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週刊READING LIFE vol.128

メンタルを鍛えると孤独が深まる《週刊READING LIFE vol.128「メンタルを強くする方法」》


2021/05/17/公開
記事:吉田けい(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
メンタルを強くするには失恋が効く。
 
少し前までそれが座右の銘の一つだった。別に失恋でなく仕事などの失敗や挫折でもいいのだが、それを乗り越えることで人間としての器が鍛えられ大きくなるという論理だ。どこにでもある、薄っぺらい自己啓発本にも書いてありそうな言葉だが、自分の実体験をともなっているので私はこの言葉が気に入っていた。失恋をすれば、相手を見返してやろうと自分磨きやら何やらをするし、失恋した相手の前で失言をしないようにあれこれ考える。何が悪かったのかを自分の中に見出し、それを改善するべく努力する。それを続けていけば、いつか理想の自分になって、元カレとよりを戻したり、別の素敵な相手に出会えるだろうという寸法だ。
 
恋愛でも仕事でもその他でも、大抵の対人関係は自分の感情を曝け出さず、聞き上手になれ、というのが鉄則のようだった。少し前に流行ったアンガーマネジメントが分かりやすいだろうか。怒りを感じた時にすぐさまそれを発露してしまうと、相手との関係が悪化してしまう。だから怒りの感情をコントロールし、相手を不快にするような発露を避けるというのが、大雑把なアンガーマネジメントの意だ。世の中のだいたいの人間関係はアンガーマネジメント的にこなすとうまくいくようになっている。恋愛なら、相手を好きで束縛したい気持ちがあっても、相手との関係を慮って、あれこれ言わないようにする。仕事なら、営業やプレゼンを成功させるためにヒアリングをしっかりして、相手の希望を汲み取るようにする。こちらは我慢を強いられるようになるが、それと引き換えに望む結果を手に入れることができるようになるのだ。多少の犠牲は対価としてやむを得ない、そんな風に考えていた。
 
円滑に、円満に、滞りなく。
 
自分の本心は曝け出さず、温和な態度で相手の話に聞き入っていれば、大抵のことは上手くいった。悲しいことや辛いことは、如何にそれを温和に乗り越えるかを試すための課題のように感じ、落ち込むどころか俄然やる気を出すような始末だった。そうしていると、よりを戻そうと言ってきた元カレもいたし、仕事で頼りにされる場面も増えた。いつもニコニコ優しいですね、なんて言ってもらって悦に入り、このままメンタルを鍛えていけば、いつか悟りを開いて菩薩にでもなれるんじゃないか、なんて考えていたりもした。
 
課題を乗り越えるのは、学生の頃は気心知れた友人と語り合うことで自分の心持ちを整理し、それがメンタルを鍛えることになっていた。語るというよりも、近況報告という名目で長ったらしいメールを送り付ける、と言った方がより正確かもしれない。何度も何度もやりとりしていると、自分はどんな時に失敗をして、どんな風に落ち込んで、その後どうやって立ち直るのか、パターンのようなものがだんだん見えてきた。それは友人のリアクションについても同じで、私がこんな内容を相談するとこんな返事が返ってくるだろうな、というのが分かってくるようになる。そうすると、悩み事をわざわざ友人に相談しなくても、自分で相談の答えを得られるようになってきた。相談事を思い浮かべて、Yちゃんならなんて言うかな、と想像を巡らせるだけでよいのだ。優しい意見、時に厳しい意見、いろいろあったが、心の中のYちゃんが返事をくれた姿を想像するだけで私は満足できるようになり、本物のYちゃんや他の子に相談することがなくなっていった。
 
心の中のYちゃんへの相談ですべての問題が解決できるようになってきた頃、周囲からは穏やかで朗らかな人物と受け取られることが増えてきて、人の相談をよく聞くようになった。真剣な様子でうんうん頷きながら話を聞くには聞くのだが、この人には心の中のYちゃんはいないんだな、自分で問題を解決することが出来ないんだ、と、どこか冷めた目線で見下してしまっている自分がいた。
 
私は他の人よりもメンタルが強いのかもしれない。
 
その感覚を決定づけた出来事があった。発達障害関連で心療内科を受診していた頃、医師の勧めでカウンセリングを受けたことがある。女性のカウンセラーに、仕事が忙しいことや、親族が立て続けに亡くなってしまったことをとつとつと話していると、カウンセラーはひとしきり同調した後、どこか得意げな顔で「けいさんは、そこで褒めてもらいたかったんじゃないですか」と言った。
 
私はその言葉に酷く衝撃を受けた。
 
褒めてもらいたかった、その言葉が他人の口から出てきたことが耐えがたい苦痛だった。それは悲しかっただとか嬉しかっただとか他の感情を表す言葉でも同じことだっただろう。まだ言葉にならずモヤモヤと心の中で渦巻いていたものを、私が気付くよりも先にカウンセラーが言語化して見せた。私はそのことがたまらなく悲しく悔しく、激しい怒りを覚えた。私が自分で解決するべき課題を彼女に奪われてしまった。話さなければよかった、その言葉を返して欲しい。でも一度聞いてしまったからにはもう取り返せない、そのことがどうしようもなく虚しく、また憤りを感じさせた。
 
カウンセラーのやり方に問題があったわけではないのは重々理解していたが、これ以上モヤモヤを他人に取り上げられるのはまっぴらごめんだった。モヤモヤを抱えて一か月でも一年でも過ごして、それを自分自身だけで解決する、そのプロセスこそが私を成長させる大切なステップなのだ。こんなに素晴らしく愛しいものを、他人に奪われてたまるか。私は二度とカウンセリングは受けまいと心に誓った。
 
友人に相談せず、カウンセラーも拒否では、私の相談相手というのはこの世に存在しないも同然だった。心の中ではない本物のYちゃんや、そのほか昔からの友達にも、近況を話すことはあれど、相談というのはほとんどしなかったように思う。当たり障りのない近況を報告して、朗らかに笑って、それでおしまい。課題を解決してメンタルが強くなると、どんどんと深い内容で話せる人が減っていき、孤独になっていく。そもそも働いたり結婚したりすると、立場や収入や環境など全ての要素が人それぞれになるので、込み入った内容の相談はなかなか話しにくくなる、というのも孤独に拍車をかけた。夫とはそうした状況がかなり重複しているが、素直に親密に相談するというよりは、彼にどんなふうに話したら彼の行動が私の望むものに変容するのか、チェスの駒を動かすように実験しているような心持だった。
 
私はメンタルが強いから、誰にも相談しない、出来ない。
それは私自身が作り出した強力な呪いのようなものだった。
 
第二子が誕生してしばらくすると、さすがの私にも限界と感じる場面が増えた。一人目の時もしんどいはしんどかったのだが、課題が山のように降ってきて一度にたくさんこなさないといけないから大変だ、程度の感覚だったので、今から見ればまだ余裕があった。ふにゃふにゃで危なっかしい新生児、妹が大好きだけどママを取られたくない三歳児の兄、在宅で仕事をしている夫、手伝いに来てくれる両親、保育園、ママ友……。キャパシティを超えて無限に発生する課題を最大効率でこなしていきたいのに、上手くいかない。娘が泣くから、息子が抱っこをせがむから、夫が仕事の手を離せないから……私が課題に取り組もうとするのを、周りの人々が邪魔するように感じてしまった。娘と息子に手を上げないように、夫や他の人を怒鳴りつけないようにするので精一杯で、何一つ解決できず、心が重く沈んでいくのを感じていた。怒りの衝動を上手く発散できず、夜中に使用済みオムツを壁や床に叩きつけるのがせいぜいだった。
 
「……誰か、助けてくれないかな……」
 
息子と娘の世話をしていると、課題を解決するためにじっくりと考え事をすることができない。ノートを広げて現状を書き付けるなんてとても無理だ。更に息子はずっと私に話しかけ続けるので、思考だけで解決するのも難しい。今までのやり方が何一つ通用しない。これはとても一人では無理だ、このままではいつか子供を虐待してしまう。誰かに相談しなくては。
 
悲しいことに、私はずっと一人で課題を解決し続けてきたので、人に相談するのが極端に下手になってしまっていた。助けを求めたつもりで話すと、嫌味のように受け取られてしまう。相手が返してきた言葉を字面以上に悲観的に解釈して落ち込んでしまう。メンタルがよろしくない状況になっているのは自覚できていたけれど、もう私だけではどうしようもなかった。そんな時、いつかYちゃんが言っていた言葉がふと脳裏によみがえった。
 
「もっと話を聞いてあげられたら良かったなって思う」
 
それは、私たちの共通の友人について話す時、Yちゃんがよく言っていた言葉だった。友人は周囲と自分自身に追い詰められ、若くして自死してしまったのだ。Yちゃんの言葉は友人を知るものなら誰もが一度は心に抱いた言葉だろうが、Yちゃんは友人の話題が出るたびにそう言っているので、相当心残りだったのだろう。
 
もし今、私がこのまま誰も相談できずに、娘や息子を虐待してしまったとしたら。
 
誰もが同じように、もっと話を聞いてあげられたら、と思うに違いない。その中でもとりわけYちゃんはひどく後悔するに違いない。何より私自身そんなことを望んでいるわけではない。
 
「……Yちゃん……」
 
課題を自分で解決だとか言っている場合ではないのだ、私の家族のこの先の全てが私のメンタルにかかっている。すぐさま相談して解決しないと、明日は本当にもう限界が来ているかもしれない。それでもYちゃんに相談のメッセージを送信するまで、文面を作り終えてからまる1日は費やした。たった50文字ほどの文章を、片思いの相手に最初に送る時よりも入念に見直したように思う。震える手で送信ボタンを押した。
 
既読がついて、返信がくるまで、どれくらいかかっただろう。
 
Yちゃんは親身になってメッセージをやり取りしてくれた。私は状況の全てを書いたわけではなかったが、相談した内容について、Yちゃんが分かるよ、私もだよ、と言ってくれただけで、ボロボロと涙がこぼれた。いつかのカウンセラーの言葉が課題解決の提示だとすれば、Yちゃんの言葉はまさに共感だった。それ以上でもそれ以下でもなく、ただただ現状を受け入れる。たったこれだけのことが、こんなにも身に染みて、こんなにも救われたような気持ちになるだなんて、私は知らなかった、あるいはずっと忘れていた。家事育児仕事、まだまだ課題は山積みで、私が解決しなければいけないことに変わりはない。けれど一人ではない、私を理解してくれる人がいる。だからまだもう少し、頑張れるような気がする。
 
本当のメンタルの強さとは、孤独ではなく、誰かに助けを求められることだったのだと思い知った。

 

 

 

やりとりが終わっても、私は何度もYちゃんとのやりとりを見直した。相談できた。Yちゃんが共感してくれた。その事実を見返すだけで、私は心が軽くなり、現状に立ち向かう勇気が湧き上がってくるのを感じていた。相談のやり方は相変わらずまだ下手だけれども、それでも以前よりはマシになった。かつて私に相談してきた人たちも、自分で解決できないから相談しているわけではなく、共感がほしかったのだと思うと、あんな心持ちで話を聞いてしまって申し訳なかったと思う。
 
これからもどんどん人に相談して、メンタルを強くしていきたい。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
吉田けい(READING LIFE編集部公認ライター)

1982年生まれ、神奈川県在住。早稲田大学第一文学部卒、会社員を経て早稲田大学商学部商学研究科卒。在宅ワークと育児の傍ら、天狼院READING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。趣味は歌と占いと庭いじり、ものづくり。得意なことはExcel。苦手なことは片付け。天狼院書店にて小説「株式会社ドッペルゲンガー」、取材小説「明日この時間に、湘南カフェで」を連載。
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2021-05-17 | Posted in 週刊READING LIFE vol.128

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