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【私的福岡・番外編】平成の吉田松陰


吉田松陰

 

記事:Ryosuke Koikeさま(ライティング・ゼミ)

午前6時に起床し、1人車に乗り込んだ。
朝を迎えつつある国道3号線を、ひたすら北上していく。
九州と本州を隔てる関門海峡を潜って渡ると、番号が1つ減って国道2号線になる。
3車線あったはずの国道3号線は、やがて2車線になり、国道2号線になってしばらくすると1車線になってしまう。
高速代数千円をけちるために早起きして出発したものの、午前9時を過ぎると日曜日の朝にもかかわらず、車の流れは悪くなった。
結局、途中の休憩地点と決めていた山口についた頃には、午前10時30分を回っていた。
昨日までの春を感じる青空とは違い、時折雨脚も強くなるような曇天であった。

一休みしたのち、国道9号線を離れ山口県内を北上していく。
しばらくすると、比較的直線だった道路は急に細くなるとともに、蛇行が激しくなった。
エンジンが大きく唸り声をあげはじめる。
道脇に落ち葉が積もりに積もった山沿いの雨の中を、注意深くひたすら登っていく。途中まで対向車も後続車も現れなかった。
萩往還(はぎおうかん)。
これでも国道(一部は県道)として整備されている道を、私は古代の生物の遺骸からできた燃料のおかげで、いとも簡単に峠を越えることができているが、たった200年前の参勤交代の行列は何日かかっていただろうか。

1時間弱走ると、ようやく当日の目的地にたどり着いた。
日本海に面する萩市に来たのは、初めてであった。

妻や子どもが実家に帰省していることをいいことに、1人日帰り旅行に出かけていた。
福岡に住む私が、日帰り旅行をするとしたらどこに行ったらよいだろうか。
長崎の平戸の景色を見るのもいい、大分の方に行って国東半島を一周するのもいい、宮崎の荘厳な高千穂に行ってもいい。
色々と浮かんできたものの、1人の時にしか行けないところを考えたらすぐに1つに絞られた。
山口県は維新の志士たちを多く輩出した土地である。
その者たちの多くが集い、学んでいた場所が現存するというので、いつかこの目で見てみたいと思っていたところだったのだ。
普段は子供たちが遊べるよう公園に行ったり、妻の癒しを求めて温泉に行ったりするので、
史跡を見るためだけにふらっと出かけるのは、ちょうど今しかなかったのだ。

目指す史跡にたどり着くと、最近は、観光に力を入れているのか駐車場もいっぱいで、多くの観光客が訪れていた。
若いカップル、外国人観光客、大学のサークル仲間、年配夫婦……その中を男1人歴史に思いを馳せていた。

松下村塾である。
松下村にあった私塾において、幕末の思想家・指導者であった吉田松陰が教鞭をとっていたのが、今から約160年前のことである。
松下村塾では、武士だけではなく町民や農民も学び、身分に関係なく志があるものが通っていたと言われている。そこから、幕末の志士となる高杉晋作や、初代総理大臣となる伊藤博文、軍人となる山縣有朋といった者たちが、学び、行動し明治維新へと繋がり、近代日本が幕開けとなった。

傘を差しながら建物の周りを一周してみる。ぬかるんだ土に買ったばかりの靴がめり込んでいく。
塾の校舎は当時のままで簡素ながら、しかし現在にしても整然とそこにあった。
こんな小さな、狭い場所で多くの若者が考え、夢を追っていたと考えると、なんだか熱くなる。
多くの観光客の中にまぎれつつも、なんとか全景をカメラに写し込むことができた。
帰るため車に乗り込む頃には、いつの間にか雨はやんでいた。

帰り道はさすがに高速道路を使ったが、それでも3時間弱の道のりであった。
山口県は基本的に田舎である。人口も県全体で福岡市にも及ばない。
新幹線ののぞみが止まらなかった時代もあった。
そもそも、関ヶ原の戦いで西軍についた毛利家の治める地であり、江戸時代は外様として扱われており、地方の都市に過ぎなかった。
しかし、である。
革命はいつも辺境から起きると言われている。
幕府から謹慎を言い渡された1人の武士の、実家の私塾での活動が近代日本の礎を築いたように……。

実は、今現在でも同じようなことが起きようとしている。
出版不況と言われ、雑誌も含めた書籍の販売部数は毎年減少傾向にある。
地方では本屋が次々と姿を消し、大都市においても老舗がシャッターを降ろす記事を目にすることも多くなった。
こうやって記事を書いている私も、情報の多くはインターネットから収集している。
本屋はいずれなくなってしまうのか。

たった数年前の話である。
始まりは東京ではあったものの、数坪の敷地面積だったと聞いている。
今は地方都市の福岡にも拠点を構え、もうすぐ上洛するとも噂に聞く。
そこには、プロもアマも関係なく、ただ志がある者だけが集っているように私には感じる。誰でも興味があれば参加できるのだ。
そして、素人集団ながらも各方面に討って出ようとしている。
松陰を師匠に持つ高杉晋作が、武士や農民といった混合編成の奇兵隊を組織し、正規軍を撃破していったように。

山口遠征から1週間、私は福岡のとあるマンションの一室に設けられた塾の一室で師の講義を受ける予定でいた。しかし塾全体でも実質2間ぐらいしかなく、松下村塾の方が広いんじゃないかと思うぐらいである。
結局参加できなかったが、もし参加していたら私の周りでは、会社員、自営業者、大学生、公務員、ライターといった様々な肩書を持つ者たちが同じように講義を受けていたはずである。
160年前と違うのは、参勤交代で何か月もかかる距離のある場所でもデジタル回線によって同時に師事できることだろうか。

師は今日も、熱く語っているだろう。
その言葉は、簡単でわかりやすく、しかし実用的である。残念なのは、画力ぐらいである。
吉田松陰は、急進的な言動もあってか、若くして処刑された。
ここまで色々と重ねてしまうと、師の未来を懸念してしまいたくなるが、本人は100歳まで働くと言っているからまずもって大丈夫だろう。

数年後、この分野において革命が起きているだろうか。
私は、ほんの少しでもその一翼にからんでいるだろうか。

師は今日も、無邪気に語っているはず。
その師の名は――。

 

***
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2016-03-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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