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週刊READING LIFE vol.125

僕たちは見た! 3メートルのパンダと新根室プロレスが起こした奇跡の瞬間を。《週刊READING LIFE vol.125「本当にあった仰天エピソード」》

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2021/04/26/公開
記事:タカシクワハタ(READING LIFE公認ライター)
 
 
最近、アントニオ猪木の様子がおかしい。
「元気ですか!」
動画の向こう側でアントニオ猪木はそう叫んでいるが、その声には力がない。
顔には頬骨がくっきりと浮かんでおり、彼のトレードマークである長くしゃくれた顎以上に目立ってしまっている。
アントニオ猪木は昨年末から腰の手術ということで入院をしている。しかし、その様子を見ていると入院の理由はそれだけではなさそうだというくらい衰弱している。
動画のタイトルに目をやると「アントニオ猪木、最後の戦い」とある。
「最後」
この言葉が私の胸にずしりと重くのしかかる。
あのアントニオ猪木が、どんな難敵でもそのファイティングスピリッツで沈めてきたアントニオ猪木の人生が幕をおろそうとしているのだろうか。
人は誰でも死ぬということは自明のことである。
しかし、私はアントニオ猪木は死なないのではないかと思っていた。私だけではない。多くのプロレスファンがそう思っているのではないだろうか。それだけにあのアントニオ猪木の人生が終幕を迎えるという現実が受け入れ難い。
早い、早すぎる。
誰もがそう思っているはずだ。
ふと、私の頭にあの男の姿が浮かんだ。彼もきっと同じように思っているのではないだろうか?
 
2017年9月、北海道根室市。
東京で言えば9月はまだ夏の厳しい暑さが続いているが、根室の9月はもう冬がそこまでやってきているような寒さだ。しかし、その日根室の街の一角だけは異常なまでの熱気を放っていた。
野外にリングが設置されたその会場は、いつものように地元の人で賑わっていた。
そして、彼らは信じられない光景を目にすることになる。
選手入場口にその男が姿を表した。
暗闇に浮かび上がる白と黒のツートンカラー、
その顔には穏やかな笑顔がたたえられている。
そして誰もが驚いたのはその想像以上の巨体だ。
大人の2倍以上はあるその巨体の全貌が明らかになると会場中がわっと驚きの歓声につつまれた。
選手の名はアンドレザ・ジャイアントパンダ。
身長300cm、体重500Kgのパンダの着ぐるみ、いやパンダである。
アンドレザ・ジャイアントパンダはその日がデビュー戦である新人レスラーだ。
しかし、新人といえども、リング上で対峙する巨大パンダと人間であるプロレスラーを見る限り、対戦前から結果は火を見るよりも明らかであった。
試合が始まるとまずは相手プロレスラーが猛攻を仕掛ける。しかしアンドレザはその攻撃を一切表情を変えずに受け止める。彼の表情からは全く効いていないのは明らかであった。
やがて相手プロレスラーの渾身の攻撃がアンドレザにクリーンヒットした。
よもやの一撃に、彼の笑顔が翳ったように見えた次の瞬間のことだった。彼の右腕はプロレスラーの顔をひと撫でし、気がつくとプロレスラーはロープまで吹っ飛ばされていた。
「危ない!」
どこからともなくそんな声が上がった。
これはいけない。このままではなぶり殺しになってしまう。プロレスはあくまで互いの約束事の中で、技量を見せ合うエンターテインメントだ。これではただの殺人ショーになってしまう。
そう思った瞬間、レフェリーが試合を止めていた。
アンドレザ・ジャイアントパンダ、衝撃のTKO勝ちだ。
湧き上がる観客を背に、涼しい顔で勝ち名乗りを受けるアンドレザ。
そしてその横には、アンドレザと観客の様子を満足そうに見守る男がいた。
アンドレザ・ジャイアントパンダのマネージャーであり、新根室プロレスの代表でもあるサムソン宮本だ。彼こそが、アンドレザ・ジャイアントパンダを発掘し、日本へ連れてきた張本人である。
 
なぜ、アンドレザが日本にやってくることになったかについて、アンドレザ・ジャイアントパンダとサムソン宮本はこの試合の後、インターネット媒体でインタビューを受けている。
デビュー戦で恐ろしいまでの強さを見せた彼の口から出てきた言葉は、少し意外なものであった。
「ボクは『巨熊症』という病気で、1ヵ月で通常パンダの1年分成長します」
「中国の熊猫の世界、大きいといじめられる。哀しいし、辛かったよ。そして大きくなりすぎて、両親に捨てられました」
「ボクがプロレスで有名になれば、両親と再会できるかもしれない」
そんな、辛い幼少時を過ごしていた彼はある日、王さんという中国人に拾われ、王さんの知り合いであった日本人に出会うことになる。その日本人こそがサムソン宮本である。
「その王さんが今年の夏、サムソン宮本さんとボクを会わせました。なぜ日本に呼ばれたのかわからないままいってみたら、そこにリングがあった。新根室プロレスの道場でプロレスの練習をしたら楽しかったし、みんなが喜んでくれたんです」
このように宮本はアンドレザの素質を見出し、彼の居場所を作った。
 
誰かの居場所をつくる。
それかサムソン宮本の生き方だったのかもしれない。
「みんなでプロレスやろうぜ!」
新根室プロレスのきっかけは、宮本がネットオークションで100万円のプロレスのリングを購入したことであった。
新根室プロレスは、小さな頃からテレビの向こうのアントニオ猪木に夢中になっていた北の大地の子供たちが、そのまま大きくなり、それぞれの仕事を抱えながらプロレスを行うようになったアマチュアプロレス団体である。
モットーは「無理せず、ケガせず、明日も仕事」
自分たちも楽しみながら、地元のお祭りやイベントに出場し、
街の人たちにもプロレスの楽しさを伝えていく。そんなプロレス団体だった。
そこにいる人を笑顔にしたい。
そんな宮本の姿勢に共感する仲間も増え、いつの間にか新根室プロレスは20人を超える大所帯となっていた。誰もが宮本から笑顔をもらい、宮本のために何かしたいという仲間たちばかりであった。もちろんアンドレザ・ジャイアントパンダもそんな仲間の一人であった。
 
衝撃のデビュー戦がネット上にアップされると、たちまちアンドレザ・ジャイアントパンダは時の人となった。中央からのメジャープロレス団体だけでなく、テレビのバラエティ番組にまで引っ張りだことなり、あっという間に人気が全国区となった。
それと同時に北の小さな町のアマチュアプロレス団体であった新根室プロレスの存在も一気に全国区になった。アンドレザ・ジャイアントや新根室プロレスのために、わざわざ根室まで足を運ぶファンも少なくはなかった。
そして、2019年秋、ここまでは選手が自身の仕事があるため、頑なに根室での開催を続けていた新根室プロレスがついに東京進出を図るまでになった。
サムソン宮本が憧れていたアントニオ猪木が活躍していた同じ東京でプロレスができる。宮本にとってこれ以上の夢はなかった。
しかし、その東京進出の1ヶ月前、この新根室プロレスのサクセスストーリーは思わぬ展開を迎える。
9月の根室での新根室プロレスのエンディングで、宮本はこう話したのだ。
「今年いっぱいで、新根室プロレスを解散します!」
 
アンドレザ・ジャイアントパンダがデビューする直前、実は宮本にとってもう一つの戦いが始まっていた。
平滑筋肉腫。
10万人に3人が罹患する希少疾患で、5年生存率が30%、10年生存率が0%という非常に厳しい疾患に宮本は罹患していたのだ。
そんな目の前が真っ暗になるような状況の中、宮本はメンバーに病気を告白し、あることを話した。
「新根室プロレスがこれから何年続けられるかわからないが、やれるところまでやろう。そして新根室プロレスが有名になって単独興行ができたら解散しよう。それを目標にやっていこう」
先述の通り、この時はまだアンドレザ・ジャイアントパンダはデビューしていない。
当然数ヶ月後に新根室プロレスに大スターが誕生し、人気が全国区になることなど予想だにしていない。
それにもかかわらず、宮本は「夢」を「目標」と言い換えたのだ。彼にとっての時間はごくわずかだというのにである。
彼がここまで希望を持てたのは、やはりアントニオ猪木のおかげだという。
宮本はこう語っていた。
「この病気を発症した年にアントニオ猪木さんが『生前葬』を行ったんですよ。すごいことやるなあというのと同時に、俺もこれやりたいなと思ったんですよ。生きている間に皆さんに感謝の気持ちを伝える。これがやりたいなって」
宮本を支えてきたのは小さい頃から大好きだったアントニオ猪木の言葉だった。
「リングに己を全て曝け出すのがプロレスラー」
サムソン宮本はリングに生き様の全てを曝け出している。
困っている人や悲しんでいる人に楽しさを提供し、居場所を作る。
彼のそんな生き方は、多くの仲間を引き寄せ、
中国で生きる意味を見失っていたパンダに生きる道を示した。
そして、彼らが宮本のためにと力を集結させた瞬間、時代を動かすまでの大きな力となった。
夢が目標に、目標を達成するための行動が奇跡に変わった瞬間であった。
「また帰ってきます!」
夢が叶った10月の新木場での東京大会のエンディングで宮本はそう叫んでいた。
そして12月、新根室プロレスは約束通り解散し、
2020年9月、サムソン宮本は仲間に見守られながら55年の生涯を閉じた。
その日を境に、アンドレザ・ジャイアントパンダも私たちの前からパッタリと姿を消した。
 
「元気ですか!」
つい先日、アントニオ猪木の新しい動画がアップされた。
相変わらず痩せ衰えた姿ではあったが、一時よりは少しだけ声に張りがある様な気がした。
弱々しい声ではあるが、おしゃべりの好きな猪木さんらしい長話が展開されるようになり
心配していた私を含めたプロレスファンを少し安心させた。
サムソン宮本はこのアントニオ猪木を見て何を思うだろうか。
ひょっとしてもうすでに、三途の川を渡ろうとしたアントニオ猪木を見かけ、
「いやいや、猪木さん、まだ早いですよ。もうしばらくは向こうで頑張ってくださいよ」
といつものお節介で声をかけていたのかもしれない。
サムソン宮本の頼みであれば、アントニオ猪木であろうとも断れないだろう。サムソン宮本とはそんな男なのだ。
アントニオ猪木のプロレスは奇跡を起こす。それを体現したのがサムソン宮本だ。まだこれからも第二、第三のサムソン宮本が奇跡を起こすのかもしれない。それまでアントニオ猪木は倒れてはいけないのだ。そして、この時代だからこそ私たちももう一度見たいのだ。あのアンドレザ・ジャイアントパンダの衝撃と、新根室プロレスが起こした奇跡を。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
タカシクワハタ(READING LIFE 編集部ライターズ倶楽部)

1975年東京都生まれ。
大学院の研究でA D H Dに出会い、自分がA D H Dであることに気づく。
特技はフェンシング。趣味はアイドルライブ鑑賞と野球・競馬観戦。

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2021-04-26 | Posted in 週刊READING LIFE vol.125

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