fbpx
メディアグランプリ

鉛筆一本あれば、何でも生まれる


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:ゆきもと みちこ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「違うよ、毛筆じゃなくて、硬筆(こうひつ)。筆と墨じゃなくて、鉛筆で書くんだよ」
新卒研修でマジックペンが配られて、所信表明なるものをA4用紙に書かされました。同期が私の字をちらっと見て、「字がきれいだね。習字やってたの?」と尋ねてきたのです。
「硬筆? 聞いたことない。それに私、鉛筆なんて小学生の頃からほとんど使ってない」
確かに、小学校高学年になると同級生で鉛筆を使う人はほぼいなくて、皆シャーペンでした。
ふと、鉛筆の魅力に夢中だった小学生時代がむくむくと思い出されました。
 
私は6歳の時から硬筆教室に通っていました。週一回、場所は家から歩いて5分。持ち物は鉛筆と消しゴムだけ。お月謝はなんと1回500円で、習い事というより生活の一部でした。
先生と目が合うと、にこっと「今月のお手本はこれね」と渡してくれます。
 
『高い山をこえて 春がやってきた』
 
6マス×2行で計12文字の専門の用紙に、鉛筆の先をそっと置きます。一番ドキドキする瞬間です。
一文字、いちもじ、真剣です。一画の角度や長さがほんのちょっとでもお手本と違うと、まるで不格好な別の文字になってしまいます。気づけば、息も止まって、肩に力が入る――。
「だめ! 鉛筆をそんなに力一杯握りしめたら!」
先生の声が飛んできました。はっと気づくと、人差し指が真っ赤になるほど力が入って、逆側に反っています。
「ものを書くときは、力を入れすぎてはだめ。 そっと包み込むように鉛筆を持つんだよ」
むっ。一生懸命書いているつもりの6歳の私は不満です。
先生のアドバイスにちょっと反抗して、力を入れたまま書ききってみました。
紙を自分の前にかざして、12文字全体を見て、私はうっと詰まりました。
 
お手本と違って、縦の並びがガタガタです。文字の大きさもてんでバラバラで、素敵な春がやってくるどころか、台風で木々が飛ばされています。
 
情けない顔の私を見て、先生はふふっと笑いました。
「心を込めて鉛筆を使って、文字は生きるんだよ。 少しずつ練習しよう」
 
とめ、はね、払いの力加減。得意な文字ではなく、苦手な文字こそ、何度も練習します。
 
清書では消しゴムを使えませんが、練習ではOKです。
一文字だけ縦の並びが変になっちゃったら、こそっとやり直せる。鉛筆は毛筆と違って、そんな柔軟なところもあります。
 
小学校でも使うのは自然と鉛筆。
そして私は硬筆のお手本から抜け出て、鉛筆でものを生むようになりました。
 
授業を聞きながらも、教科書の挿絵のフクロウやカエルを描きます。
筆箱に並ぶH、HB、Bの鉛筆。動物の体はHBで、羽毛は薄く細かくHで、くりくりの目はB。鉛筆先の丸まりとトンガリも、指の力のかけ具合で使い分けます。
先生から「教科書から飛び出したみたい。 形はいびつだけど、絵が生きてる」とワクワクと褒められました。
 
テストの解答用紙の裏に、好きな歌の歌詞を新しくつくります。
鉛筆はシャーペンと違って、ノックすることもキャップに芯を入れることもなく、手にしたら脳と手が直接的につながっている感覚になれます。
頭の中に音楽が浮かぶ。その感情をそのまま物語にします。
「あと少しで終わりだぞー」という先生の声に、慌てて消しゴムを走らせます。
 
こんなに鉛筆が好きだったのは、鉛筆先の亜鉛が削れて紙の上に踊る感覚が、自分自身が注ぎ込まれるようだったからでした。悲しい・キレイという気持ち、なるほど・なぜだろうという考えが、目に見えるものになる。それは、書く先を繊細に使い分けて、かつ気軽な鉛筆でしか味わえない感覚でした。
 
そんな私の鉛筆ライフが終わりを迎えたのは中学受験。
「ゆきもとさん、単語の暗記は青ペンだよ。 青色は集中力を高めてくれる。 ペンは書くのに力も要らないし」
半信半疑で先生の言う通りにしてみたら、たしかに! 腕も疲れないし、歴史の偉人も地理の場所も、格段に覚えやすい。
一度ペンを使うと鉛筆を毎晩削ることが面倒になって、シャーペンを使うようになりました。いつしか硬筆教室も通わなくなりました。
書く「楽しさ」より「機能性」が重視されたのです――。
 
 
新卒研修でその場で思いついた所信表明は、『社会人の基礎を身につける』。
ため息をつきたい。中身のない無難な言葉。
マジックペンは書き直しができない。偉い人がぱっと確認できるように、間違いのないよう画一的に書く。自分の内の気持ちは無関係です。
結局、中学受験からペンを使い始めたのは「明確な答えとロジック」という、外からの評価に沿った答えが求められたからだと気づきました。
 
もちろん、ペンは公式な文書で毎日使います。最近は、タブレットで直接文字を書き込むことだって便利です。
でもそれは誰かとシェアする目的があり、ある一定の形式の中で評価されるにはという意識が強くなります。そして、この世に既にあるものや、評価されている価値観を組み合わせた作品ばかりが生まれがちです。
 
鉛筆はそうは行かなくて、自分の頭の中で考え、生み出さないといけません。
色の濃さも色々、書き先も自由自在。ちょっと気恥ずかしい言葉だって消して書き直せる。
鉛筆は自分の中だけの感性や疑問を、いくらでも形にできるツールです。
 
あなたの周りに子供がいたら、そっと鉛筆を渡してみたらいかがでしょうか。
鉛筆なんて何年も使っていないよ、というあなたも、ふと鉛筆で思うままにラクガキをしてみたら。
機能性や評価から離れて、思ってもみなかった言葉やイラストが生まれるかもしれません。
 
鉛筆一本は、何だって生める可能性をもっています。
 
 

*** この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。 「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。 http://tenro-in.com/zemi/66768

天狼院書店「東京天狼院」 〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F 東京天狼院への行き方詳細はこちら

天狼院書店「福岡天狼院」 〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階

天狼院書店「京都天狼院」2017.1.27 OPEN 〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5

【天狼院書店へのお問い合わせ】

【天狼院公式Facebookページ】 天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


2019-01-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事