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週刊READING LIFE vol.60

あの男性はなぜ、私がゾンビに見えたのか~「多様性」が子供を育てる~《週刊READING LIFE Vol.60 2020年からの「子育て」論》


記事:坂田幸太郎(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

「やべえ、ゾンビだ。ゾンビが来たぞ!」
ゾンビ?なにを言ってるんだろうか?
それは久しぶりに地元へ帰り、実家に向かっていたその道中で遭遇した。
私の出身は東京ではあるが、「花の都」とは程遠い田舎街である。
 
そんな田舎街の静かな夜にあの声が聞こえた。
「やべえ、ゾンビが来た!ゾンビが来たぞ!」
静寂な田舎の夜に突如響き渡る声に私は当然驚きあたりを見渡した。
しかし、あたりが暗すぎて声の主の姿も、そしてゾンビの姿も確認できなかった。
ただ声質から察するに若い男子ではなかろうかと想像でき、声が正面から聞こえたことから、私が歩く道中に声主がいると推測できた。
それに加えて、怯えた声というわけではない。
むしろ楽しげな声であった。
どうやら本当にゾンビが現れたわけではなさそうだ。
 
まったく人騒がせな。どうせ、ゲームをやっているのだろう。
 
そんなことを、思いながら、薄暗い道を歩いていると、だんだん声の主と思われる人との距離が近くなり、その顔が見えるようになった。
随分若い男性。
その男性は片手に缶チューハイを持っていて随分陽気に見えた。
 
お酒を含んでいるのであれば多少ゾンビのような幻覚が見えても仕方がないか。
そんなことを思いながら、通り過ぎようとすると
「おい、ゾンビ無視するなよ」と私に向かって言ってきたように聞こえたのだ。
 
え?
 
驚きはした。が、その場は何事もなく通り過ぎた。
何事もなく、何も被害はなかったものの、気になる。非常に。
その後もしばらくあの男性のことが頭から離れなかった。
 
あの男性は本当に私へ「ゾンビ」と言ったのか。
だとしたらなぜ、私を「ゾンビ」と思ったのだろか。
考えた。夜道を歩きながら考えた。
そして答えにたどり着いた。
ちなみに、実家にも到着していた。
つまり、こういうことだ。
私は足に障害がある。一般の方より、内股に歩いてしまうのだ。
その歩き方が、ゾンビに見えたから、この男性は私に向かって
「ゾンビ」と言ったのだ。
なるほどね。解決できたのでスッキリした表情で家に入ることができた。
よかった、よかった。
 
このエピソードを友人に話すと「ゾンビなんて酷いこというね」と同情されてしまうが、私は「ゾンビ」と言われて心が痛めつけられてはいない。
たしかに、言われて嬉しくはないがそれと匹敵するぐらい悲しくもないのだ。
「ゾンビ」なんて言われ慣れている。
幼い時期は見た目、外見が全ての世界だ。
小学生の時なんて何度言われたことか。
「ゾンビ」という罵倒を久しぶりに浴びて、どこか懐かしささえ感じたぐらいだ。
当然気落ちなんてしていないがあの「ゾンビ」の言われた光景が今でも印象深く頭に残っている。
なぜだろう。
それは、久々に言われた「ゾンビ」という言葉が様々なことを考えさせてくれるきっかけになったからかもしれない。
 
私は今都心部で生活をしている。
仕事は渋谷区で、住居も杉並区だ。
今思えば、都心部に生活拠点を移動させてから差別的な発言も浴びてないし、蔑む視線を浴びたことはない。
理由として一つ考えられるのが、私自身大人になったため、差別的な発言を浴びせにくくなったことがある。
やはり、それなりの大人に差別的な発言をしてくる人はいない。
子供は、大人に対して差別的な発言をしない。
かつて私を「ゾンビ」と罵っていた同年代も今や立派な大人である。
当然罵る事はない。
 
例え「ゾンビ」に見えたとしても、私自身が大人になったことで、蔑む発言ができなくなったのではないか。
そう思っていた。
しかし、あの男性に久々に「ゾンビ」と言われたのだ。
 
私が大人になろうと罵声を浴びせる人は浴びせる。
私が「ゾンビ」に見える人もいる。
もちろん彼自身の人間性にも大いに問題はある。
彼だけが特例ということも当然あるとは思う。
しかし、3年都心で暮らして1回も罵声を浴びてないのに、たまにしか帰らない田舎で罵声を浴びたのだ。
たまたまで片付けていいものか?
と、考えていたある昼下がりに衝撃的な光景を目撃した。
その日私は遅めのランチを済ませようと渋谷へ繰り出していた。
 
平日の昼下がりでもやっぱり渋谷は混むなー
なんて思いながら歩いていると前からランドセルを背負った男の子数人が歩いてきた。
背丈から察するに小学生3年か4年だろうか。
おそらく地元の小学生だ。
こんな都心が、通学路なんてすごいなーなどと感心しながら、その子たちをぼんやりと眺めていた。
すると、横の脇道から大柄な女性が現れた。
女性?
私は少し首をかしげた。
いや、違う。女性ではない。
女性の格好をした男性だ。
女装をしている男性なのか、女性になりたい男性なのかはわからないが、つい大人でも2度見をしてしまいそうな格好ではあった。
大人でも2度見をしてしまうほどなのだから、子供は3度見4度見をしてしまうに違いない。
そんなことを思いながら子供たちをみた。
すると2度見どころか何も動じなくただ淡々と歩いていた。
おそらく男性のことは目に入ったはずだ。
なのに、まるで何事もなかったかのように談笑しながら歩いている。
地元では「ゾンビ」と揶揄された私と通り過ぎても何も動じることはなかった。
なぜだろう。
きっとあの方が私の地元に来て子供と触れ合ったら申し訳ないが間違えなく子供たちはイロモノ眼鏡で見るだろう。
しかし、渋谷の子たちは特段驚いた表情も見せなかった。
すごい。
私はその光景に感動してしまった。
地元では20歳前後の男性に「ゾンビ」といわれる。
それに対し渋谷の小学生には何も言われないどころか、さげすむ目でも見られない。
なぜだ。
 
ちなみに別の日の話だが、ある昼下がりに地元を歩いていたら、渋谷の子と同じぐらいの小学生とすれ違った際、やはり珍しいものを見ているかのように私の足を眺めていた。
 
さすがに大人である私に向かって「ゾンビ」とは言わなかったものの何か言いたげな表情をしていた。
 
「何か言いたげな表情をしていた地元の子供」と「何も関心を示さなかった渋谷の子供」この差はどこから生まれるのだろうか。
 
教育力の差か?
いや、私の地元もそれなりに教育には力を入れている街だとは聞いている。
だとしたら何の差なのか。
 
ひとつ考えられるのは、子供が育つ環境の違いだ。
 
渋谷という街は様々な人が集まる。
障害者、性的マイノリティがある方、外国人、黒人とほんとに様々な人が集まる。
そんな、外見や特性が違うことが当たり前な環境で育つ渋谷の子供は自分と違う人間への抵抗感が少ないのではないだろうか。
 
方や、私の地元は歴史的のも古く、昔からの人とのつながりが強い街だ。
伝統的な街であることは誇らしい一方、新参者を自分たちのコミュニティーに入れることにあまり前向きではない一面がある。
大人はその世界が生きやすいかもしれない。
しかし、それは、子供に様々な人と交流する機会を失わせてしまっているということではないだろうか。
私は、小学校中学校ともに普通の学校で過ごした。
私の学年は、障害者と呼ばれる児童は私一人だった。
幼心に「こんな身体なのは俺一人なのかな」と孤独を感じたが、大人になって障害者と呼ばれる人はいっぱいいるということを知った。
母によると私が小学生の時代は障害児が普通の学校に通うことはあまりメジャーなことではなかったそうだ。
やはり、さまざまな配慮をしなくてはいけないから、教師にも負担が大きく、今よりバリアフリーが普及していなかったことから、どうしても障害児は特別支援学校か特別学級がある学校に流れる傾向だったという。
 
おそらく「ゾンビ」と言った男性も周りに障害者がいない環境で育ったのだろう。
クラスメイトに障害者がいたり、障害者の友人がいたら酔っていても「ゾンビ」とは言わなかったかもしれない。
彼が「ゾンビ」と言ってしまったのも、地元の子供が、私の足を気にしてしまったのも様々な人とふれあうことが難しい環境で育ったからではないだろうか。
 
そんな、私の地元ではあるが最近いろいろと変化をしているという。
私の通っていた小学校は、特別学級を作った。
しかも、特別学級と固執するのではなく、給食など勉強以外の時間は普通学級で過ごすというスタイルを取り入れえることで、普通学級の子供と関わる時間を増やしたそうだ。
 
やはり、勉強についていけない子供もいるし、身体的に体育への参加が難しい子供もいる。
みんなと同じことができない子供いるので、特別学級という枠は必要であるが、給食や休み時間は、むしろ普通学級に通う子と接した方が学ぶべきことは多い。
 
もちろん、コミュニケーションを取るのが苦手な子もいる。
しかし、苦手な子が普通学級に混ざることで、その子の成長につながるとは思う。
過保護になりすぎては成長にはつながらないというのが、普通学級で過ごした当事者の意見だ。
また普通学級に通う子たちにも刺激になると思う。
むしろ、普通学級の子のほうが成長の糧となる気がする。
「この子はどうして上手くしゃべれないのだろう」と考えるきっかけになるのだ。
そこから、教育していくのは、教師の仕事であり、親の役割だ。
 
もしかしたら、渋谷の子供も初めは自分と違う人を見て疑問に思ったかもしれない。
「なぜ、僕とあの人は違うんだろう」と。
しかし、親や先生がしっかりと理由をつたえることであの子たちは
自分と違う歩き方をしている人を見てもおどろかなかったのではなかろうか。
 
渋谷という街は多様性の街だ。
様々な人が、子供の目に触れ、子供の刺激となっているのだ、
街が人を育てる、まさに渋谷はそれを象徴した街なのかもしれない。
 
私は地元で生まれ、地元で育ったことは、不幸だと思ってない。
自然が多く、人が育つ環境としては、これほどにない、良い環境であった。
地元に育ててもらったことは感謝しているし、もし自分に子供ができたら私は地元に帰ると思う。
しかし、もう少し「多様性」について慣用的な街であれば、私はあの夜「ゾンビ」と言われなかったかもしれないとも思ってしまう。
 
難しいことである。
しかし、難しいことであるからと言って「普通の学校に障害児を受け入れない」とか、
「国籍が違う子供と関わらせない」などと考えてしまうことが一番浅はかだ。
私は子供とふれあうサークルにはいっていたことがある。
もちろん、子供好きだからサークルに加入した理由の一つではあるが、私を見た子供たちが「なぜ、あの人の足はおかしいのだろう」と疑問に思ってほしかったというのも理由の一つだ。
私の足がおかしいことに疑問を持ち、親や先生に尋ね、解決する。
この経験があることで、もし、その子の前に障害をもった子供が現れたとしても動じることなく接することができる。
もしかしたら障害を持った子供と友達になっているかもしれない。
そうなったらうれしい。
大分私のエゴかもしれないがそうなれば嬉しい。
私が歩くことで子供の刺激となる。
だとしたら、私は喜んでこの足で堂々と歩き続けようと思う。
 
そして、この一歩の先が「ゾンビ」と言われなくなる世の中につながっていたらいいなと思うばかりの今日この頃だ。
 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
坂田幸太郎(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

奈良県育ち、広島在住。大阪大学文学部卒業。大学時代は考古学を専攻し、現場現物主義を東京生まれ東京育ち
10代の頃は小説家を目指し、公募に数多くの作品を出すも夢半ば挫折し、現在IT会社に勤務。
それでも書くことに、携わりたいと思いライティングゼミを受講する
今後読者に寄り添えるライター


2019-12-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.60

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