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週刊READING LIFE vol.129

独り身でも生み残せるものが在るものだ《週刊READING LIFE vol.129「人生で一番『生きててよかった』と思った瞬間」》


2021/05/24/公開
たそがれのM(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
なぜだかポッカリと、断片的に覚えている情景がある。それは、高校2年生の時の、現代文、現代日本文学の授業でのワンシーンだ。科目担当の教師は、クールな女性。腰まで届きそうな黒い艶のある長い髪と、涼し気な雰囲気をまとっている大人な女性だった。見た目に反して、話してみると意外と気さくで、体育祭の時は、他のにぎやかな教師陣と一緒に、揃いの派手な赤い色のTシャツを着ていて、「Aちゃん、ああいうことしてくれるんだ」と、生徒たちを驚かせた。
その日は、何の題材だったか、それさえ覚えていないが、確か自己肯定感の話しだったと思う。
 
人は、他人から必要とされることで、自分を肯定できる
 
そのような一文が、黒板に白いチョークの文字で流れるように書かれた。A先生は、これを書いた著者の意図や、この文の言わんとすることを、静かな声で説明する。すると、じっと、板書の文字を見つめ黙った。そして、ポツリと呟く。
「他人から必要されるって、それが一番難しいのよねぇ?」
数人が目を丸くして、そのさみしげな横顔を見つめた。まばたきをすれば、A先生の切れ長の瞳の中の哀愁は消えて、いつもどおり、何事もなかったことのように授業に戻った。
「Aちゃん、どおしたの?」
「さぁ?」
授業が終わり、数人の女子生徒と首を傾げる。その後、A先生はお見合いをしたらしい、という噂話を耳にした。
 
あんなにきれいな人でも、すんなり結婚ができないものなのか。
 
私は、何だかショックだった。A先生は、自立した芯のある女性だった。そんな人でも、自分を肯定してくれる誰かを見つけられないでいる。今でも、あの物憂げな瞳と声を覚えている。もう何十年も立つというのに。
小さな一滴が、未だに私の心を波紋のように揺らし続けている。
10代の私は、自分に自信がなく、自己肯定感も皆無だった。人の輪の中に入るのが苦手で、かなりの人見知りだった。親しい友人には、おどけて明るく振る舞えるのに、知らない人が一人でもいれば、野良猫のようにビクビクとしながら相手を観察する用心深さがあった。
 
このままではいけない。
 
大学に進学する頃、少しづつ、改善させていった。だが、それは、女性相手での話だ。周囲に無神経な男性が多く、幼少期から嫌な体験もしたこともあり、対男性に対してはあいかわらず、心のシャッターを閉じて、隙間から観察していた。
学校、アルバイト先、職場は偶然女性ばかりの環境だった。
気がつけば、私は20代後半、アラサーの領域に踏み込んでしまっていた。すると、頭の中で、A先生のあの姿がチラついた。背筋がゾッとした。
 
A先生は、あの後、ご結婚されたと聞いたけど。
あんなに美しい人でも、一人は心もとないと思うのだ。
このままではいけない。独り身のままでは。誰からも必要とされない人生はきっと恐ろしいことなのだ。
私も、何とかしなければ。
 
その後、彼氏なし、未婚の友人たちと合コンに何度か参加した。
だが一向に成果は上がらない。
参加している女性の多くは、30代以上の結婚を渇望している女性、または、10代後半の女子大生。意欲も武器も何もかも私とは勝負になっていなかった。
男性陣はというと、同じく元気な大学生、そして、結婚というよりとりあえず若い女の子と飲みたいだけの変な男性・セットで言動のセクハラ付き。
 
なんだこれ、全然結婚できる気がしない。
 
どうやら、若くして結婚できた、いわゆる勝ち組と呼ばれる女性陣は、学生の間に未来の伴侶を品定めして、勝利を収めているようだ。なるほど、時すでに遅し。
後は、会費が高額の結婚相談所で、「結婚前提に!」の気持ちでいかなければ、現代では結婚できない。ドラマでよくある、職場内結婚などは、どうやらよほど運が良くなければ成立しない。
合コンや、異種職業交流会でも、もれなくセクハラ・モラハラ男性に遭遇し、私は疲れ果てた。
 
やめだ! こんな非生産的な、時間と金の無駄遣いは!!
 
合コンで男性と話すより、趣味で通っているドイツ語教室の同窓のダンディやマダム、女性の友人たちと時間を共にするほうがよっぽど、有意義で楽しかった。
私は、自分の時間と、気のおけない友人たちとの時間を大切にすることを優先することにした。
まったく結婚願望がなくなったわけではなかったけれど。無鉄砲に狩りにいくような、自分の精神を犠牲にする手段を手放した。
そこで、自由になれたら、本当に良かったのに。
 
女という生き物に生まれただけで、こんな思いをするなんて思いもしなかった。
 
世の中、特に日本人、さらに、九州の田舎では、独り身の女、というのは奇異な目で観察される。
「彼氏いないの、もったいないね!」
それだけならいい。
「おじさんが紹介してあげよう!」
そう言って、知人の女性は、親戚のおじさんまたは上司に勝手にお見合いを設定された。
「ダメよ、結婚しないと。早くしないと子どもを産めなくなるわよ!」
そう言ってくる女性の大半は、ついでのように、結婚・出産した女性の方が精神的にも優れている、という謎の論法を振りかざしてくる。
運良く結婚した女性にも、「子どもはまだか? 二人目は?」と親戚・近所、赤の他人にまで囃し立てられる。
結婚しても、しなくても、何かしら責められる。
他人なら、まぁたまに会うだけだから、そう我慢することもできた。
 
「かわいいねぇ。Mちゃんが産む赤ちゃんはかわいいだろうね~」
 
TVに流れる子どもの姿を微笑ましげに見るだけならいい。なぜ、そこで私の話になるのか。なぜ、彼氏もいない私にそんなことを言うのか。
一度や二度ではない。何度も何度も、実の母が未婚の娘の横で言うのだ。
当時、私は病気の治療のため、薬を飲んでいた。それは、ごくわずかな可能性ではあるが、お腹の子どもに悪影響が出るかもしれないものだった。妊活中の女性や、妊婦さんは、市販の風邪薬ですら飲めない、そんなセンシティブな世界。コンマ数%の確率でも私は、他の人よりリスクを抱えていた。
母は、薬の詳細は知らないにせよ、私が病院に通院して、薬を服用していることを知っていた。
母が言う度、私は影で歯を食いしばった。
説明しなければいけないのだろうか。
 
やめて、私、子ども産めないかもしれないんだから!
 
そう、口に出して言わないといけなかったのだろうか。言われるたびに、めまいがした。そして、とうとう、口に出した。
「ねぇ、本当にそういうこと言うのやめて。私、彼氏すらいないのに」
押し殺した声で私が唸ると、母は目を丸くした。そして、子どものように唇を尖らせた。
 
「だって、Mちゃんの子どもがいたら絶対かわいいと思ったんだもん!」
 
スッと、頭と指先が冷えていった。それは、激しい怒りでも、悲しみでもなかった。
端的に、吐き気がした。
 
あぁ、私が何を言っても無駄なんだ。
 
隣で何事もなかったかのようにTVを見る女性が、モンスターに見えた。
その後も、似たような言葉を、私や、知人を交えて会話している時に、世間話のように笑い話のように言う。
 
母にしてみれば、私の言動の方がよっぽど理解不能なのかもしれない。母は、20代で、恋愛結婚、2人の子どもに恵まれ。
自分の友人は、孫どころか、ひ孫もいる。
母自身も「娘さん結婚しないの?」とか責められていたようだし。
結婚も、婚活もせず、ドイツ語や趣味のことで、日本とドイツを、友人たちと練り歩く。
孫の一人も抱かせない。
私の方が、モンスターなのかもしれない。
 
結婚もしない、子どもも産まない。
社会不適合者は、私なのだ。
誰からも必要とされない、独身女の私は、この世に何も残さず、土に還るのだ。
 
「ドイツで、日独の学生と交流会をしてみませんか?」
数年前のことだ。ドイツ語を学びはじめて数年たったころ、私がボランティア役員として所属する、日独親善交流団体の方からお誘いの声がかかった。今のドイツ語レベルで大丈夫かとか、極度の方向音痴なのにとか、一瞬、色んな不安が脳内を駆け巡ったが、私はすぐに返事をした。
「はい、ぜひ!」
そこで私は、教授でも専門家でもないのに、ドイツ語や環境学などを学ぶ、女子高校生・女子大学生のみなさんを引率する任を受けた。はじめは、お互い緊張していたものの、研修で訪れた牧草地で、私が漫画のようにすっ転んでどろんこになったのを期に、すっかり打ち解けた。ハプニング体質にこの日ほど感謝したことはない。その当時、私はもう30代目前。学生である彼女たちと、10以上は歳が離れていた。年の離れた妹、娘のようで、どの子も愛おしかった。
そして、憧れの地、ドイツは自由だった。だって、私のステータスを気にする人は誰もいないのだ。まれに職業を聞かれることはあったが、彼氏がいるか、結婚は? なんて聞かれない。それよりも、さまざまな事象に、何を感じ、どう考えたのか、そういった、個人の人間としての意見と本質を重視してくれた。
ドイツ語が下手くそでも、誰も笑わない。むしろ、「よく、勉強してくれた!」と、よろこび、まるで古くからの友人のように多くの方がやさしく接してくれた。
とても、人間らしく、幸せなかけがえのない時間だった。
 
交流プログラムが無事終わり、数年経っても、彼女たちは私と会ってくれた。近況を報告し、食事をして、まるで同級生のように笑ってはしゃいだ。
一人の子が、ドイツへの留学を決めたと報告をしてくれた。ドイツ文学とドイツ語の勉強に人一倍熱心で真面目な子だった。みんなで合同で購入した贈り物を渡した日、彼女は、目をキラキラさせながら、私を見つめた。
「Mさんが今回のプログラムの役員をしてくれなかったら、私ドイツに行けなかったと思います。とても不安だったので。でも、ご一緒したら、とても楽しくて。だから、私、ドイツ留学決めることでできたんです。ありがとうございます!」
私は、目と口をポカンと開けた。
すると、他の子たちもうなづく。
「Mさんが今回参加表明しなかったら、プログラム自体なくなってたんでしょう? こうやってみんなと会えたのもMさんのおかげですよ!」
「また、一緒にごはん行きましょうね! 楽しい話聞かせてください」
口々に言うみんなを呆然と見つめ、そして、うつむいて、こっそり下唇を噛んだ。
「あ、ありがとう。ありがとう、みんな」
その一言で精一杯だった。
もう、泣き崩れてしまいそうだった。
 
私は、ただ、自分のしたいように行動しただけ。
確かに、彼女たちや団体のために尽力したこともあるけれど。
でも、それは私がやりたかったから。
このプロジェクトがすばらしいものになること、彼女たちが良い体験ができると信じていたから。
だから、不器用ながら立ち回れたのだ。
みんながいてくれたから、私はがんばれたのだ。
私の頼りない背中を、信じてついて来てくれたのは、みんなだ。
お礼を言わなければいけないのは私なのだ。
 
こんなぶきっちょな背中でも、語れることがあったのかな?
彼女たちの輝かしい未来を、ほんの少しでも押して、進める勇気をあげられたのかな?
 
「楽しい独り身でも、生んで残せるものがあったんだなぁ」
 
次の約束をして、笑顔で去っていく彼女たちに手を振りながら、私はポツリと呟いた。
 
例え、歴史に名を残す有名人でなくても、その言動が、誰かの心を揺さぶることを知った。
もしも、波紋を残すなら、悲しみや憎しみではなく、笑顔や勇気の一雫を。
人生何が起こるかわからない。
何気ない一言が、誰かの背中を押す決め手となることもある。
私が、こうして書いている文章も、誰かの救いになっているといい。
そう考えると、背筋が自然と天に向かってピンと伸びる。
まだまだ、ジタバタしているけれど、どうせなら、かっこいい、時にクスッとなる姿を見せたい。
いや、もしかしたら、成長した彼女たちに、今回のように教えて助けられることもあるだろう。
それぞれの道を歩みながら、たまにその道を交差させて、私たちはまた出会う。
その時は、あなたたちの話を聞かせて欲しい。キラキラ輝くことでも、辛かったことでも、何でも良い。
私は、みんなを、これから出会うであろう誰かを、いつだって応援している。
 
自慢の娘たちの活躍は、私にとっての活力だから。
彼女たちの、瞳と笑顔を見た時、泣きたいくらいのうれしさが私の胸にこみ上げるだろう。
 
あ~、生きてて良かった!
 
そう叫ぶほどに。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
たそがれのM(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県出身。多彩な特技・資格を持つ「よろず屋フォトライター」。旅に出れば、息をするように騒動を起こし、巻き込まれる、ハプニングの神に愛された女。貪欲な好奇心とハプニング体質を武器に、笑顔と癒しを届けることをよろこびに活動している。

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2021-05-24 | Posted in 週刊READING LIFE vol.129

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