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週刊READING LIFE vol.123

切れてもいいと思ったご縁が私に教えてくれたこと《週刊READING LIFE vol.123「怒り・嫉妬・承認欲求」》

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2021/04/12/公開
記事:伊藤あさき(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
人生で、この人に出会えてよかったと心から思える出会いは一体何回あるのだろう。私はそれほど社交的なわけでもないので、自分の人生においてはそう多くはないのだろうなと思うと、同期のタグチさんとの出会いは本当にかけがえのないものだとつくづく思う。
 
タグチさんと出会ったのは、内定者の顔合わせのとき。5人の同期のうちの一人だった。いかにも明るい感じで社交的。茶髪のロングヘアで、今までの友達にはいないタイプ。自分とは真逆であまり話が合いそうにないな……。そんな印象だった。
 
けれども、お互いに一人暮らしで家も近い。社会人で初めて岐阜に来た私に対して、タグチさんは岐阜出身で住み慣れているということもあり、愛車でよくいろいろなところに連れていってくれた。

 

 

 

入社して5年目くらいの時のことだ。タグチさんと二人で、福井へ日帰り旅行に行くことになった。
実家に帰省していたタグチさんはその日、実家を早朝に出て、私のアパートまで迎えに来てくれることになっていた。雪が降るほどではないが、寒い日だった。
 
「着いたよー!」タグチさんからの連絡を受けて、私は急いで玄関を出た。
そして車に駆け寄って「おはよー!」と言いかけたその時だ。
「え……?!」
私は一瞬言葉を失った。
タグチさんの愛車のラパンの前方、右側部分がガムテープで覆われて、まるで車専用のバンドエイドが大量に貼られているかのようになっていた。
「い、いったい何があったのー?!」
聞くと、その日、積雪はなかったものの路面が凍結していたらしい。カーブを曲がろうとした時、車がスリップ。そのはずみでガードレールに衝突し、車が痛々しいことになってしまったのだ。
 
普通なら、この時点で私に連絡をしてくるのではないだろうか。でも、タグチさんは違った。
ガソリンスタンドに立ち寄って事情を話し、車はこんな感じだけど、今日どうしても福井に行きたい。高速も走るが問題ないか。人を乗せるので点検してほしいとお願いしたというのだ。
「見た目はこんな感じだけど、走りには問題ないってことだったよ! だから安心してね、伊藤さん!」
ジャーン! みたいな感じで事故った部分を披露するタグチさん。
私は本当にびっくりした。
 
タグチさんは私がどれほど福井行きを楽しみにしていたかを知っていた。そんな私の思いに応えたい、自分のせいで私の楽しみを奪うのは嫌だと思ったそうだ。
そんなことを、ごくごく普通に、当たり前のように話すタグチさんを前に、私はとてもあたたかな優しさを、思いやりを感じていた。
 
タグチさんって、なんか今までに出会ったことのない人かも。こんなあったかい人、初めてかもしれない。そんな風に思うようになったのはこの時からだったかもしれない。それから私は十年近く、タグチさんの明るさに、優しさに、思いやりに救われてきた。
 
だが、タグチさんのことをそんな風に思うようになるまでに、私は人生で初めて「この人とは縁が切れてもいい」と思ったことがあった。

 

 

 

性格が真逆のタグチさんと私。入社して2年目くらいだろうか。日々のちょっとした不満の積み重ねがついに我慢できなくなり、ある日私は「もうこれからはタグチさんとは付き合いたくない。さようなら」と告げた。今思うと私の心の狭さが一番の原因で本当に恥ずかしい話なのだが、当時は自分を不快にさせる相手が悪いという発想にしかならなかった。
 
すると、タグチさんから「わかったけど、理由は教えてよ」と言われた。
「何それ?! 今まで私がいろいろ我慢してきたこと、全然わかってないんか!」とまたカチンときた。そこで、私は、時間にルーズなこと、約束を忘れること、それがこれからも続くと思うと無理だと、タグチさんに対する不満を書き綴った手紙を書いた。
 
すると、何週間後かにタグチさんから手紙が届いた。
 
そこには、タグチさんの思いが綴られていた。
「手紙を書くのなんて久しぶりすぎて手が震える」みたいな出だしで、どんな内容なんだろうと身構えていたのが一気に緊張が解けて、思わず笑ってしまった。
 
そして、そんな手紙を読んでいるうちに、タグチさんが悪いと思っていたことは、実は私の中の問題なのではないかと思い始めた。

 

 

 

私は時間に遅れられたり、約束を破られたりするのがすごく嫌いだ。「時間は守るべき」「約束は必ず果たすべき」という「べき論」がいつの頃からか自分の中に存在していて、それが破られると無性に怒れてしまう。そして、そのことにいちいち腹を立てる自分自身がとても嫌いだった。もっとおおらかでありたいのにそうなれない。イラっとしては、イラッとしている自分にも自己嫌悪を感じて、いつしかタグチさんと約束をするのが苦痛になっていた。だから、「もういいや。付き合わなければこんな感情に囚われることも、自分を嫌いになることもない」と思った。
だけど……。
 
タグチさんからの手紙を読んでいると、私の感情を受け止め、真摯に向き合おうとしてくれていることが伝わってきた。一方的に別れを告げた私に対して、そんな風にさせてしまったのが申し訳ない。嫌な感情に囚われている伊藤さんは悪くない。それが人だよと。そして、大事な友達だから関係を続けられたらいいけど、これからもきっと時間には遅れてしまうし、約束を忘れることもきっとあると。
「これからは気をつけます」ということはあっても、「きっとこれからも遅れます、守らないこともあります」っていう宣言って何なんだと思いながら、ここでもまた笑ってしまった。

 

 

 

手紙を読み終えて、私は自分の価値観だけで人の気持ちやあり方を決めつけてしまっていたことに気づいた。「遅刻した」「約束をすっぽかした」という事実だけで、その裏にあるものを知ろうともしなかった。出掛けにどうしても済ませなければいけない用事ができてしまったとか、寝不足続きで寝坊してしまったとか、申し訳ないと思いながらもつい、悪気なくうっかりということが誰にでもある。私だって例外ではない。けれど、思い返せば、たまに私が遅れてしまったとき、タグチさんはいつも笑顔で迎えてくれた。「おかげで待ってる間にやりたいことができたよ!」とか「何かあったかと思ってちょっと心配やった」なんて言葉とともに。ごくたまにしかない私の遅刻だから、許してくれて当然みたいな気持ちがなかったといったら嘘になる。けれども、タグチさんはきっと何回でも同じように私を迎えてくれると思うのだ。なぜなら、タグチさんの中には私のような「べき論」はなくて、「そういう時だってあるよね」と考える人だから。

 

 

 

「こうあるべき」というルールが存在すればするほど、自分にも相手にも求めることが多くなって、心がどんどん疲弊していく。些細なことで相手に怒って、そんな自分に自己嫌悪を感じて、自分が同じことをしようものなら自分に対してもイライラしたり落ち込んだりして。自分の中にある「時間は守るべき」「約束は守るべき」というルールを相手に押しつけて、その結果もがき苦しんでいたのは私自身だった。時間を守れない時もある。約束を破ってしまう時もある。けれど、それは必ずしも相手のことを軽視しているとか、ないがしろにしているとかいうわけではない。「ごめんなさい」「今度から気をつけてね」こんな会話で済んでいくところを、カッカと頭に血を上らせて怒っている私こそ、自分のルールに支配されて自ら不機嫌を選び取っていた。時間だって約束だって守った方がいい。だけど守れない時があったって別にいいじゃないか。その時は素直な感情を伝えて、喧嘩になったら喧嘩になったで、また仲直りすればいいだけのこと。そう思うと、私は縛られていたルールから解放されたような気がした。そしてそんな風に思える自分に気づくと、少し自分が好きになった。人を許すことは、自分自身を許す事のようにも思えて心が安らいだ。

 

 

 

仲良くなれそうにないと思ったあの日から、はや十数年。振り返ってみると彼女との出会いによって自分自身の考え方、あり方がずいぶん変わったことに気づく。そして今になってあらためて実感する。タグチさんとの出会いは間違いなく、自分史上最高の出会いの一つであったということを。
あの日、あの時、切れてもいいと思ったご縁は、実は一生大切にしていきたいご縁だった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
伊藤あさき(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

三重県生まれ。父の転勤で中学時代をオーストラリアで過ごす。慶應義塾大学法学部卒。
天狼院書店主催の【ライティング・ゼミ】を通して書くことに興味を持ち始め、人の心に届くようなライティングを目指して勉強中。

この記事は、人生を変える天狼院「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」をご受講の方が書きました。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2021-04-12 | Posted in 週刊READING LIFE vol.123

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