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週刊READING LIFE vol.54

タイムパラドックスから導かれる10年前の私へ送る言葉《 週刊READING LIFE Vol.54「10年前の自分へ」》


記事:黒崎良英(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

タイムパラドックスという言葉をご存知だろうか?
「時間軸を遡って過去の出来事を改変した結果、因果律に矛盾をきたすこと」などと定義される。
 
具体例としてこのようなものだ。
あなたは自分が生まれる前の時代にタイムスリップする。そこで自分の両親になる若者を殺す。当然、自分は生まれなくなるわけだ。だが、生まれないはずの未来の自分が過去に干渉し、結果、未来の自分が存在しなくなるという、何だかヘンテコな矛盾をきたすこととなる。
あるいは殺害する対象が若き日の自分であっても、同じことが言えるだろう。
この矛盾を解決するいくつかの考えが存在する。SF小説などにも多々使われる解決案である。
そのうちの一つが、「何も変化がない」という案である。
例えば、先ほどの例でいうならば、殺害する対象が見つからなかったり、肝心なところで失敗したりして、絶対殺せない、というものである。
あるいは、殺したと思った相手は、実はよく似た双子の兄弟だったといったもの。小説などではここで、「自分の兄弟が昔何者かに殺された」と親から聞かされた言葉を思い出すモノローグが入ったりするであろう。
他にも、自分が過去を改変しようとして行った行為は、実は未来には折り込み済みで、過去に干渉したからこそ、今の未来のようになったというもの。過去に行ったと思ったが、その時点で世界の分岐が起き、親が死んだ世界とそうでない世界、すなわちパラレルワールド(並行世界)が存在して、自分の世界には何ら影響がない、というもの。
なるほど、これらを見てみると、要するに過去は変えられない、あるいは過去の改変で未来は変えられない、という原理に頷いてしまう。
他にも、パラレルワールド説を採った未来改変案や、宇宙がその矛盾に耐えきれず消滅する、などという案を採ったSF作品もある。
諸々の要素を鑑みると、やはり「未来は変えられない」という結論に、安易ではあるが帰結してしまう。フィクションの中でさえ、都合よくはいかないものだ。
 
しかしここで、あえて夢想してみよう。
私は過去にタイムスリップする手段を手に入れた。しかしできることは一つしかない。過去の自分に会って、言葉を交わすだけである。それでも構わない。自分のことだ。自分の言葉は信じてくれるだろう。何せ10年前も今も結構単純なのだから。
過去に行って私は10年前の自分に会う。そして様々な警句を述べるのだ。
「健康には気をつけろよ。体重計の針は今よりかなり動いている」
「しっかり運動をして、睡眠時間も確保しろよ。肌の劣化は確実に進んでいる」
「仕事でこれとこれとこれと……とにかく、こういうところを失敗するから、気をつけるんだぞ」
「あのゲーム、6年後には第2弾が出る。絶対予約を忘れるんじゃない! これだけは絶対だぞ!」
などなど、だ。そして10年前の自分は、というと、神妙な顔でしっかりと頷いた。
「わかった。安心してくれ、10年後の僕。今から改善すれば、10年後には必ずイケてる自分になっているはず。つまり、戻ったら君もイケてる何かになっているはずだ」
さすが私だ。話が早くて助かる。私たちは互いに握手をがっしりと交わした。そうして私は未来へと戻ってきたのである。
 
一方こちらは過去の自分である。原理はよくわからないが、未来の自分がああして警告してくれているのだ。これはしっかりしなくてはならない。そう思って生活を改善しようとする。
だが、甘かった。
意識は変えようとすれば一夜で云々、というのはかなり人のできた一般人以上の人物が持ちうるスキルである。未来だろうが過去だろうが、自分だろうが他人だろうが、言われただけで行動が変わるようならば、今現在もうちょっとマシな人物になっているであろう。まあ、だからこそ未来があんななのだろうが……
結果、10年後の自分は10年経っても、結局10年後のロクでもない人間である自分にしかなれなかったのである。もちろん、ゲームは予約を忘れ、手に入れることはできなかった。
そこへ、50年後の未来の自分がやってきて、何とタイムマシンをくれた。ただし未来の法律では、過去でできることは過去の自分との会話だけだという。
それでもいい、と、私は勢い勇んで過去に遡り、10年前の自分に警句を述べるのである。
 
もうご理解いただけただろう。俗に言う「無限ループ」である。妄想の中でもご都合主義の展開ができないとは……因果律というのはこれほどまでに強固なものか……あるいは自らの妄想力が劣っているせいか。
結局、私は過去に何があっても今の私にしかなれないのだろう。
当たり前といえば当たり前である。現在は過去の積み重ねであり、未来はそんな現在の連続した先に行き着くものなのだから。
それにもし、過去に干渉したために現在の私が変わってしまうならば、冒頭に述べたように、それは今の自分とは異なる「何びと」か、ということになってしまう。
で、あるならば、今のこの私は、オジさん一歩手前の、ロクに仕事も上手くできない、要領も器量も悪い、不健康で不健全な体たらくで……でも、それなりに毎日の生活を、この世界を楽しんでいる自分は、どうなってしまうのであろうか? 真っ当になった私は、真っ当なものが大好きで、愛していることだろう。では、この私が大好きなものは、このロクでもない素晴らしいジャンキーな好物を、真っ当な私は好きではいてくれないのだろうか。これほどまでに愛しているものたちを(具体的にいうとアニメとかゲームとかで本当にロクでもないのだが)真っ当な私は愛してくれているのだろうか?
自分で考えておいて何だが、答えは絶望的である。過去への干渉で未来が変わり、俗にいう「キレイな私」に変わったら、私は私の愛したものも含めて消えてしまうのだろう。
それは、言いようのない悔しさを味わうことになる。いや、消えるのだから味わうも何もないのだが、とにかく、それだけはイヤだと思う。
なるほど、私を構成しているのは私自身だけではなく、私の周辺に付随する世界そのものもひっくるめてのものらしい。ゆえに、その世界が変わらねば、過去に遡ってどうこうしようと、自分を変えられるわけがない。
残念だ。
残念であると同時に、ほっと安堵している。私が私以外になることは、多分フィクションにおいてもないのだ。だから、私は私が愛した世界を捨てずにすむ。ああ、これは多分……「イイこと」なのだな。
 
では、それらを踏まえて、性懲りも無く夢想してみよう。私が10年前の私に送る言葉を。
 
10年前は新米の教員であった。1浪して大学院にも行っていたので、歳だけは無駄にくいながら、世間知らずな人間であった。
教員の恐ろしいところは、新米であっても、いや、実習生であっても「先生」であることである。大ベテランの先生方と同じ肩書きなのである。もちろん、学校内の役職はそれなりに経験をした先生方に任される。しかし、責任の所在や求められる力は、同等なのである。
私はその重圧、というか違和感に押しつぶされそうだった。ベテランの先生方から「先生」と呼ばれるたびに、身がすくんだ。勘弁してください、私はあなた方から先生と呼ばれるほどの人間ではありません、と。……書いていて悲しくなってきたが、とにかく10年前の私は責任なんて取れっこない、とほざいているような未熟者であった。会話以外の過去への干渉が許されるならひっぱたいていただろう。
そういえば慣れない仕事で生活時間も不規則だった。やたらとゲームに逃避していた時期もあった。いや、それは今もそうか……ただでさえ丈夫でない体は、さぞや悲鳴をあげていたことだろう。
失敗も数えきれないほどあった。時には生徒に直接影響するような失敗もあった。反省してもしきれない。周りの人々には謝っても謝りきれない。
すこぶる恥ずかしい人間であった。
 
私は過去に遡って10年前の私に出会う。仕事をしている最中だろうか? 家でふてくされているところだろうか? ふてくされながら、ゲームでもしているに違いない。そんな過去の私へ、私は引っぱたきたい気持ちを抑えながら、会話するであろう。
「やあ、明日もあるのに夜中までゲームか? そうだな、この頃は深夜0時をまわるまでやっていた」
「よく覚えているな。じゃあ、今日の失敗も覚えているだろう? そして明日の失敗も覚えているのだろうな。まだ経験していない僕はわからないが……そうだ、明日何があるか教えてくれよ。注意していれば失敗もなくなるはずだ」
そう、その通り、と最初は私も思っていた。だが、結局それは無意味なこと。明日の自分は結局明日の自分だから。
「言ってもいいが、おそらくそれは無駄なことだ。なぜって、未来は変えられないのだから」
「じゃあ、未来の僕は一体何のために僕に会いにきたんだ?」
「そうだな……エールと、お礼かな」
そう、もし、10年前の僕への干渉が許されるなら、エールを送りたい。そしてお礼を述べたい。
「きっと、君は色々悩んでいる。苦しんでいる。それこそこの仕事をやめたいと思っている」
「まあ、未来の僕なら分かる、いや覚えているだろうね」
「しかし、君にああした方がいい、こうした方がいいなどとは言わない。言っても無駄、未来は変わらないから、というのももちろんある。けれど、それだけじゃない。そういうふうに苦しんで逃避して、それでも毎日を生きていくのが僕だったからだ。そんな君が僕になったからだ。残念ながら未来の僕はお世辞にもロクな人間にはなっていない。相変わらずゲーム好きでオタクだ」
「その情報聞きたくなかったよ」
「すまない。だがこれだけは覚えておいてくれ。過去のロクでもない君が、未来の僕を作った。これからの10年が僕を形作った。そしてそんなロクでもない僕を、僕は結構気に入っている。君に色々警句を述べたいけれど、それは無駄であると同時に僕自身の自殺行為でもある。『キレイな私』は理想ではあるけれど、多分僕じゃない」
「君はいいかもしれないが、僕は未来に光明が持てないよ」
「そんなもんだ。でも君は生きていくんだよ。進んでいくんだよ。残念なことにね。だがそれに対して、僕はお礼を言いたい。ありがとう、と。今の僕が僕であるのは、君が歩みを止めなかったからだ。ふてくされて深夜までゲームをやっていてくれたからだ。何回も失敗をして、懲りずに同じ過ちを繰り返し、それでも歩みを止めなかった君のおかげだ。ぜひお礼を言わせてほしい。ありがとう」
「ふっ、よせよ。僕が、仕事や生きるのを辞められるほど意気地がある人間であるはずがないだろう」
「ああ、知っている」
「ですよねー」
そんな訳の分からないやり取りをして、お互いに顔を見合わせ、笑うのだろう。10年前も今も、そういうふうに心から笑える機会が少ないことに気付きながら。
 
10年前の私は、ロクでもないながらも足掻き続け、今に至った。それはとてつもない感動で、感謝の対象である。いや、よくやった私、よく生きた。やってきたことはアレだが……
今あることは過去の積み重ね。その過去を改変しても、結局は変わらない。むしろ変わることは今の自分を否定してしまうことにつながる。で、あるならば、変えられない過去を認めることは今の自分を肯定すること。ならば、過去の自分にお礼の一つでも言ってやらねばなるまい。
 
さて、妄想の中の私は、いよいよ未来に帰らねばならない。帰ったところで何も変わったことはないだろう。相変わらず私はロクでもないままで、でも、少しだけ前向きに生きていくことだろう。自分とこの世界を受け入れ、愛しながら。
 
そうだ、あのことを言っておこう。これくらいは言っても差し支えあるまい。
「最後に一つだけ未来のことを教えておくと、いつからか1週間に5000字の文章を書く境遇に見舞われる」
「は? 何だその地獄は。怪しい商法に引っかかったか?」
「いや、それよりタチが悪い」
「なぜ?」
「何か楽しいからね。抜け出せないのさ」

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
黒崎良英(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

山梨県在住。大学にて国文学を専攻する傍ら、情報科の教員免許を取得。現在は故郷山梨の高校で、国語科と情報科を教えている。また、大学在学中、夏目漱石の孫である夏目房之介教授の、現代マンガ学講義を受け、オタクコンテンツの教育的利用を考えるようになる。ただし未だに効果的な授業になった試しが無い。デジタルとアナログの融合を図るデジタル好きなアナログ人間。趣味は広く浅くで多岐にわたる。

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2019-10-21 | Posted in 週刊READING LIFE vol.54

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