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老老介護で骨折した母と、痛みが教えてくれたこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:筒井洋一(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
「今日、転倒してあごの骨を骨折した。明日、大学病院に入院するけど、自分で行くので心配しないで」
 
それは、約10年前の話だった。
母から電話でこう告げられた時、私はその深刻さがすぐにはわからず、明日動けばいいやと思って、そのまま電話を切った。
 
それを妻に説明すると、「あごの骨の骨折? なにいってんの! 今すぐ病院に連れていかないと大変な事になる」と言われてハッとして、慌てて実家に駆けつけた。途中に、大学病院に電話をしたら、一刻を争う怪我なのでいますぐ病院に来るように、とのことだった。やはりこれは重大なことなんだ。
 
実は、私は、その一年前にも、同じような失敗をしでかしていた。
 
父の認知症がひどくなり、母だけではもはや介護の限界が来ているにもかかわらず、私はそのまま放っておいた。介護に及び腰のまま、「なんとかなるだろう」という逃げの姿勢でいたが、妻からの強い言葉でようやく目が覚めた。とにかく父が介護認定を受けられるように走り回った結果、なんとか認定を受けることができた。事態の深刻さがわからなければ、そのままやりすごそうという私の弱点が立て続けに浮き彫りになったのだった。
 
そもそも、なぜ母があごの骨折をしたのかというと、原因は父にあった。
 
認知症の父は既に食欲の感覚が衰えて、いくら食べても満腹感がなかった。数日毎に、母がスーパーで両手一杯の食料を買っても、あっと言う間に食べ尽くしてしまう。冷蔵庫に残り物があると、夜中にそれを平らげてしまい、それでも足りないと、真夜中でも母を起こして、夜食を作れと言う。たとえ母の体調が悪くても容赦なく食事を作ることを求めていたようだ。
 
私は、父とは折り合いが悪く、ほぼ10年間実家に足を踏み入れなかったのだが、その間、父の症状が悪化して、母が老老介護していた。何年もの間、母一人で介護していたため疲労が蓄積していたようで、買い物帰りに両手に食料を持ったまま路上で転倒して、あごを痛打したのだった。
 
応急措置をした主治医も事の重大性を察知して、すぐに大学病院に行くようにと言ったが、母は父の世話があるので、明日まで行かないと言って聞かなかったらしい。しかし、痛みが耐えられなくなった夜8時頃には、さすがに気丈な母であっても我慢できなくなって、私に電話してきた。
 
実家に着いてすぐ母を説得して、ただちに大学病院に連れて行った。レントゲン写真などで患部の状態を説明した上で、医者が「あごの骨の複雑骨折を治すためには、上下の歯を縫合して、最低一ヶ月間固定します。その間は、口の隙間から水溶性の食事を摂取することになります」と母に告げた。
 
医師の説明を聞いて私は震え上がった。歯の縫合で、口が開けられないつらさは、タックルされてあごを骨折した屈強なラグビー選手であっても、涙を流して苦しむほどの苦行だと聞いたことがあった。それを知っていたので、母に「一ヶ月間口が開かないけど大丈夫か」と尋ねたくなった。しかし、それは逆に本人にとっては酷な質問であるので声に出すことをなんとかこらえた。
 
ところが、嫌がると思った母は意外にそれをすんなりと受け入れた。むしろ、医者から「80歳を越えているのに、歯が20本以上残っているのに驚きました」と言われたことがうれしかったようだ。
 
それ以来、一ヶ月間口を固定して、母は、骨が固まるのを待つことになった。口が動かせない不便さがありつつも、舌を使って話そうとしたり、身振り手振りで説明しようとする姿がどこか笑いを誘う。母への同情がいつのまにか和みの気持ちに変わったこともたびたびあった。
 
けれども、もし私が同じ境遇になったら、とてもそうはいかない。我慢できなくなったら、「ほんの短時間でもいいので、一度口を開けたい! それさえできれば、心が収まる!」と懇願することだろう。でも、縫合をはずすことは、再度固定のやり直しになり、元通りの回復がさらに難しくなることを意味する。やはり縫合ははずせないのだ。
 
骨の固定が順調に進むにつれて、医師は母に今度は逆のことをいいはじめた。「骨の固定がうまくいっているので、今度は縫合をはずした後のことを考えましょう。うまく口が開けられるように、今から訓練をしてください。ただし、この訓練は大の大人でも泣くほど痛いですが、あなたは耐えられますか?」と言ったそうだ。
 
後で、母に聞いたら、医者がニヤッと笑って耐えられるかと聞いた時に、「何が何でも耐えてやる」と思ったそうだ。痛いことよりも、医者になめられないように頑張ったとのこと。
 
痛みに耐えられる人は少し違った反応をする。確かに、痛み自体は変わらないにせよ、そこにずっと固執していると痛みからますます逃れられなくなる。むしろ、関心を別に向けることで痛み自体から離れることができる姿を母に見たのだった。
 
それから、10年近くの年数が経った。今、母は老老介護からあごの骨折を経て、介護される側にいる。
 
介護することは、介護される側から学ぶことであると言われる。私ができることは、介護ではなく、むしろ母の人生をしっかり聞くことで、あらためて一人の人生を自分の中にしっかりと刻み込むことである。このことは、別に肉親だからではなく、たまたま引き受けることになった一人の人生に自分が向き合えるいい機会だと思っている。
 
 
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2018-02-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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