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月を見つける名人は、そのことを忘れてしまうだろう


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:久慈桃子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「おつきさま!」
午前8時、保育園の駐車場。
急に立ち止まった2歳の娘が、まっすぐ天を指差して声を上げた。
視線の先を見ると、よく晴れた水色の空にわらび餅みたいな半透明の月が浮かんでいる。
 
ああ、お月さまを見つけたの。
私はそう言おうとしたけれど、車のエンジン音が聞こえたので慌てて娘の手を掴んだ。
「車が来るよ、危ないよ」
素早く周囲を確認し、安全なフェンス際に娘を誘導する。娘は手を引かれるままトコトコ着いてきて、なおニコニコと私を見上げていた。
ああ、早く教室に入って娘を預けなきゃ。朝イチのアポがあるから、会社には早めに着きたいな。
「……お月さま、きれいね。見つけて嬉しいね」
私は空を見上げることなくそう言った。
「うん!」
 
大人の手のひらにすっぽり収まる小さな手が少しずつ大きくなっていって、だんだんと爪を切るのに苦戦しなくなっても、相変わらず娘は空に月を見つける名人だった。
月だけじゃなく、音もなく現れる飛行機雲や一番星、ゆったり旋回するトンビや夕焼けのピンク雲を見つけるのも得意だった。
 
子供の視野は大人のそれよりもずっと狭いと交通安全教室で聞いたのだけど、不思議なことに、大人の私よりも娘の方がずいぶん周りがよく見えてるんじゃないだろうか。
しかし、駐車場や道路で周囲の車の動きが見えていなかったりもするので、子供の左右方向の視野はやはり大人よりも狭いようだった。
もしかして、上下方向の視野だけ大人より子供のほうが広いのかもしれない。そう思った。
 
一方親の私はというと、子育てを始めてからこっち、常にキョロキョロ周囲を見回して車や通行人の動きを把握するクセが身についている。左右どころか360度全方向の視野を確保するくらいの勢いだ。
けれども視線は常に娘のいる斜め下に向いているため、空に何が浮かんでいるかを把握する余裕はない。
月も星も雲も、娘に教えられて初めて気がつく有様だった。
 
のんびり空を見上げたのなんて、いつが最後だろう……改めて考えてみたら、案外最近だったのを思い出した。
いまでこそ家事育児仕事で怒涛の毎日を送っているが、育児優先で仕事を再開してなかった時期は、毎日のんびりしすぎて退屈なくらいの時間感覚で過ごしていた。遠い昔のことのようだけれど、実はほんの数年前。
娘がまだヨチヨチ歩きの頃だ。
すぐに疲れて「抱っこ」とせがむ小さな体を抱き上げて、私は何度も空を見上げていた。
 
なんのことはない、「あれがお月さまだよ」と天を指して娘に教えたのは私だった。
月も星も雲もトンビも夕焼けも。私が空を見上げては、ひとつひとつ娘に名前を教えたものだった。
 
この話を実家の母にすると、「あんたも月を見つける名人だった」と言われた。
小さい頃に、母と手を繋いで歩いては月を見つけて指差していたと。
私はとても驚いた。だってぜんぜん憶えてなかったので。
 
「あの頃はよく見つけるなぁと不思議に思ってたけどね、なんでか分かったわ」
「え、なんで?」
「Sちゃんはね、手を繋いで歩いてる時に何度もあんたを見てるのよ。ずっと上を見てるから、空にあるものを見つけられるんだねぇ」
 
私は手を繋いで歩く娘を見ている。斜め下にいる娘と、その周りを。
対して娘は私を見ていた。斜め上にある私の顔と、その向こうに広がる空を。
月も星も雲も、私を見上げたついでに見つけたものだったんだ。
 
私は親として毎日、斜め下を見続けてきた。娘が道路に飛び出さないように、人にぶつからないようにと常に神経を尖らせ、ときにはきつく叱ることすらある。
それは親として必要なことだ。子供の安全に関わる、大事なしつけだと思う。
それでも、私は一体何をしていたんだろう……と悔やむ気持ちが抑えられなかった。
 
なんだかとても勿体ないことをしてしまったんじゃないだろうか。
 
もっと一緒に、月や星や雲を見上げてみれば良かったんじゃないのかな。
 
だってもう娘の手はすっぽり包み込めるほど小さくはない。
あの日「おつきさま!」と私に教えてくれた幼い娘には、もう会えないのだ。
目が回るほど忙しいのに、あっという間に成長してゆく子供との日々は、わらび餅よりもっと儚い。
 
今日も娘は空に「おつきさま!」を見つける。
多分このことを、娘は忘れてしまうのだろう。
彼女の時間はまだ始まったばかりで、これからどんどん新しい記憶が蓄積されていくのだから。
 
親の私だけが、「おつきさま!」と空を見上げるあの笑顔をいつまでも憶えているのだ。
きっと、私の母と同じように。
 
 
 
 

****

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