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週刊READING LIFE Vol,95

『逃げるな』の呪縛から逃げろ《週刊READING LIFE vol,95「逃げる、ということ」》


記事:飯田あゆみ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
私は毎週1回、幼稚園に入園する前の2,3歳児を預かって野外保育を主催しています。
今年で7年目になるこの活動では「やりたいことを極力止めない」というのと同じくらい「やりたくない気持ちを認める」ということを大事にしています。
 
スタッフはみな
「嫌だったらやらなくていいんだよ。自分で決めていいんだよ」
という姿勢でいてくれるので、子どもたちにとって居心地の良い場所になっていると思っています。
大人はついつい「いやだという拒否」に対して高圧的な態度で指導してしまいがちですが、拒否は大切な自己主張です。
 
「拒否というのはブレーキのこと。アクセルだけでブレーキがついてない車には怖くて乗れないでしょう? 嫌だという主張をきちんと認めてもらえないと、人は怖くてその相手との間に良い関係を築けないのよ」
私は、自閉症を持つ方たちの支援を何十年も続けている方からそのように教わりました。
意思の表出がむつかしい障害をお持ちの方ほど、拒否を認めてもらえずに人権を侵害されることが多いのだそうです。
言えないからご本人の気持ちがわからない→まわりが良かれと思ってご本人のためになりそうなことをやらせる→本人にしてみれば本当はやりたくないことをずっとやらされる→結果、不満が爆発し不適応な行動が起きてしまう、ということがとても多いのだそうです。
そうならないため、すべての人の人権を保障するために「拒否を認める」ことが大切なのだと教えていただきました。
 
小さい子どもも全く同じで、大人が良かれと思って与えるものを「嫌だ!」と言えないばかりに、どんどん自発性が奪われてしまうのです。
幼少期から自分の「嫌だ」という気持ちを認めてもらえずに成長すると、子どもは自分のことなのに自分で決められないという経験だけを積み重ね、無気力で投げやりになっていきます。
「はあ? 別にどうでもいいし」
そう言いながら、未来に希望を持てないでいる中高生のなんと多いことか、と悲しくなります。
 
一方で、大切な子どもにいろんな経験を与えてあげたいと思うのが「親心」であることもわかります。
けれど、与えることに躍起になり、与えた経験を子どもが受け取らないことに対して非寛容であるのは問題です。
「せっかく遠くまで連れてきたのに」
「せっかく高い月謝を払っているのに」
「せっかく時間を作って付き合ってあげたのに」
その言葉で、子どもの拒否を認めない大人の対応ほど害になるものはありません。
子どもは大好きな親の顔色を見ることにたけています。
拒絶されたら生きていけないからです。
ですから、親が口に出して言わなかったとしても、上に挙げたような「せっかくしてあげたのに」という気持ちに敏感に気付き、自分の気持ちを押し殺し、我慢して楽しいふりをしてしまいます。
その結果、自分の気持ちがわからない子どもが育ってしまうのです。
親心という愛情から生まれたもののはずなのに、過剰な愛情が子どもに負荷をかけてしまうのですね。
 
この「拒否を認めない」というのは、別の場面では「逃げるな」と変換される言葉でもあります。
 
「楽しいことだけやってればいいってもんじゃない、嫌なこともやらなくてはいけないのだ。
それが人生というもの。
その厳しさを子どもだって知っていなくちゃ、この先、生きていくのに苦労するから」
あるいは
「これは素晴らしいことなんだから。
達成出来たら絶対この子の喜びにも力にもなるから。
今辛くても頑張れば未来はバラ色だから」
 
だから、「逃げるな」という言葉で追い詰めてしまうのです。
 
いずれも「愛情から生まれている行為でありながら拒否を認める気がない」という点で同じですよね。
子どもという別の人格をコントロールしたい大人のエゴだと思います。
 
今年はコロナが話題になったせいであまり目につきませんでしたが、この数年、夏休みが明けるころには著名人からのメッセージがネットにあふれていました。
日本ほど子どもの自殺率が高い国はないそうで、そのことを心配する方々からの心のこもったメッセージがたくさん掲載されていました。
 
「学校へ行きたくない君へ。逃げてもいいんだよ。死ぬくらいなら逃げなさい」
 
いじめにあっていたり、学校になじめなかったりで、不登校を選ぶ子どもたちに向けたメッセージです。
書かれていることはもっともで、死ぬくらいなら学校なんて行かなくてもいいと私も思います。
 
けれど、それはネットの向こうの知らない人に言われて「はいそうですか」と納得できるものなのでしょうか。
 
生まれてから今日まで、ブレーキの利かない車に乗せられて育ってきた子どもは、ブレーキがないことが当たり前だと思い込んでいます。
周り中みんなブレーキの利かない車に乗せられていて、それでもうまくやっている。
自分だけがこらえ性がなくて弱くてダメな人間だから怖いのだ、自分が悪いのだ、と思い込んでいるのです。
そうではないのに。
絶対に、その子のせいなんかではないのに。
 
そんな気持ちでいるところに「逃げてもいい」と言われても、余計に自分をみじめに感じてできないのではないでしょうか。
 
すでに出来上がってしまった硬い心に、付け焼刃で「逃げる許可」を与えて対処しようとしてもどうにもならないと思いませんか?
追い詰められた子どもたちを救うためには、対症療法よりも予防の方がうんと大切です。
だから、小さなころから子どもたちの「嫌だ」を認め「逃げてもいい」と体感してもらうことが必要だと思うのです。
逃げることを許す柔らかな心を育てたいのです。
 
一番大事なのは自分の心。
自分の心が壊れそうな時には、何を差し置いても逃げることを選べるようになること。
私たちが野外保育で「拒否を認める」ことを大切にしているのは、命の危険が迫っているときにちゃんと「逃げられる」子どもに育ってほしいと願っているからです。
 
「拒否を認める」ということは簡単そうで、実は養育者のエゴを捨てることが必須であるため、ものすごく人間力を試される行為です。
 
周囲の「しつけもできない大人だ」という視線が痛いこともたくさんありますし、私も小さい人たちと出かけると「子どもに我慢の一つもさせられないで、あんたは何をやってるんだ」と怒られることが多々あります。
それでも、未就園児には「やりたいこと、やりたくないことをちゃんと受け入れてもらえた経験」の方が大事だと思うので、「すみません、すみません」とぺこぺこ謝って怒る人の前から素早く退散するようにしています。
 
怒られるのは不快な経験ではありますが、一人じゃなければ案外と耐えられるものです。
一人でわが子の子育てをしていた時より、圧倒的に怒られる今の方が気持ちは楽だなあと思います。
 
さて、ここまで書いても「やっぱり私は子どもの拒否を認められないわ」という人は必ずいると思います。
実は、大人が子どもの拒否を認められない理由は二つあるのです。
 
一つは「生き物は楽な方へ流れてしまうものだから」です。
自分より弱くて何も知らない子どもをコントロールするほうが、丁寧に気持ちを掬い取って対応するより楽だと思えばどうしてもそちらを選択してしまいます。
 
「こうすれば賢い子に育ちます」
「こうすればコミュニケーションの上手な子に育ちます」
「こうすれば運動のできる子に育ちます」
理想の子どもという幻想にのせられて、一見楽なコントロールの罠にはまってしまうのです。
 
けれど、これは、「どこで楽をするか」の違いでしかありません。
子育ては最低でも15年はかかります。
コントロールされて育った指示待ち人間を、そこから自分で考えて動けるように導いていくのは至難の業です。
小さなころに、気持ちを聞いてあげる方がどれだけ楽なことか!
(やってみればわかることなのですが、わかった頃には子育てが終わっているというこの矛盾)
 
ただ、それは普段からワンオペで頑張っているお母さんたちにさらなる無理を強いることではありませんよね。
周りの協力と温かい視線が必要です。
社会全体が子育てに協力的にならない限り、むつかしいとも言えましょう。
 
けれど「社会」というものを大きくとらえすぎると、それはそれで無力感にとらわれて何もできなくなります。
要は自分の周囲の狭い「社会」だけを自分の子育てに都合よく作り変えることができればよいわけですから、自分の理想とする子育てを実践している仲間を見つけてそこに飛び込むとか、自分で子育ての群れをつくるとか、心地よく育ちあえる場に身を置くことが大事なのだと思います。
 
逆に言えば、それさえできればあとは楽です。
人は環境によって変わる生き物ですから、周り中が「コントロールを良しとしない」仲間に囲まれていれば、自分もいずれ変わってきます。
だって、子どもたちもその方が楽しそうだから。
だから、あきらめずにそういう環境を求め続けてほしいと思います。
 
子どもの拒否を認められないもう一つの理由についてもお話します。
それは、その人自身が「拒否を認めてもらった経験がないから」です。
 
育てたように子は育つ、とよく言われますが「親の言うことは絶対!」という環境で、口答えも許されずに育てば、同じように自分の子どもも抑圧したくなるのは、もう仕方がないことだと思います。
どう考えても、その人のせいではありません。
親とはそういうものだ、と長年かけてしみついてしまった思い込みを取り除くのはなかなか大変なことで、気づいてすぐに変われるかというとそういうものでもないでしょう。
そんな時は、どうしたらいいでしょう?
 
それこそ、お母さんだって「逃げていい」と思うのです。
世間は「生んだ以上、自分の子どもの面倒くらい見ろ」とか「まともに子育てできないのに子どもを作った親が悪い」とか勝手なことを言いますが、それで子どもが虐待死でもしたら今度は逆に「なぜ離れなかったのか」「もっと早く助けを求めたらよかったのに」とか言い出すのです。
だから、そんな人たちの言うことに耳を貸し、心を痛める必要はありません。
できないなら苦手なことからは逃げた方が親と子のお互いのためになります。
 
子育てがハードでしんどいのは、心と体と両方が削られるからです。
せめて体だけでも楽をしてください。
仕事を見つけて保育園に預けて子育ての肉体的負担を一日数時間でも肩代わりしてもらいましょう。
園が見つからなければ、プロのベビーシッターさんだっています。
たぶん、こういう方は仕事をさせれば恐ろしく有能な方なのです。
まじめできちんと仕事をこなせる責任感の強い人が多いと思います。
たまたま育った環境が受容的でなかったばかりに子育てが苦痛になってしまっただけで、ほかの能力は絶対にあるのです。
迷わず、人を頼ってください。
子育てに関わる地域のリソースを使ってください。
子どもが小学生になるころには、子育ては圧倒的に楽になっています。
その頃には子どもも話せばわかるようになっていて、あなたにとっても面白い存在になっているでしょう。
子どもは自分とは別のコントロールできない存在なのだなと、日々感じる機会も増えるでしょう。
 
そこまでの間に、7年かけて自分の育ってきた道筋を振り返り、自分を癒してください。
カウンセラーやコーチなど、プロの力を借りるのもよいでしょう。
逃げてもいいんです。
いいえ、辛い時は逃げなきゃダメなんです。
それを親であるあなたが体現しなくては、子どもだって逃げられません。
 
お母さん、どうか「逃げるな」という呪いから解放されてください。
子どもは社会全体で育てるのだと思ってください。
そしてあなたができることで社会に貢献する代わりに、子育てを人に頼り
「うちの子はみんなに育ててもらいました」
と胸を張って言えるようになってください。
逃げてもいいんです。
 
「逃げるな」という呪縛こそ、あなたが最も逃げなくてはいけないものなのだと私は思います。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
飯田あゆみ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

未就園児とワンコにもてる、多肉植物が好きな55歳。書くことを仕事にできたらいいな、というあこがれから天狼院書店のライティングゼミに申し込み、数か月のブランクののち、ライターズ倶楽部に入会。7年前から野外保育を主催し、親子の活動、子どもだけの活動をそれぞれ週一回行っている。これまでにかかわった親子は延べ1000組ほど。

この記事は、人生を変える天狼院「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」をご受講の方が書きました。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2020-09-07 | Posted in 週刊READING LIFE Vol,95

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