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週刊READING LIFE vol,105

“しつけ” と “虐待”《READING LIFE vol,105 おためごかし》


記事:中川文香(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
「お願いします~、ゆるしてください~、なんでも言うこときくからぁ~!」
 
日曜日の夕方、そんな叫び声が近所中に響いていた。
 
さっきから子供の泣き声がするなあ、どうしたんだろうと思ってはいたのだけれど、なんだろうか?
 
耳を澄ませて声のもとをたどっていくと、近くのアパートの二階から聞こえてきていた。
 
子供が二人、泣いている声。
姿は見えないけれど、普段そのアパートの階段を上るところを見かけることがある、あの小学生の姉弟だろうとすぐに分かった。
「開けてください~!」
と泣きながらお願いしている。
どうやら母親から怒られて家から閉め出されたようだった。
 
「お前たちは何度も何度も約束を破って! もううちの子じゃない!」
そのうち、母親らしき人が怒る声も聞こえてきた。
そしてまた「うわーっ」と泣き叫ぶ声。
 
……通報したほうが良いだろうか?
 
秋が近づいて来はじめた夕方、だんだんと日も落ちかけてきている。
子供たちの姿は見えないのでどんな格好なのかは分からない。
けれど、この時期は日が暮れると一気に寒さが増す。
そして気になったのは、泣き声が聞こえ始めてからかれこれ30分以上経っていること。
時折静かになって、またすぐに泣き出して、というのを繰り返している。
おそらく泣き疲れてしまっているのだろう。
 
どうしようか?
 
ためらったのは、自分も同じことをされた経験があるからだ。

 

 

 

小さい頃、私は母親に叱られた時によく家から閉め出されていた。
怒られた理由なんてもう全く覚えていない。
けれど、玄関の扉を一生懸命たたいて、泣きながら母に「家に入れて~!」とお願いしたことだけは覚えている。
その後どうやって許してもらえたのか、どうやって家の中に入れてもらったのかはすっかり忘れてしまった。
でもあの姉弟のように、大声で泣きながら、大粒の涙をほっぺたにぼたぼた落としながらお願いしたことだけは記憶にしっかり残っているのだ。
その時の玄関の扉はものすごく大きく、固く閉ざされているように見えた。
子供の頃の記憶は年を重ねるごとにどんどん抜け落ちて行ってしまっているけれど、そのことだけは断片的だけれど覚えている。
ということは、私の無意識の中でかなりインパクトのある出来事だったのだろうと思う。
 
“しつけ”
 
と言えばそうだろう。
 
今振り返ってみて、何で怒られて家から閉め出されたかは判然としないけれど、自分の中ではあれは母なりのしつけだったのかな、と頭では納得出来る。
頭では分かっているけれど、あれがその時の正しいやり方だったか? と問われると疑問は残る。
 
“虐待”
 
そう言われるとどうだろうか?
私自身、虐待されて育ったとは全く思ってはいない。
けれど、私の記憶の奥深くに静かに何年も眠っているということは、私になんらかの影を落とした出来事であるということに間違いはないだろう。
 
“しつけ” と “虐待” の境目ってなんなのだろうか?

 

 

 

“おためごかし” という言葉がある。
意味を調べてみると、「表面は人のためにするように見せかけて、実は自分の利益を図ること」とある。
この “おためごかし” の意識が奥底に隠れているかどうかが、しつけと虐待の境目に存在するのではないだろうか。
“家から閉め出す” という行為は、無力な子供にとって大変恐怖を感じるようなことなのではないかと思う。
自分が普段過ごしている部屋の前に、固く閉ざされた、自分では決して開けることのできないドアがそびえ立っている。
母親が自分のことを許してくれるまで、その安全な場所には戻ることが出来ない。
泣いても、叫んでも、許してもらえない。
なぜなら、子供が家に入れるかどうかは子供がとる行動にかかっているのではなく、母親の怒りが収まるかどうかにかかっているからだ。
子供のしつけと称して、自分の怒りを解消するために行っていることだ。
 
虐待、というとどこか暴力的な残虐なイメージが先行する。
テレビのニュースで報道されるようなものは、暴力をふるう・食事を与えないなどの激しい印象を受けるものが大多数だ。
けれど、それだけが虐待ではない。
“児童虐待” という言葉は、英語では “child abuse” と言うそうだ。
“child” は子供、 “abuse” は乱用・濫用・そまつに扱う、といった意味で、大人が子供に対して「力を濫用する」というイメージだそうだ。
子供が自分の力では抗うことのできないような精神的な恐怖を大人が与えることも、虐待にあたるのではないだろうか。

 

 

 

結局、迷っているうちに泣き声はやんだ。
家に入れてもらうことが出来たのだろう。
 
あの子達も、私のように大きくなってから今日の日のことを思い出したりするのだろうか?
どれだけ泣いてもびくともしなかった、あの大きな扉の前で途方に暮れたことを。
 
私には子供がいない。
だから、子育ての大変さは友人知人から話を聞く程度にしか知らないし、自分の体験としては全く分からない。
イヤイヤ期の子供はその名の通り何でも嫌がって言うことを聞かないというし、大きくなったらなったで達者になった口で反論してくるから大変よ、という話も聞く。
もしも私が親になったら、思わず「家から閉め出したい」と思ってしまうような出来事だってたくさんあるかもしれない。
それは分からない。
 
でも、私にも子供時代はあった。
あの時の、家から閉め出された絶望的な気持ちは理解できる。
泣いてもわめいてもどうしても開けられない、冷たくて大きなあの扉は私の頭の中にもある。
親が、子供のしつけの為と思ってとっていた行動が、よくよく考えてみたら行き場を失った自分の感情があふれ出しただけだった、というのでは子供にとっても悲しい思い出になるだけだし、自分のためにもならない。
 
私も、これから母親になる可能性がある。
あの日、声を荒げていたあの母親のように “子供のためと思いながら実は自分のために怒ってしまうことがあるかもしれない” と考えると、自分に子供を持つ資格があるのだろうか、とふと考えることがある。
あの母親だって、自ら好んで怒っていたわけではないかもしれない。
純粋にしつけだと思ってとった行動なのかもしれないし、
疲れて子供と向き合う余裕がなかったのかもしれない。
もしかすると、一人で子供と向き合うしんどさに我慢が出来なかったのかもしれない。
 
昔は “子供は地域で育てるもの” という考え方があって、悪いことが見つかったらご近所のおじちゃん・おばちゃんにも叱られる、ということがあった。
今30代の私も、そこまで多くはないけれど、そんな経験がある。
そんな風に “親である自分以外の誰かが子供に関わってくれる” というのは、子育てするうえで心理的な負担を下げてくれることにつながるのではないかと思う。
親が「自分一人でなんとかしなきゃ」と思わなくてもいいように。
どうしても辛いとき、しんどいときに頼れる大人が近くにいたら、それだけで少し救われた気分になるだろう。
親が孤立しない環境を周囲が作っていくこと、そして親自身も積極的に家庭や仕事以外で関わる地域の大人を作っていく努力をすることが、子供を育てるという親たちの大きなハードルを少し低くすることにつながるのではないだろうか。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
中川 文香(READING LIFE編集部公認ライター)

鹿児島県生まれ。
進学で宮崎県、就職で福岡県に住み、システムエンジニアとして働く間に九州各県を出張してまわる。
2017年Uターン。2020年再度福岡へ。
あたたかい土地柄と各地の方言にほっとする九州好き。
 
Uターン後、地元コミュニティFM局でのパーソナリティー、地域情報発信の記事執筆などの活動を経て、まちづくりに興味を持つようになる。
NLP(神経言語プログラミング)勉強中。
NLPマスタープラクティショナー、LABプロファイルプラクティショナー。
 
興味のある分野は まちづくり・心理学。

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2020-11-23 | Posted in 週刊READING LIFE vol,105

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