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週刊READING LIFE vol.129

小さな世界から学ぶ。人生を豊かにする自然観察《週刊READING LIFE vol.129「人生で一番『生きててよかった』と思った瞬間」》


2021/05/24/公開
伊藤あさき(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
私には悩みがある。
それは、せっかくライティング・ゼミでライティングを勉強したにも関わらず、さらにライターズ倶楽部に参加しているにも関わらず、自分から発信したいと強く思えることがないことだ。自分が時間を忘れて夢中になってしまう何か。それを「狂」と呼ぶのだが、好きで好きでたまらない!! というほど熱意を、興味を傾けられる何かが私にはない。いや、なかった。つい昨日までは。
 
 
 
11年前の6月、私は一人の先生と出会った。
菅井啓之先生という小学校の理科の先生だった。
 
自然観察と称して出かけた先の公園で、先生は落ちていた一枚の葉を拾い上げるとこう言った。
「この葉、どうしてこんな風に穴が空いているんでしょうか。不思議じゃないですか? 真ん中だけこんな風になってるなんて」
先生が手に持っている葉は、たしかに真ん中だけぽっかりと穴が空いていた。
 
たしかに不思議だ……と思った。虫が食べた跡なのだと思うけれど、真ん中に穴が空いているだけだ。こんな風に真ん中だけをどうやって食べたのだろうか。ふつう端から食べるんじゃない?
 
おせんべいを食べるとき、どうがんばったって真ん中からは食べられない。やっぱり端から食べるよなぁ。先生からのなぞなぞは、考えれば考えるほどわからなかった。なぜなんだろう?? 好奇心が刺激される。
 
その場にいた誰も答えがわからないまま沈黙が続く。
 
すると先生は、葉を真ん中で二つ折りにした。
「これは桜の葉です。桜の葉は、初めは閉じているんです。こんな風に二つ折りで」
 
「こんな風に閉じている時の葉は、柔らかくておいしいんです。それを虫はよく知っているんですね〜。閉じているときが食べ頃だと。そんな風にして食べられてから葉が開くと、左右対称に穴が空いたようになるんです」
 
ちょうど、折り紙を半分に折ってハサミで切り込みを入れたりくり抜いたりすると、広げたときに左右対称の模様ができ上がるのと同じだ。
 
はぁ〜! なるほど……!
 
いったいどうやってこんな葉ができたのだろうかと不思議だったけれど、その不思議の正体は葉の食べ頃を知っている虫だった。そんなこと誰に教えられるわけでもないだろうに、自然界とは不思議なものだ。
 
さらに先生からの問いかけは続く。
「みなさん、この木の根っこってどれくらいの長さだと思いますか?」
 
んー? どれくらいだろう?? そんなこと考えたこともなかったなぁ……。でもいざ問われてみると知りたくなる。またしても好奇心が刺激される。
 
「実は、地上に出ているのと同じだけ地下にも根がはっているんですよ」
 
へえ〜、地上と同じくらい下にもあるんだ! そう思うと、根は見えないけれど、ちゃんと見える気がする。地上の木々を支えるために地面の下にも木々が広がっている。そんな感じ。
ありふれたいつもの風景がほんの少しちがって見えた瞬間だった。
 
「私たちも収支が合わないとバランスを崩してしまうように、木も上と下でバランスをとって生きているんですよ」
 
たまに植え込みを刈っている業者さんがいるけれど、あれはお手入れという意味合いの他に、収支を合わせるという意味合いもあるのかもしれないなぁ。ずっと収支がアンバランスだと私たちも精神的に不安定になったりするもんな。植物も同じなのかな。ちょっと枝が伸びすぎです〜! 今のままでは根が足りなくて全体に水分を供給しきれません! みたいな。そんなことを思いながら先生の話を聞いていた。
 
こんな風に、先生が疑問を投げかけてはみんなで自然をまじまじと観察して答えを探すというやりとりが続いた。まだまだ自然を「どう見るのか」がわからない私たちにとって先生の言葉がある種の発動装置となって、それまで見えていなかったものが強烈に見えだす。意識していなかったことがはっきりと意識できるようになってくる。それを肌で感じながら、大の大人が集団でぞろぞろと夢中で自然観察を行っていた。「へ〜!」「ほんとだっ! すごい」なんていう驚きや発見とともに。
 
自然観察を終えたあと、私はなんとも言えない感動に浸っていた。
今まで見向きもしなかった自然がこんなにも面白いものだなんて、こんなにも夢中になれるものだなんて思ってもいなかった。しかも、山とか森とか、遠いところに出かける必要もなく、こんな身近なところで自然観察ができてしまうとは。自然観察は、スケッチブックを用意して何を観察するのか目的をもって行うもの。そんな風に思っていたけれど、そんな型にはまったものは一切なくて、ただ不思議に思ったことや美しいと感じたことを心のままに観察する。その楽しさと自然にふれる心地よさを私は感じていた。
 
実は菅井先生は、昭和61年から毎月自然観察会を行っている自然観察のスペシャリストであるということを私はあとから知った。それから何回か先生の自然観察に参加し、やっぱり楽しいなぁ、なんでこんなに楽しいんだろう……と毎回のように思い、しかも私だけではなくて参加した誰もがいつの間にか夢中になって、「あー楽しかった!」となるので、自然観察は大人こそ夢中になるものなのかもしれないなとも思った。毎日一生懸命働いて、自然に目を向ける時間も精神的なゆとりもないほどに疲弊している大人の方が、自然に目を向けるということだけでも心がどこか癒やされ、思っていもいない発見に心が踊るのかもしれなかった。
 
そして、こんな先生に理科を教えてもらっていたら私も理科好きになっていたかな。自分はもう無理だけど、いつか自分に子どもができたらこんな先生に教えてもらいたいなぁと思ったりした。
 
だけのはずだったのに。
 
いやいや、そんな狭い範囲の話ではなくて、この自然観察はもっと世に広まるべきではないか?! だって、この自然観察は絶対に人生を豊かにするものだから。そんな気持ちが私の中で突如として現れてきた。
 
 
 
昨日、買い物に行ったスーパーでのことだ。
一人のおばあさんが中身がぱんぱんに詰め込まれた4つのエコバッグと、花束が入った2つの袋をなんとか買い物カートに載せようとしていた。エコバッグも花の入った袋もカートまではすぐの距離にあるのだが、一つを載せきるまでに2、3回台の上にいったん荷物をおろして休憩する。そんな姿に私は思わず声をかけた。
 
「よろしければお手伝いさせてくれませんか」
 
世の中がこのような状況なので他人に話しかけられたくない人かもしれないし、お年寄り扱いされるのが嫌いな人かもしれないと少し怖かった。
 
けれど、返ってきたのは、
「まぁ。ありがとうございます。嬉しいわぁ……!」という感動しているようにさえ聞こえる、感謝の思いがつまった言葉だった。
 
さっそく私は、落とさないように気をつけながらそれぞれの荷物をカートに載せた。そして、ともすればありがた迷惑とも受け取られかねない申し出を受け入れてくださり、こちらこそありがとうございますと思いながらさよならした。そこから家までの道すがら、私はあらためて自分の性格を思い出していた。私という人間は、誰かが喜んでくれることに無性の喜びを感じるタイプだったと。誰かに「よかった」と思ってもらえる、誰かの役に立てる生き方をしたいとずっと思っていた。
 
誰かに喜んでもらえることがこんなにも嬉しい、原動力になる、それだけで生きていてよかったと思えるのが私なのだ。だったら、それが私の「狂」で、「誰かのため」そう思えることこそが、私が狂ってしまうほど我を忘れて没頭しちゃうものなんじゃないか。だとしたら、誰かに「生きいてよかった。生きるのって楽しい」と思える毎日を送ってもらえるようなものを発信していきたい。そう強く思った。
 
そのとき、菅井先生の自然観察がまっさきに頭に浮かんだ。
 
「今までで一番生きていてよかった」と思うことは私にはまだないと思っていた。
 
でも。
 
もしかして、それって今なんじゃない?
 
大げさかもしれないけれど、今まで生きてきて一番、「生きててよかった。ライティング頑張ってみてよかった」って思えるような出来事に遭遇しているんじゃない?
そんな風に思った。
 
企画は通っていないけれど、そして企画を通す時間はもうない気もするけれど、ずっとずっと探していた自分から強く発信していきたいと思えるものが少し見えてきたということがとても幸せに思えた。もちろん、より多くの人に届けられるという点では企画を通せるのが一番いい。でも、企画が通る、通らないに関わらずこれは私がやりたいと強く思えるもので、身につけたライティング力を存分に発揮したいと思えるものなのだ。
 
「何のためにライティングを頑張るのだろう」
「どこを目指してこの先やっていきたいんだろう」
 
初めは楽しくてしかたなかったライティングが、だんだんとスキルを磨くだけのものになって、何かを伝えるための手段であるライティングのはずが、上達すること自体が目的になってしまっていた。手紙を書くために字を覚えたのに、ひたすら字をきれいに書く練習ばかりをしている。まるでそんな感じだ。
 
けれども今、私には伝えていきたいことができた。菅井先生の自然観察だ。
そのためにライティングのスキルをもっともっと磨きたいと思えることは、何にも代えがたい原動力となって今後の私を支えてくれるはずだ。そう思うと、もうすっかり「狂」がないことへの悩みやコンプレックスは私の中で影を潜めた。
 
私は今、手紙を書こうとちゃんと筆をとろうとしている。
 
 
 
自然観察は人生を豊かにする。
 
なぜなら自然観察は、今まで興味のなかったものに目を向けるという視野の広がりを生み、「なぜだろう?」と疑問をもつことは、他者を知ろう、理解しようとする心や、ものごとの本質を探求しようとする心を育むからだ。
一枚の葉の穴は、葉が虫の腹を満たし、命をつないだことを教えてくれる。足元に落ちている葉から命を感じ取ったことがはたして今まであっただろうか。でもきっとこれからは、きれいな花が散ってしまったあとの桜の木を見ても、「あぁきれいな季節が終わってしまった」というだけではなくて、「お、葉のおいしい季節になったんだなぁ〜! 虫が喜んでいるな」と思いながら、葉桜を楽しめると思うのだ。自然観察をする前と後では、目を向ける範囲も、ものごとの見方や感じ方も変わっていて、その積み重ねがきっと、小さなことにも喜びを感じられるような、その分少し幸せを感じやすくなるような心を育む、そんな気がするのだ。そしてそんな心で歩む人生はきっと豊かなものになっていくにちがいないと思うのだ。
 
そんな菅井先生との自然観察が、これから月に1回いよいよ始まる。
「小さな世界から学ぶ。人生を豊かにする自然観察」のスタートはもうすぐそこだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
伊藤あさき(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

三重県生まれ。父の転勤で中学時代をオーストラリアで過ごす。慶應義塾大学法学部卒。
天狼院書店主催の【ライティング・ゼミ】を通して書くことに興味を持ち始め、ライティング力を磨きつつ、自然観察日誌「小さな世界から学ぶ。人生を豊かにする自然観察」を計画中。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

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2021-05-24 | Posted in 週刊READING LIFE vol.129

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