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週刊READING LIFE Vol,94

コミュニケーションの瞬間を見逃すと、生涯後悔することになる《週刊READING LIFE Vol,94 コミュニケーションは〇〇が肝心》


記事:岡 幸子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
教員をしていると、生徒から学ぶことが多い。
コミュニケーションで大切なことは何かを、私は新採で勤めた定時制高校で学んだ。
私に生涯忘れられない後悔と、深い気づきを与えてくれたUさんの話をしたい。
 
「見て見て、先生の髪型まねしたの!」
 
そう言いながら職員室の私のところへ、にこにこしながらやってきたUさんに、一緒にきた友達がつっこみを入れた。
 
「ダメだよ、長さがぜんぜん足りてない」
「でも雰囲気はでてるよね」
 
初めて担任した女生徒たちだった。休み時間になると、3,4人でよく職員室へ遊びにきていた。私のところへ来るのは口実で、隣の席に座る一年先輩の男性教諭が彼女たちのお目当てではないかと内心思っていた。
当時の私は長い髪の両サイドを編み込んで、じゃまにならないよう後ろ髪の下で留めていた。私の髪型を真似たという彼女の編み込みはゆるく、お世辞にも似ているとは言えなかったが、和やかなムードを壊したくなくて、適当に相槌をうった。
小鳥のさえずりのようににぎやかな彼女たちが立ち去ると、隣の席の先輩が言った。
 
「あなたは、あの子の憧れですからね。真似したくもなるんでしょう」
「そうでしょうか。ちょっと、ふざけてみただけでは?」
「いや、憧れなんですよ」
 
自分では気づかなかったが、当時の私は彼女たちとそれほど年も違わなかったので、少し大人のお姉さん的存在として、慕ってくれていたのかも知れない。
そんなことも気づかず、初めての担任という気負いから、「担任としてやらなければいけないこと」にばかり気を取られていた。問題を抱えている生徒の扱いに悩み、日々の授業案に悩み、クレーマーのような保護者への対応に悩んでいた。
Uさんの女子グループは比較的真面目で、手がかからずに助かっていた。それはつまり、私の悩みの外にいたということだ。真面目に授業を受け、いつも明るく話しかけてくれるUさんは、特別な注意を払う存在ではなかった。
 
「学校の先生方というのは、どうしても、やんちゃで手のかかる生徒さんたちのことが気になりますよね。うちの子のように大人しい生徒は、目立たずあまり印象に残らないのではないですか?」
 
持ちあがりで2年生になったとき、保護者会の後でUさんのお母さんからそう言われた。
 
「いえ、そんなことありません!」
 
とっさにそう答えたものの、内心汗びっしょりだった。
図星だった。
 
「それならいいんですけど。先生方の注意から、はずれている気がして。手のかからない子は損だなって思ってしまうんです」
 
確かにその通りだ。
どの親にとっても、わが子が一番大切だ。手塩にかけて育てた自分の子を、学校の先生方にも大切にしてほしい。そう思うのは当然だ。手がかからないせいで教員の目配りが減ってしまうなら、いい子が損をした気分になってしまうのも無理はない。
 
教員側はどうだろう?
毎年、数十人、多いときには数百人の生徒を新しく担当する。
4月、最初に渡される名簿は、新たに入荷するCDリストのようなものだ。
タイトルだけでは何もわからない。
新学期が始まって、最初に見るのは生徒たちの外見、CDでいえばジャケットだ。
どんな曲なのか、CDの場合はタイトルとジャケットを見たら、実際に1枚ずつ取り出して、CDプレーヤーにかけて聴いてみる。そうしなければ曲は絶対にわからない。
出会った生徒たちの中身も、一人一人の話をじっくり聴いて、コミュニケーションをとり続けなければわからない。しかも、終わりがないからCDよりも厄介だ。生徒が奏でる曲は未完成なので、曲はエンドレスに続いていく。
なのに、私は。
ジャケットを見ただけで、わかった気になっていた生徒がいたかも知れない。
イントロを少し聴いただけで「この子はこんな感じ」と、理解した気になっている生徒もいる気がする。繰り返し聴いたからといって油断してはいけない。未完の生徒たちは、第一楽章と第二楽章で、がらりとイメージを変えることもあるだろう。一枚一枚、一人一人の声を聴き続けなければ、コミュニケーションなどとれないのだ。
 
Uさんのお母さんからの指摘を受けてから、注意して生徒の話を聴くようになった。
聴いているうちに、何の問題もないと思っていた仲良しグループにも葛藤があることがわかった。グループ内でも立場の弱い子は、波風が立たないように、自分の意見を殺して話を合わせている節がある。Uさんは、どちらかというと、リーダー格の子に話を合わせることが多いようにみえた。そして、登校しても無表情で、ぼーっとしている日が増えてきてのが気になり始めた。彼女は、精神のバランスを崩しがちで、医師に処方された薬を服用していたのだ。2年生になってから、薬の副作用で、学校を休むことも増えてきた。登校したときは見守りながら、わずかでも会話することを心掛けた。
 
3年生の11月、北海道へ3泊4日の修学旅行に行った。
忘れられない後悔は、3日目の朝に起きた。日高の牧場で4,5人のグループに分かれ、コテージに宿泊した翌朝のことだった。
学年全体が大食堂に集まって朝食をとる時刻を過ぎても、Uさんたちのグループだけが食堂にやってこなかった。
 
「困りましたね。一応、全員そろってから『いただきます』をすることになっていますからね」
「すみません、呼んできます」
 
他の引率教諭に困ったと言われ、私は担任としてとても焦った。
席を立って、Uさんたちがいるコテージに向かいながら、頭の中で反省会が始まった。
夕べ、朝食に遅刻しないよう念を押せばよかった。
今朝、自分の部屋から食堂へ直行せず、生徒たちのコテージを見て回ればよかった。
指導力のある担任ならやっていたかもしれないことを想像して、彼女たちの遅刻は全部、自分の落ち度に思えた。とても恥ずかしかった。
 
恥ずかしい?
誰に?
食堂で待たせている、先生と生徒たちに対して……
 
コテージのドアの前に立ったとき、私の心の真ん中にいたのは、Uさんたちではなかった。
その瞬間、部屋の中で彼女たちが出かける準備をしていたのなら、私も冷静でいられたかも知れない。
ドアを開けたとき、自分の想像とあまりにも違う光景を目の当たりにして、私は絶句した。
 
「ハーブティーいれるの、ハーブティー!」
 
Uさんがにこにこしながら、楽しそうにポットを運んでいた。
テーブルの上には可愛らしいカップが並び、今まさに朝のお茶の会が開かれようとしていた。
 
「何やってるの! 朝ごはん、あなたたちが来ないから、みんな待ってるんだよ! 早く行きなさい!」
 
私の怒鳴り声を聞いて、Uさんはポットを持ったままその場で凍り付いてしまった。
笑顔は一瞬で消え、怯えたような目で私を見た。
 
しまった!
怒鳴ったって仕方ない。
今の言葉は、私の怒りが口から出たものだ。
突然怒られて、Uさんはさぞびっくりしただろう。
 
「ハーブティーいれたかったんだね。でも、もう朝食の時間だから食堂へ行こう。お茶会は食後にやってね」
 
ふつうにUさんとコミュニケーションをとり、そう穏やかに言えばよかったのだ。
食堂で待つみんなを意識していた私は、目の前にいるUさんを無視したのだ。
彼女の気持ちを考えもせず、怒りに任せて怒鳴ってしまった。
青ざめたUさんの顔を見て、自分の愚かさを呪った。
心の底から後悔した。
 
どんなに後悔しても、手遅れだった。
彼女の生涯に一度しか訪れない、修学旅行の朝のお茶会というキラキラした思い出を、私が踏みにじってしまった……
 
コミュニケーションの瞬間を見逃すと、生涯後悔することになる。
 
それから半年後。
私の心に、この修学旅行での失敗が、取り返しのつかない深い傷として刻まれた。
 
担任クラスが4年生になった5月のある日。
授業を終えて職員室に戻ると、先生たちが騒然となっていた。
 
「何かあったんですか?」
「たった今、知らせが入ったんです。Uさんが亡くなりました」
「どうして!」
「詳しいことはわかりません。自宅で、心不全とのことです」
 
まさか!
そんな突然、死んでしまうなんて……
まだ18歳だ。
人生、これからではないか……
 
Uさんの死因は、その後もはっきりしたことは公表されなかった。
ご家族とずっとコンタクトをとっていた養護の先生から、薬の服用でふらふらしていたこと、もしかしたら用量を間違えてたくさん飲んでしまったかも知れないこと、自宅の階段から転落したことを教えてもらった。
 
告別式の数日後、Uさんの家を訪問した。
娘に先立たれたお母さんは、Uさんが生まれたときからのアルバムをめくりながら、私にいろいろな思い出を話してくれた。
 
「小学校へ入る前は、毎日一緒に過ごしていたんです。今日は戸越公園に行く日、今日は図書館に行く日、そんなふうに日課を決めて出かけていました。これが、その頃の写真です」
 
いつもにこにこしていた、Uさんらしい可愛らしい写真だった。
 
その時のお母さんは、アルバムの写真を介して、旅立ってしまった娘と対話しているようだった。亡き人とのコミュニケーションは夢を見るようなものだ。現実ではないけれど、「夢を見た」ことは事実として残る。生き残った者は、亡き人に手を合わせながら心の中で対話する。仏壇やお墓参りは、そんなコミュニケーションを行いやすくしているのだろう……
 
私は、修学旅行でUさんを怒ってしまったことを、お母さんにわびた。
 
「そんなことがあったんですね。あの子は、本当に先生のことが大好きだったから、覚えていてくれるだけで嬉しいと思います」
 
小一時間、私とお母さんはUさんの思い出を語り合った。
とても静かで、穏やかな時間だった。
 
修学旅行のあの朝、目の前にいるUさんを怒鳴ったのは、言葉を投げつけただけでコミュニケーションではなかった。
今、Uさんはいないのに、彼女を介してお母さんと確かにコミュニケーションがとれている。
……コミュニケーションで大切なのは真心だけなのかも知れない。
そんなふうに気づくことができた。
 
あれから30年。
ずっと教師を続けてきた私には、多くの出会いと別れがあった。
失敗も後悔もたくさんした。そのたびに、原点のような苦い思い出がよみがえった。
 
いつの間にかUさんは私の深い所に根を下ろした。
これからも後悔という痛みとともに、一緒に歩いていくだろう。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
岡 幸子(おか さちこ)(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

東京都出身。高校教諭。平成4年度〜29年度まで、育休をはさんでNHK教育テレビ「高校講座生物」の講師を担当。2019年12月、何気なく受けた天狼院ライティング・ゼミで、子育てや仕事で悩んできた経験を書く楽しさを知る。2020年6月から、天狼院書店ライターズ倶楽部所属。

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2020-08-31 | Posted in 週刊READING LIFE Vol,94

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