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メディアグランプリ

塾バイトって、チョロいんじゃなかったのか!!


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:Arata(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
2018年2月。私は大切な場所を失った。
 
「それじゃ、生徒の前に立たせられない」
 
塾講師としての初日は散々なものだった。
 
「板書は君のメモじゃないんだ」
「解けるだけじゃ教えることなんかできないよ」
 
塾長を前にした模擬授業。なにもできなかった。塾長の指摘は、ぐさりと胸に刺さった。授業の出来ばかりでなく、自分の浅さを見抜かれているようで……。
 
思えばはじめから甘かった。
大学一年の秋、自由に使えるお金が欲しい、その一心でバイトを探していた。できれば短時間で、できれば時給が高いところ。ちょっとググってみれば塾講師が、最適解だと書いてあった。楽勝だろと思った。子供のころから「お勉強」だけはできたので、いろいろ友人に聞かれることもあったし、うまく質問に答えられる自信はあった。
 
あさはかな余裕が砕け散るのに、10分もいらなかった。
 
できない……。
 
いや、予習で問題は解いてきていた。おそらくほぼ正解していただろう。それでも、教壇に立つと突然何も言えなくなった。教えるべきは、どの選択肢があっているかではなくて、この現代文の文章をどう読むかだった。どうやってよんでいるんだろう? 気づいたのが教壇に立ってからでは遅すぎた。どうやって読んでいる? どこまで読めれば、「わかった」ことになるのか? わからない。授業としてできることは、何もないと気づいてしまった。
 
今思えばできないなりに取り繕うという選択肢もあったはずだ。だが、それもかなわない。人前で話すことをできるだけさけてきたツケだった。プレゼン、スピーチと言われれば、できるだけやらない方向にもっていったし、どうしてものときにはセリフを一言一句メモして朗読する、そんなありさまだった。塾長と一対一、バイトの初日、できると思っていたはずのプランがまったくうまくいかない……、そんな困難な状況で落ち着いて話を進められるはずがなかった。
 
「なんで塾講が向いてるなんて思ったんだろ……」
 
帰りの電車で、激しい後悔に襲われた。教えるべきことを理解できていない、伝える能力もない。どうしてできると思ってしまったんだろう。
くよくよしているうちに、二つも駅を乗り過ごした。
 
一週間後。残念な塾講師にも、デビューの日が来てしまった。小さな塾だ、講師はいつも不足していた。できそこないでも使わないわけにはいかない。
 
「はじめまして、講師の林です」
 
そこから一年は、必死だった。現代文がわかるってどういうことなのか?「わかる」にはどのような要素に分けることができるのか? 「全く読めない」段階から「少し読める」段階にステップアップするには何が必要なのか。現代文の全体像を追いかけた。追いかけようとした。ただ、そんなに簡単にわかるものではなかった。
毎回の授業はなんだかんだ「現代文の全体像」などにはたどりつけぬままに過ぎ去っていった。個別の文章の内容の解説に終わってしまうことの方が多かった。ただ申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。
 
それでも、意味があった。ヒントはいつも生徒の「わからない」の中にあった。この子はこの文とこの文が同じことを言ってるって気づけばラクに読めるのにな。この子は、導入と本論の間で話題が変わってしまう所に混乱しているんだな。
いつも「聞く」「見る」が始まりだった。「現代文の全体像」は生徒たちとのやりとりのなかから少しづつ私に姿を見せてくれた。教えるべきことはいつも生徒たちが教えてくれた。
 
あれ……? なんでうまくいかないの?
 
頭の中に教えることが整理されたと思った矢先だった。新高2にはじめて授業をした。ここまでで積み上げたものをこの子たちにはゼロから伝えたい! そう決意して臨んだクラスだった。
 
現代文って実はこういう風になっているんだ。今から言う考え方を使うとどんな文章でも、構造的に理解できるようになるんだ。
 
この日の授業がいままでで一番熱い授業だった。
 
ぽかんとした顔の生徒たち。
 
なんで? こんなに伝えてるのに。なんで伝わらないんだろう? あ、一度にしゃべりすぎたんだ。今度は、練習問題として文章を実際に読みむことをはさみながらじっくり教えよう。
 
改良した授業は、やはりうまくいかなかった。
私の予定では、もっと目を輝かせて聞いてくれるものだと。圧倒的尊敬を集められるものだと……。
 
なんでうまくいかないんだ……!
 
恥ずかしいことに、生徒が悪いんじゃないかと逃げてしまったことがあった。
それにもかかわらず、やっぱり子供たちが大切なことを教えてくれる。
 
「わたし、現代文よめたことないんですけど……」
 
講師室にやってきたその子は、ぽつりとそう言った。そんなこと言われましても、とは思った。しかし、高3の彼女は真剣そのものだった、本当に困っていたのだろう。
「現代文の全体像」をつたえるのに最低2時間はかかるとわかっていたので、とりあえずそのなかの一つのステップだけ伝えることにした。
 
これでひとまずやってみてそれでもだめだったらまたおいで。
 
半分は逃げだった。全部伝えても、どうせわかんないだろ。そんなやつあたり的な気持ちもあった。
 
その子が、その日から変わったのを見た。自習室で、執拗なまでに現代文と戦っている姿を見た。
 
数か月後。ちらりと自習中のノートを見てみて、さらに驚かされた。私が教えようとしていた「現代文の全体像」なるもののほとんどを彼女はつかみとっていた。教えたのはほんの一部だったのに。
その生徒は、結局第一志望校をつかみ取っていった。
 
少し寂しくもあった。自分の足で歩くすべと喜びを見つけてしまったのだ。あの瞬間から、ある意味彼女にとって講師としての私は不要になったのだ。
 
同時に、その体験は講師としての最高の思い出でもある。
 
自分の足で歩きだすための「一歩目」と、倒れそうになった時の「支え」。
教えることに大切なのは、この二つだ。
 
そのためにすべてが分かっていることはすごく重要だ。ただ、分かってもらうべきことをすべて言葉にして伝えることは完全にはできない。もっと言えば、完璧に伝えられたとして、それは自分で歩く喜びを奪ってしまう行為だ。
 
やはりこれも教え子に教えてもらったことだ。
 
気づけば、3年間。子供たちからいただいたものは、とてもここには書ききれない。あんなに苦手だった、人前で話すことが苦でなくなっていたりだとか。
 
最初はただのお金稼ぎだった。それでも最後の授業で涙がでるくらいには、その塾が大切な場所に変わっていた。幸せな時間だった。
 
***

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2018-02-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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