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天国からのプレゼント


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:後藤美由紀(チーム天狼院)
 
心にぽっかりと穴が開いてしまったかのようだった。食欲もないし、何もしたくない。青い空を見上げればどうしようもなく涙が出る。満開の桜が目に染みて、思考が停止してしまう。
 
母が亡くなった翌日から市役所に死亡届や年金手帳返還、保険証の返還の手続き。保険会社にも請求の手続きの連絡。葬儀屋には遺影の写真を送り、最後の打ち合わせに半日かかった。ゆっくりしている時間はなく、ふさぎ込む私と対照的に父と妹は朝から晩まで外回りの用事を精力的にこなしていた。
 
母は老人施設から緊急搬送されて一か月と7日で亡くなった。私と妹と交代で母の病室で24時間付きっきりで看病し、妹は途中、家の都合で一週間帰宅したが、私はその期間も母の付き添いを毎日していた。私達が面会できるようになってからおよそ一ヶ月弱で母は亡くなった。それはまるで過去最大級の台風が暴風雨と共にやってきて、ほどなく台風の目に入ると青空がひろがり、長い静けさの中で台風が熱帯低気圧に変わり静かに去っていったような感覚だった。台風と共に私たちはまるで住んでいたかのような病室から去り、現実の生活に放り出された。その直後からの駆り立てられるような毎日に、あの期間は夢だったのだろうか、砂の上の城が波にさらわれて平坦になり、跡形もなく消えていったような喪失感に襲われた。
 
母の亡くなった4日後は父と母の54回目の結婚記念日だった。母が入院している間、私達と母で父へのサプライズのプレゼントとして「お父さん、54年間、ありがとう」のメッセージを父に語る、母の動画を撮っていた。絞り出すような声で、でもはっきりと母は言ってくれた。母の好きなお花の塗り絵も準備した。絵心もあった母だが、亡くなる前日には絵筆を持つのも一苦労で私たちが手を添えてバラの花を3色使って塗った。
 
結婚記念日当日に父にその動画と塗り絵をプレゼントした。動画を何度も見ながら父はハンカチで涙を何度もぬぐった。孫たちからもおめでとうの色紙をプレゼントした。
 
煩雑な死後の手続きや、記念のイベント、どれもうまくいったが母がいない喪失感は埋められなかった。毎晩12時と4時に目が覚めた。母のおむつ交換の時間だったからだ。隣に寝ている妹を母だと思い、布団がかかっているかしら、息をしているかしら、と確かめようとしてハッと現実に気づく。毎朝「お母さ~ん、おはよう!」と挨拶をして、「お母さん」と何度も呼んでいたから、遺影に向かって何度も「お母さん」と呼んでいる自分がいた。もうこれからそう言わなくなり、現実の世界に戻っていくのが嫌だった。母との思い出の時間は記憶の中にしかない。それがいつか薄れていってしまうのが怖かった。もう地上で会えることはない、その現実を受け入れたくなかった。
 
その後3日かけて家を掃除した。家で闘病する期間も長かったため、帰省した時は母にかかりっきりだった。そのため掃除は最低限しかできなかった。おまけに物を捨てない家庭だったので、部屋の中は私の小学校の頃からの洋服や文具まで現役で残っていた。小学校の修学旅行のボストンバッグすら母のデイサービスの荷物入れに使っていた。なので文字通り一日中、片付けをして一部屋づつきれいにしていった。
最後に母の部屋のもう変質してしまった化粧品や嫁入り道具の三面鏡の鏡だけ、などのガラクタを捨てた。
 
妹がふいに声を上げた。「お姉ちゃん! お母さんの着物が残ってる!」
着物用のタンスに、たとう紙に包まれてそれはあった。全体に細かい柄が入っている江戸小紋の紺とオレンジの2枚だった。着物の着付け師もしている妹はやはり着物好きだった母の黒留袖や訪問着を私にこれまでも着せてくれた。でもそれは冠婚葬祭の儀礼上のものとしか私には感じられなかったし、興味もなかった。
「これ、お母さんがいつか美由紀が着るだろうと思って小物も一式用意してある」私よりずっと気丈で、めそめそするより動いているのが似合う妹が涙声になった。肌着から長襦袢、タオルや紐類、足袋から下駄まで全てきれいに包まれていた。私は母のサイズと殆ど同じで、妹は体が大きくて着ることが出来ない。母は私のために用意してくれていたのだった。江戸小紋はいわゆる「遊び着」で普段着に使うそうだ。柄は二枚とも私の好みにぴったりであった。思いがけないプレゼントに心がじわっと温かくなった。普段でも着れる着物を纏えば、母の愛もいつでも一緒に纏える気がして、心が弾んだ。
 
その夜30分以上かけて着物の着方を教わった。妹いわく、あつらえたようにサイズがピッタリだから着やすいそうだ。自分でも今まで着た着物の中で一番似合っているなと思った。
母の遺影の前で一緒に写真を撮った。「しっかりしなさいよ」と背中を押してくれているように感じた。家に帰ったら大好きな鎌倉にこの着物を着て行こう。娘と二人で出かけよう。そんなワクワク感が湧いてきた。
 
その夜は興奮で眠れなくなった。入院直前に買っていて読みかけになっていた本を開いてみた。鎌倉が舞台だったその本の終わり近くに「失くしたものを追い求めるより、今、手のひらに残っているものを大事にすればいいんだって」との一節があった。やはり家族をふいに失くした方の言葉だった。
 
そうだ、本当にそうだ。家には私の帰りを待っている家族がいる。そして私も「お母さん」なのだ。母が私にしてくれたことをそのまま家族にしていこう。大袈裟に聞こえるかもしれないが、雷に打たれたように心に響いた。もう泣いてばかりいるのはやめよう。天国の母からのプレゼント、着物と私が母から受け継いでいくべきメッセージをもらったのだから。
やっぱり母は天国でまだ生きている。そしてうなずきながら微笑んでいる。そう確信出来た。心にあいていた穴から優しさと喜びが流れてきて、安心してそのまま深い眠りについた。
 
 
 
 
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2021-04-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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