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週刊READING LIFE vol,117

生まれてはじめてできた“兄”は家業を継ぐ人でした《週刊READING LIFE vol.117「私が脇役の話」》


2021/03/01/公開
記事:成田陸(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
去年の秋に生まれて初めて“兄”ができた。
 
わたしや妹が結婚したわけではない。ただ“兄”と呼ぶ存在ができた。それは任侠物の映画のように義兄弟の盃を交わしたわけではない。それでもたまたま、わたしのことを“弟”呼んだことがきっかけで“兄弟”となった。
 
わたしは一番上だったが、“兄”は末っ子であった。兄であったわたしが弟となり、弟であった彼が“兄”となった。なんとも奇っ怪なことがあるものだ。
 
“兄”とであったのは去年の春であった。取材先でたまたま居合わせて意気投合した。それからzoomやMessengerで連絡を取りながら情報交換していた。はじめは頼りになる先輩としか思っていなかったが、次第に互いに深い相談する関係になっていた。“弟”のわたしが“兄”に相談するのは普通かもしれないが、“兄”も業界で不明な点があれば訊いてくれるようになっていた。そしてわたしが仕事として“兄”の職場を取材したときに、“兄”の実家に泊まることがあった。家族総出でわたしに奈良県宇陀市の名物牛「宇陀牛」のすき焼きを振る舞ってくれて、「ご馳走さま」をした後も、“兄”はお酒に弱いのにも関わらず、時計の針が天辺をまわっても様々な話をした。仕事のこと、地域の歴史のこと、未来のこと、そして継ぐということ。
 
わたしは林業・木材業界を取材する記者だ。
そして“兄”は日本林業でも最も歴史のある林業地・吉野地域の銘木屋の4代目になる。“兄”の会社は80年歴史を有する“新参”の会社だ。
通常の産業であれば80年を超える会社であれば、“老舗”と言われるようになるだろうが林業界は異なる。もっというと奈良県吉野地域特有の事情があった。
 
吉野地域は日本林業のはじまりの地と言われ、その歴史は安土桃山時代から始まったと言われ、吉野林業の中核メンバーの会社では20代以上続く会社もある。もっというと会社というより家業である側面が大きい。その中でいくら戦前に創業したといっても“新参”ものと言われる。
 
だがいくら“新参”といっても相応の重責がある。地域のリーダーとしての重責だ。
林業は高度経済成長期に黄金時代を経験した。
爆発する人口に対応すべく、急速に住宅が建てられた。そして柱や梁、土台といった住宅の躯体部分をはじめ、床柱といった高級材も販売していた。“兄”の会社は銘木屋であり主軸商品は床柱に使用される磨き丸太であった。銘木というのは聞き馴染みがない人がほとんどだろう。銘木とは一言でいえば高級材全般を指す言葉である。
木材とは自然の産物であり、本当の意味で同じ物は2つとない。しかし似ているものは無数にある。野菜や果物と同様である。キャベツやぶどう、お米などの農作物は個々にみればDNAや生育条件が異なるため、厳密にいえば同じものはないが、それでも99%同じであるから同様のものと認識できる。
銘木は突然変異で生まれた変わった木材や、高級メロンや高級ぶどうのように手塩にかけられたものだ。つまり生産量が限られ、希少な木材なのだ。そうした理由で銘木は高級商品であった。銘木屋、それも床の間に使用される磨き丸太を生産していた“兄”の会社は地域で立場があった。実際、“兄”の祖父は市長を勤めるなど正真正銘、地域のリーダーであるし、父も商工会の重鎮である。
 
だが林業界は時代の変化に追いつけず、いわゆる斜陽産業になった。
磨き丸太業界はもっと激しい時代の変化を経験した。会社数はピーク時から約99%減少した。つまりほとんどの企業が廃業もしくは、事業形態を変化させた。残る50社程度のみが国内で磨き丸太を生産することができる。そしてそこに後継者問題が降りかかる。ちゃんとした後継者がいる企業がどれだけあるのかわからないが、おそらくいても半数程度であるのは想像に難くない。
 
時代の変化に対応できなければ淘汰される。身を持って知っている彼らは、常に変化して次世代に継承しようとしている。
 
「いやな陸君、家に戻ってきて1年間、会社の数字を見てきたけど、これを続けるのは厳しいものがあるよ」と笑顔で“兄”は言った。
「そんな、ご冗談を」とわたしも笑いながら返したがすぐさま、
「いや、ガチやねん。前の職場の同期はボーナスも貰っていてそこそこ収入もいいけど、これはちと厳しいや」といつも太陽のようにニコニコしている表情が氷のような冷たい表情に変わり話す。
“兄”は大手木材商社で3年間修行していた。一部上場企業なだけあって、国税庁が発表している平均給与より多く貰っていたが、そこよりおよそ100万近く減収しているようだ。
 
“兄”には最近娘が生まれた。大学時代から付き合っていた彼女と昨年結婚して、今年になって娘が生まれた。
 
だからだろう。
これから更に娘さんを育てるのに費用がかかる。それも“兄”夫婦と同じように大学まで進学させるには、収入が足らなくなるのは想像に難くない。
収入が欲しければ、プログラミングでも学んでIT業界に転職するのもいいかもしれない。もしくは持ち前の営業力をもって、給与の支払いが良い業界に転職するのもいいかもしれない。しかし“兄”は決してそんな選択はしない。
お金より大事なものがある。
綺麗事に聞こえるかもしれないが、そうとしか表現できないのである。
“兄”は大学ではもともと経営学部に所属しており、マーケティングを専攻していた。また在学中に欧州に留学する経験なども持つ。その上、一般企業にもインターンしていた。
 
「だったら、なんで家に戻ってきたのですか?」と訊くと。
 
「親父に憧れたからさ。地域のリーダーとして活動する親父の背中に憧れたからかな。地域の人たちの感謝される親の背中を見ていて、そういった生き方もいいなと思えた。だから就活時に親父と相談して前の職場に修行することを決めたのさ。広告業界とかからも内定は貰っていたのだけど蹴ってしまったよ」と少し照れながら話してくれた。
 
“兄”は3年間、長野県の営業所で修行することになった。
「3年間で1万本を超える木材を見てきたから。この間に銘木屋として最も大切な目利き力を養ったかな」と話す。
銘木屋とはスーパーや本屋のような業態である。つまり自社で商品をつくらず、商品を仕入れて販売するのが一般的である。ただ、磨き丸太は生産する会社は少なくなっているため、自社で生産している。だがどちらにしても目利き力はどのような商売であっても必須であるだろう。記者であるならば、なぜこの会社を取り上げるのか、なぜこのニュースを取り上げるのか。それが最も大事であるように。本屋であれば売れる本を仕入れるように、高く売れる木材を可能な限り安く仕入れるのが重要になる。
 
だから1万本を超えて養われた目利き力はもちろん、その木材を販売する営業力が“兄”の力になっているのは間違いない。
 
だが目利き力と営業力、言い換えれば、商品を作る力と商品を売る力だけでは、会社は経営を続けることができない。最も大事な力必要になるだろう。それは時代に対応する力であるだろう。天狼院がREADING LIFEを提供すると掲げてゼミやイベントを開催して、従来の本屋とは全く異なる事業を展開しているように、若手のタレントや芸能人が主戦場をテレビからYouTubeやSNSに移動したように時代の変化に対応する力が重要になっているのは間違いない。
 
そして時代の変化という点で林業・木材業界が最も難しい産業であるのは間違いないだろう。おそらくどんな優れたマーケターや経営者であっても林業界で時代の変化に対応するのは苦戦するに違いない。なぜなら本当の意味で時代の変化に対応するのが不可能であるからだ。困難とかであるとかの次元ではない。本当に不可能なのだ。まさかと思うかもしれないが、本当である。
 
あなたは100年後の社会がどうなっているかわかるか?
100年でなくても50年でもいい。50年先の未来が読めるのであればきっと時代の変化に対応できるといえるだろう。そんなことはドラえもんのようにタイムマシンで未来から現代にやってくるしかない。そして未来が読めるのであれば株でもやったほうが絶対に儲けることができる。
 
種明かしすると簡単だ。植物が成長して収穫するまでには最低50年という年月がかかる。それだけだ。究極的に言ってしまうと、林業界は植物の成長がボトルネックになっているから、時代の変化に対応するのは不可能なのだ。
 
もちろん、木材は昔から建材だけではなく、燃料や紙の原料になっている。植えられた森林を時代に合わせて、利用方法を変更して林業界は時代の変化に対応してきた。それでもいまカエデやナラといった広葉樹が人気あるからといって、いま植えても収穫できるのは50年後である。
 
そんななか“兄”は時代の変化に対応しようとしている。
廃業することも考えたことがあるそうだ。しかし、先祖が守ってきた森林を娘や孫に引き継ぐ使命がある。若手であっても次世代のことを常に考えている。一般企業では次世代のことを考えるのは、年配の方が中心であるかもしれないが、林業界は違う。皆等しく次世代のことを考えなければ仕事なんてできない。いまだけ考えている仕事は、仕事ではない。なぜなら50年後を想像していない仕事は持続的に生産活動できないのだから。
 
「林業はいまが未来だよ。昔があるからいまがあるんだよ。
目の前に見える80年生の森林もひいおじぃちゃんが植えてくれたから、あるんだよ。だから俺がいま適当に仕事して娘の孫に迷惑かけるわけにはいかないんだ」と“兄”は胸をはってはなす。
 
“兄”は森林の様々な活かし方を試している。床柱に使用されていた磨き丸太をもっと長くして高級個人邸宅に使用されるような12mの磨き梁のような製品も開発しているし、一方で磨き丸太を短くして家具にできないか試している。いっそ森林浴といった木材を生産しないで空間利用して稼ぐことをできないか試している。
発信のしっかりしている。会社のホームページをWIXでつくり、Twitter、Instagram、Facebookはもちろん、最近流行りのクラブハウスも積極的に取り入れて森林や木の魅力を発信して、自社商品を売り込んでいる。それだけではない。他業種とタッグを組んで新たな商品も開発している。最近だと地銀が開催してビジネスコンテストにも出場した。
 
「なんでそこまで頑張るのですか?」
 
「ひいおじいちゃんが植えて、おじいちゃんが育てて、親父が守ってきた森林を娘や孫に残したいからさ」といつも見る太陽な笑顔で言い切った。
 
シンプルに言い切るカッコいいお兄ちゃんだ。尊敬している。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
成田陸(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

埼玉県出身。2020年8月から天狼院書店のライティング・ゼミを受講。学生時代には北海道から沖縄まで森林を旅する。森林の良さを広げるため、文章をうまくなろうと思い受講を始めた。

この記事は、人生を変える天狼院「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」をご受講の方が書きました。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2021-03-01 | Posted in 週刊READING LIFE vol,117

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