園業に転職するというのである。
 
その時は、父は草花が好きだから合ってるんじゃないか、と思っていたが、今にして冷静に考えてみると、園芸を趣味程度にしかやっていなくて、そもそも、50歳手前で、前の会社ではNo.2として仕事を取り仕切っていた人が、まったく別の仕事にチャレンジしてみるという勇気を持っていた父に改めて尊敬の念を抱いている。
 
5つめの会社は、父の土木系のスキルを求められて入社したわけだが、当然、造園のこともやらなくてはいけない。
父は50歳にして、自腹で本を買ってきて、木の種類や木の選定方法なんかを勉強して、夜や日曜日に本を開いていることが多かった。
 
土木系の仕事は当然できていたが、1年くらいで造園の仕事自体をある程度、任せてもらえるようになったのである。
六十の手習いならぬ五十の手習いでも、仕事ができるのだ。
 
それから、その会社には4年くらいいたが、剪定中の木から落ちて背中を痛めたり、不遇な事故があったり、色々なことがあって、また辞めてしまった。
 
で、6つめの会社が、勝手知ったる土木系の会社に戻ったのである。
 
ただ、この4年間の間に、情勢が大きく変わっていた。
 
それまで、父は図面を手で書いていたし、現場の写真もフィルムのカメラで撮ったものを紙に貼る書類を作っていたようだったが、世の中はIT化が進んでおり、CADで図面を書いて、写真はパソコンに取り込んで、システムを使って納品物を作るようになったのだ。
 
父は55歳にして、今度はパソコンを勉強することになったのである。
しかも、パソコンの基本操作だけではなく、CADで図面を書いたり、パソコンで写真を管理したり、システムのことも勉強することになったのだ。
 
今度はWindowsの基本的な操作の本や、CADの使い方の本を自腹で買ってきて、読み漁っている日が続いた。学びに貪欲な父は、納品先の役所の担当にまで納品システムの操作の方法を習ったりしていたのである。まぁ、図々しいにも程がある。
 
でも、生活に必要ならば覚えられるもので、自分で書類一式を作って、納品検査でも合格するようになったのだった。
 
我が父のすごいところは、生活のためには仕方のないことだったのかもしれないが、ある程度の年齢でも、経験に関係ない業種に飛び込んだところと、いくつになっても勉強して新しいことを覚えることができた、ということだと思う。
しかも、妻と子2名がいて、子どもたちはそれぞれ大学と大学院まで出ている。
 
生活がかかっていたのだから仕方ないことなのかもしれないが、それでも、何歳になっても新しいことができるし、覚えることができるということだ。
 
こんな身近に、こんなに心強い事例があるなんて、思わなかった。
 
もし、年齢とか、家庭事情で、やりたいことを踏み出せないのなら、一歩踏み出してみたら、たぶん、なんとかなる。
 
我が父が人生をかけて証明してくれた。
 
最後に、父は6つめの会社を65歳で辞めたあと、まだ元気だからと7つめ会社に2年ほどいて、まだ6つめの会社に戻った。
7つめの会社ではそれまで使っていなかったスマホで現場の写真を撮るということもしていたようだ。
 
こうして、70歳を迎えようとしており、いくつになっても仕事ができるという事例も見せてもらっている。
 
 
 
 
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2020-01-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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