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自分アップデートセンター


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:田中順子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
頭の上も足元も、川が流れていた。
木製の小さな橋に浴衣姿で腰掛けると、ぶらんと下がった足の裏から川の流れを感じる。
左右の山は黒い影となり、その間から空が見えた。
数えきれないほどの星だ。
山に切り取られたこの夜空が天の川だと言われたら、信じてしまうくらい。
さらさら流れる川の音と、静かな重みのある山の気配。
不思議と頭は働かない。強制シャットダウンされたように。
ソフトの更新が終わるまで、この脳は私の思うようには動いてくれないみたいだった。
 
十数年前、初めて熊野へ行った時の話だ。
入社3年目。仕事のプレッシャーで、休日でも常に頭が仕事から離れられなかった頃。
妹に旅行に誘われて夏休みに熊野へ行き、そこから私の世界は変わった。
 
熊野は不思議な土地だ。
何と言うか……言葉につまるけれど、本来に還る感じがする。
行くだけでいい。
あのエリアに入るだけで、日本人が古代から付き合い続けてきた“何か”に接続される。
それは山だ、という人がいる。
大きな山々を見るだけで、心が落ち着いてくる。
また、森だ、という人もいる。
木々とそこに住む生き物の気配に、いつの間にか癒されていく。
また、神社や古道だ、という人もいる。
滝や岩をご神体とする日本古来のルーツに触れて、どこか安心する。
人によって、受け取り方は違う。
でも、そこへ行けば何かを受け取り、結果として、人生がアップデートされる。
世界観が改まり、自己信頼が強くなる。
熊野はそんな土地だ。
 
私は社会人になってからずっと自分に自信がなかった。
売れない営業で、営業部の先輩方の足を引っ張っている自分。
人付き合いが上手で仕事もできる同期たちに囲まれると、身の置き所がなくて居たたまれなかった。
「数字が人格」
社内ではそう言われていた。
営業成績未達の私は、人格が不合格ということだ。
だから、上司から事細かに日々の行動のチェックを受けていた。
「なぜできないのか?」
淡々と聞かれるのが怖かった。
普通の人が当たり前にできることが、私にはできない。そう感じた。
会社へ向かう身体はいつも重く、休日には現実逃避の読書にふけった。
頭を暇にさせていると、仕事のことを考えてしまう。
そこには叱られる自分のイメージしかない。
平日も休日も、自分と仕事から逃げたくてしかたなかった。
でも、人の期待に応えなければ自分の居場所はなくなってしまう。
たとえ自分が無能なせいで、期待される役割の半分以下しか果たせていなくても、生きるためにはそうするしかないのだと思っていた。
熊野へ行ったのはそんな時期だった。
 
バスに乗って、曲がりくねった川沿いの道を延々と進む。
揺れが心地よくてうつらうつらしているうちに、いつの間にか、背中辺りにいつもこびりついていた不安の重みを感じなくなっていた。
バスを降りて、お参りをして、山や森や川を感じる。
身体の微細な感覚がいろんなものの気配を伝えてくる。
何もない空間さえ、音がしないことでその広さを伝えてくるようだった。
それを感じて初めて、普段の自分はこの感覚を失っていたのだと気づいた。
そう気がついて見てみると、あたりの景色はただ美しかった。
呼吸する自分の身体が周囲のものと呼応しているように感じる。
身体の内も外も同じもので構成されていて、自分はこの世界の一部なのだと腑に落ちた。
 
たぶん、あの時、私の世界観はアップデートされた。
人間のつくった経済システムの中で仮面を被って一人怯えながら暮らす世界から、自然法則に従って、そのままの自分で周りにあるものと一緒に暮らす世界へ。
パソコンの電源を入れてネットに接続した途端に、ソフトウェアのアップデートのお知らせが来るみたいに、熊野に入った私は一旦シャットダウンされて、新しい世界観がダウンロードされた。
私の命を支えているのは、私の意識だけではなかった。
生きものは全て、誰かから何かを受け取って生きている。
木々が日光と雨を受け取って生きているように。倒れた木に美しい苔が生えているように。
 
現代社会で、私たちは世の中の基本はギブアンドテイクなのだと教えられる。
がんばって人の役に立つからこそ、報酬が与えられると。
人によっては、やりたくないことを我慢してやるのが仕事で、やりたくない気持ちを我慢してがんばった分、お給料がもらえると思っている人もいるかもしれない。
でも、それは本当だろうか?
何もしなくても与えられているものこそが、自分を生かすベースになっている。
友だちが向けてくれる好意や、どこかの植物が作っている酸素のようなもの。
それを思い出す時、私たちは“何か”に繋がっている。
必要な更新があれば向こうから知らせが来る。
更新するもしないも自分の自由で、いつも良いことが起こるとは限らないけれど。
それでも今の自分の本来でいるためには、アップデートは欠かせない。
 
私にとって熊野は、このアップデートを感じやすい土地だ。
今の自分には不要なアプリの削除もしてくれる。
あなたの自分アップデートセンターはどこだろう?
もし心当たりがなければ、ぜひ一度、熊野へ行ってみてほしい。
 
 
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2019-01-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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