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マンマのミネストローネ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:前田三佳(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「ダメよミカ、まだ鎖骨が見えてるじゃないの! もっと食べなさい」
そう言いながらマンマは私のお皿に、ミネストローネをたっぷりとよそった。
それは彼女の自慢料理だ。
私は決して痩せているほうではなくむしろぽっちゃり体型だが、立派な体格のマンマに言わせると痩せすぎらしい。
「そ、そう? ……」と私は熱いスープを飲み干した。
多分、このままだと日本に帰る頃には確実に3キロ太っているだろう。
 
10年程前、私はオーストラリアのケアンズへ2週間の短期留学をした。
50歳を過ぎて間もない頃だったと思う。
趣味で英会話スクールに通っていたが、近所の小さな薬局で働く私が実践的に英語を使う機会は皆無だ。
ネイティブスピーカーの先生と日本人3~4人のグループレッスンを毎週2回ほど受けて
多少喋れるようにはなったものの、習い始めて数年が過ぎモチベーションはどんどん下がっていた。
英語を話す機会がないし、仕事と家事に時間を取られ勉強する時間がないし…………。
自分にそんな甘い言い訳ばかりの情けない私だった。
 
「なんかね、中だるみなんだよね。英語このまま習ってても使わないしね。」
私のわがままな呟きに、しばらくして夫が言った。
「じゃあ、使わなきゃいけない所に行けば?」
(じゃあ、やめろよと言わないところが素晴らしい!)
「えっ?」
「昔、ホームステイしてみたいって言ってたよね。行ってこいよ」
「えっ? いいの?」
「いいよ。今まで頑張ってきたんだ。それぐらい叶えさせてやりたいじゃん」
 
夫はいつも言う。お互いの人生を楽しもうと。
たまたま縁があって一緒の人生を歩いているけど、お互いの夢は叶えていいんだ、と。
その代わり、俺も自分の好きなことはとことんやるよ、と。
とことんを突き詰めた夫はトライアスロンに挑戦していた。
そう、とても漠然とした夢だけど、私いつかホームステイしたかったんだ。
忘れていた夢を夫が思い出させてくれた。
とは言え、我が家にそれほどの金銭的余裕があるわけでもなく、私はパートの時間を増やし
貯金と英会話の勉強のピッチを上げた。
 
そうして2週間の短期留学がついに実現した。
たった2週間。されど2週間である。
成田空港まで見送ってくれた家族に、手を振って一人になった時、私ははっきりと口角が上がるのを感じた。
「バンザ-イ‼」と心の中で叫んでいた。
大切な家族との暫しの別れ。不安もある。
でもそれより一人でこれから未知の世界に向かう高揚感でいっぱいだったのだ。
 
迎えてくれた家族はイタリアからオーストラリアに移住して来た家族だった。
言い争いをする時以外は綺麗な英語で会話する夫婦2人にハスキー犬が1匹。
成人した息子2人はそれぞれ独立していた。
マンマは私と同じパートで働く主婦で、実によく働く。
夕食の後片付けに毎日キッチンをピカピカに拭き上げ、下着にまでアイロンをかける。
聞けば、ほとんど無償で世界中から留学生を迎えているという。
庭にはプールがあり、ご主人はクルーザーを持っている一見裕福な家庭だが、その堅実な生活ぶりに私は驚いた。
掃除機は恐ろしく旧式で破れたホースをガムテープでグルグル巻きにして使っている。
リビングには小さな元カラーテレビが置かれていた。
元というのも、緑がかったモノクロのような映像しか映らないのだ。
その小さなテレビでホームコメディを見るのが家族の日課。
登場人物は誰もが超人ハルクのように顔色が悪いが、気にも止めていない。
生ゴミは決して出さず、庭のコンポストに捨て有効活用する。
ある日留守番をしていた時、雨が降ってきたので私は洗濯物を取り込んで乾燥機にかけた。
すると帰ってきたマンマに叱られた。
「なぜ、そんな事をするの? 雨が上がればまた乾くから、そのままで良かったのに…………」
イタリア人の気質なのか、この家族の独特のルールなのかはわからないが、あくまでも質実に物を最後まで大切に使う姿勢に私は感嘆した。
何にでも新しいものに飛びつき消費する、私もその一人だが、そんな今の日本の風潮を少し恥じた。
 
そして平日は毎日バスで英会話スクールに通った。
ひとクラス40人くらいの様々な国籍の若者たちに混じり、5時間目まで毎日英語だけの授業を受け、山のような宿題を持ち帰る日々。
それはとても楽しく刺激的で、まるで学生時代に戻ったような気分だった。
ある日ふと気が緩み、帰りのバスの中で眠ってしまった。
気が付けば、見たこともない町まできている。
私は顔面蒼白になった。
当時、携帯は持ってきてはいたが充電器から煙が噴き出すという悲しい事態になり、使えずにいた。
グーグルマップも紙のマップさえ持っていない。ケアンズの町は小さいとはいえ不安でいっぱいになった。
あまり遠くまで行ってはまずいと思い、とにかくバスを降りた。
近くにあった八百屋で道を尋ね、ステイ先の住所を伝えた。
「ああ、そこならこれから配達にいくから送ってってやるよ」タンクトップ姿のお兄ちゃんが言った。
「どうみても悪い人間に見えないお兄ちゃんだけど、キケンかな?
でも私おばさんだし、お金あるように見えないだろうし…………」と迷っていると
「ほら、乗んな」
彼は後部座席にあった野菜の束を素早く片付けて席を作ってくれた。
お兄ちゃんの言ったとおり、10分ほどで懐かしの「我が家」が見えた。
「あのこれ…………」と少しばかりのお金を差し出すと、大きく首を振って彼は颯爽と消えていった。痺れた。
あたりはすっかり暗くなってしまい、ようやく家に帰りついた私を
「どうしたの、ミカ! 遅いから心配したじゃない!」とマンマが迎えてくれた。
あの時のミネストローネは何より温かくて、心と身体に沁みわたった。
アジアから来た縁もゆかりもない中年女に、2週間の宿と温かい食事を提供してくれる彼女に私は尋ねた。
「どうして留学生を迎えているの? なぜこんな事ができるの?」
「そうね…………。私は世界中を旅したいとは思わないの。
だってここが私の居場所だから。ここで毎日同じ暮らしをするのが性に合ってるの。
でも世界中から学生たちが家に来る。
これが私のインターナショナルライフなのよ」
彼女の潔い選択、その懐の深さに胸を打たれた。
 
コロナ禍で世界は変わり、いつ又あの頃のように自由に海外へ行けるかわからない。
それでも私は「お互い歳をとったよね!」と笑って彼女に再会する日を夢に見ている。
それはきっと叶うと訳もなく信じている。
 
 
 
 
***
 
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2020-12-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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