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歪な三角の私を、母は愛してくれる


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:北林万里奈(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
私はおにぎりを握るのが下手だ。なぜか二等辺三角形になってしまう。
「二等辺にもなっていないよ」
先日、母に言われた言葉だ。
「全部角度が違うの。どうしてだろうね」
私もいっしょに、どうしてだろうと首を傾げた。
 
昔から不器用だ。手先も、性格も。
 
小学生の頃から、器用さが求められる作業は母の担当だ。
私の折り鶴は最後のくちばしが潰れてしまうし、縫い物は最初の玉止めができない。
粘土工作も苦手だったので、自由課題を母に作ってもらったことがあった。
本人いわく「かなり下手に作った」らしいが、校内の賞をもらってしまい、二人で気まずい思いをした。
そんな母の作品「かき氷」は、今も涼しい顔で私の部屋に飾られている。
 
凸凹の激しい私の凹んだ部分を、母はいつも埋めてくれようとした。
 
「もう三角形なんか見たくない」
中学時代の私はうんざりしていた。数学の授業についていけず、教科書は落書き帳になっていた。
 
母はいつも、私と数学の間の絶望的な溝を埋めようと奔走していた。
「近所の◯◯さん、ピーター・フランクルさんの知り合いなんだって。有名な数学者よ。特別に教えてもらえるかもって」
「絶対嫌だ」
絶賛反抗期中、全米が泣いても泣かなかった私は、間髪入れずにそう応えた。
母はもったいないわね、と言って肩をすくめたきり、何も言わなかった。
 
しかし、ここで引き下がる母ではない。
「これ、気が向いたら読んでね」
そう言って手渡されたのは、やさしく数学を楽しむコンセプトの本数冊だ。
国語は得意だったので、読み物なら楽しんでもらえるのではと考えてくれたらしい。
しかし、最新の携帯電話に夢中だった私に、もはや読書好きの少女の影はなかった。
せっかく買ってもらった本たちは、一ページも開かれることのないまま色褪せていき、いつかの年末の大掃除のときにこっそり捨ててしまった。
 
「ねえ。少しは勉強しないと、高校に上がれないわよ」
中学三年生になっても頑張る気配のない私に、いよいよしびれを切らした母が直球をぶつけてきた。
「大丈夫。よほどのことがなければ、大学までエスカレーターで行けるもん」
私の学校は中高一貫校なうえに、大多数の生徒が附属大学へ進学する。受験とは無縁な環境に、油断しきっていたのだ。
高校に進学し、「よほどのこと」が起こるまでは。
 
「残念ながら、ここにいる生徒のみなさんは、このままでは進級できません!」
高校一年生の冬、学年主任の先生が朗らかな笑顔で言い切った。
その場に私もいた。数学の単位を落としてしまったのだ。
落第生とその保護者が呼び出され、視聴覚教室に集められた。
 
「五つ単位落としたら留年だけど、四つだったら仮進級で上がれるし〜!」
そう言って笑い飛ばしていた悪友の言葉を思い返す。冗談じゃない、と私は心の中で言い返した。
私の自慢のお母さんを、こんな惨めな理由で学校に連れてきてしまったじゃないか。
 
集められた保護者たちは、みな肩身が狭そうに俯いていた。隣に座っていた悪友は、「みっともない」と小突かれている。
横目で母の様子をうかがうと、まっすぐ顔を上げたまま、先生の話に耳を傾けていた。
その凛とした横顔に、私はますます申し訳ない気持ちになる。
私のお母さんは、なんでもできるのに。できないのは、私だけなのに……。
ため息を吐くたびに、パイプ椅子が小さく軋んだ。
 
「仮進級のみなさんには追試を受けてもらいます」
先生にそう告げられてから三ヶ月。私は無事に高校二年生に進級できた。
同時に、ある奇跡が起こっていた。
「学年15位だったよ!」
中学入学以来、三桁だった成績が急上昇したのだ。
母が見つけてくれた個別指導塾で指導を受けるようになってから、数学嫌いを克服し、勉強そのものが好きになっていた。
「本気になるのを、ずっと待ってた。やればできるってずっと思っていたよ」
母の言葉に、胸がいっぱいになる。
こんな私でも、信じてくれていたんだ……。
目を細めて喜ぶ母を、これからも喜ばせようと誓った。
私は附属大学への進学を辞退し、猛勉強の末、難関大学の法学部に合格した。
 
腐ったみかんのようだった私は、歳を重ねるごとにみずみずしい人生を送れるようになってきた。
しかし、時の流れとは皮肉だ。美しく凛々しかった母を着実に老いへと向かわせる。
 
「体がね、思うように動かないの。悔しいよ」
女手ひとつで育ててくれた疲労が重なり、母は手足の関節炎になってしまった。かつてのような器用さはなく、私の足りない部分も、埋めることはできない。
 
だから、今度は私が、母の足りない部分を埋めることにした。
 
その一つが、おにぎりである。
箸を持つのが少し苦手な母でも食べやすいようにと握りはじめた。それから一年経つのだが、どういうわけか正三角形になったことがない。
 
「二等辺にもなっていないよ。全部角度が違うの。どうしてだろうね」
「本当に、不器用だねえ。この子は」
昔よりもはっきりと文句を言うようになった母の目は、あいかわらず笑っている。
「でも、おいしいよ」
優しい言葉に、私は時折泣きそうな気持ちになる。
お母さん、歪な三角の私を、愛してくれて、ありがとう。
 
 
 
 
***
 
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2020-12-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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