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産後うつは自己防衛プログラムだ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:ももの(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
「あれ、鍋に水をいれて…… その後は……」
家事をするときの手順が、頭の中でうまく組み立てられない。
私は、そのとき30歳だった。
産後半年で、娘を保育園の0歳クラスに預けて職場復帰した。
職場が大好きだった私は、早く復帰したくてたまらなかった。
職場復帰し、仕事ができることに喜びを感じていた。
正直に言おう、言葉が通じない赤ちゃんのお世話は、私にとって、今までで行った事が無いほどの困難を極めた。
私は、退院してすぐに、産後うつの症状がでていた。
理由もなく、涙がとまらなくなるのだ。家族に、どうしたの? と聞かれても、理由を話すことができない。そもそも何で涙がでるのか本人でもわからないのだ。説明のしようがない。
 
助産師さんによると、産後は、ホルモンのバランスが一時的に崩れてこのような症状が出るらしい。しばらくすると、収まってくるはずだからと、なだめられ不安ながらも帰宅した。
そして、始まった日中の赤ちゃんと2人だけの日々。
私は、泣かれることが異様にストレスになった。なんだか、責められているような気になってしまい、悲しかった。
できる事は、必死でやったつもりだ。自分の全てを犠牲にしてお世話しても、
泣いて泣いて、止まらない。
私は頭がおかしくなりそうだった。
育児の何が辛いのか?
今冷静に考えてみると、「物事を達成できないこと」だと気づいた。
何もかもが、中断されて、完了できないのだ。
想像してみてほしい、些細なことも、横やりが入りまくって、前にすすめないときのイライラした感じを……。
何かを計画し、実行し、完了する、という仕事では当たり前のことが、
赤ちゃんという圧倒的な「命」の存在によって、中断されてしまう。
そこを私は、あきらめることができなかった。
そのことを職場の人に相談すると、職場復帰し、母子分離すれば、少しは症状がよくなるかもしれない、と言われた。
私も正直限界を感じていたし、少しでも、自分の子どもと離れる時間がほしかった。そこで、保育園に預け、早めに職場に復帰する事にしたのだ。
職場復帰し、数週間したころから、自分の頭の中で考えていることが、うまくまとまらなくなってくるのを感じていた。
頭の中で考えていることを、表現するのも、スムーズに行かなくなった。
何かがおかしいと、精神科の医者である友人に相談すると、
「それは、うつ病だよ」と言われた。
私は、びっくりした。キャパシティがオーバーしているのは、わかっていたが、うつ病ってこんなに身近に、というか、自分が発病してしまう病気なんだ。と
そのとき初めて知った。
友人は続けた。「うつ病は、脳の病気。手順がわからなくなったり、表現がうまくでなくなったりするのは、これ以上脳がメモリーを費やさないように、自動制御プログラムが作動している状態。この状態を無視したらだめ。
薬を飲んで、しばらく何もしないで過ごすように」と言われた。
あぁ、物事の手順がわからなくなるのは、脳が、私を守るためだったのだ……。
人間の体って本当によくできているな……。
自分が自分を守ろうとして病気になるなんて、私の体は、私の事、どれだけ真剣に考えてくれているのだろう。自分自身がいくら、粗末に扱っても、自分の体はそれ以上、自分を傷つけないように、自分でプログラムを作動させてくるんだ……。よくできているな、私の体。気づかせてくれてありがとう、と心から思った。
翌日、私は心療内科を受診した。問診表のようなものを2枚記載したら、うつ病と、いとも簡単に診断された。
その日のうちに診断書を発行してもらい、職場へ提出し、急遽休職することになった。
薬をのんで、のんびりする。そんなことをするのは初めての体験で、どうしていいかわからなかった。
休職なので、娘は保育園でそのまま預かってもらえた。
昼間から、仕事に行かないで、育児もしない自分は、無力な、無価値な人間に思えて涙がでた。
それでも、「ここでまた無理をすると、もっとよくない状況になるからね。必ず休んでいてね」という友人の言葉を信じ、昼間から薬を飲んで、横になっていた。
育児と仕事、私にとって両立するのは、並大抵のことではなかったようだ。
どうも、初めての事だらけで、自分の力の出力をうまくコントロールできなかったな、と痛感した。
それからは、育児も仕事も60%出力で進む事を決めた。
どっちも、中途半端な数字だ。でも、育児60%+仕事60%=120%で、100%超えるじゃないか。それでいいじゃないか、今の私は、60%が限界だ、と知った。
家事も、電気で出来ることは、全て電気にお任せする事にした。乾燥機付きの洗濯機、食洗機、お掃除ロボットを導入し、極力自分が動かなくていいようにした。
他の人の協力も積極的にお願いするように心がけた。
「私には、できないから、手伝ってほしい、助けてほしい」と言えるような自分になった。自分できる事、出来ない事を把握し、出来ない事を謙虚に、感謝をもって、他人にお願いすること学んだ。
この経験がなければ、いつまでも自分が一人で我慢すればうまくいく、と思っていた価値観は抜けなかっただろう。
今では、他人を信頼し、頼ることができるようになった。
それで、出来ない人と、思われてもいい、そんな自分を許そうと思っている。
いつか、60%の力を出力していた自分を懐かしく思う日がきっとくるに違いない。そんな願いをこめて、私は今日も60%の出力で進む。

 
 
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2018-05-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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