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週刊READING LIFE Vol,95

覚えたことはちゃんと忘れよう《週刊READING LIFE vol,95「逃げる、ということ」》


記事:吉田健介(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
「えーっと、何だったけなあ」
「あー思い出せない……」
 
とにかく毎日を過ごしていると、いろいろなことをよく「忘れる」。
 
「ああ、この前読んだ本。なるほど! と納得したけど、何に納得したんだっけ。なるほど! だけは覚えているんだけど……」
 
その種類は様々。
僕自身、よくある。特に実用書を読んでいる時などひどい。目も当てられないくらいの忘れっぷりだ。つまり、読んでいる最中は「へー!」「わ、すごい!」「なるほどなー」なんて納得しまくっている。「これは役に立つ。勉強になったぜ」なんて満足しているわけだが、いざ本を閉じて違うことをして、少し時間が経って、日にちも何日か経って。ま、きれいに忘れているわけだ。納得したこと、満足したことは覚えているが、肝心の中身がスポンと抜けている。ごぼう天煮を食べようとしたら、ちくわだけだった、みたいな。「あれ? あれあれ? なんだったけなあ……」という悲しい状況。
 
ああ、なんて自分は忘れっぽいのだろう。これだからダメなんだよ。
時には自分を責めることもある。ただ自分を責めるだけで、その後は何もしない。自分を軽く攻撃して終わり。本に限っては、思い出したいときに手元に本がないわけで、家に帰ってから調べ直すなんてこともしない。その頃には、情熱の火がなくなってしまっていることがほとんど。何というか「そういうテンション」ではなくなっている。
 
「忘れるってことは、その程度のことだったんだよ。自分にとって重要なことではないってことさ」
そう、確かに記憶に刻印されていないということは、脳内での優先度がそれ程高くなかったということかもしれない。その意見は納得。ただ…… 全てそのルールに当てはめていくのもやや無理があるのではないか。ちょっともったいないのではないか。せっかくの知識がかわいそうなのではないか。そんなことが心のどこかでわずかに浮遊する。
 
僕は中学校で教師をしている。教科は数学。
不思議なことに、数学の問題は、その時に解けなかったり分からなかったりする問題があっても、脳内でセーブされる。つまりゲームの途中で旅のデータをセーブするのと同じ。何日か空いても、また似たような状態から再出発することができる。時には、家に帰って何も関係ないことをしている時でも、頭のどこかでは続きの計算が行われているようだ。シャワーを浴びて何も考えていないようなタイミングで「あっ!」と、閃くことなんて珍しくない。無意識になった瞬間に働き出す脳内の部位があるみたいだ。授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、ペンを机に置いた瞬間に「よっこらしょ」と言って、脳内で働き出すやつ。夜になったらビルを掃除して回る人のように、地道に、しかし確実に。
だから時間はかかるが、時には関係ないことをしている時に問題が解決することもある。
「あ! わかった!」
 
時間がある程度経っていたとしても、全くのゼロスタートではない。栞を挟み忘れた本でも、パラパラとページをめくっていくうちに読んでいた箇所を思い出すようなものだ。ちゃんと途中から再起動できる。
ただ自分の中では、脳が覚えている、なんて自覚もないわけだから、「忘れている」と思っている。まあ確かに忘れている所もあるのだが、どうやら完全に消しゴムで消された状態ではないということだ。つまり、問題を解けなかったとしても、それは逃げではない。諦める必要はない。むしろ、ちゃんとセーブされているから心配する必要はないのだ。
 
最近、この「忘れる」という行為が、どうも脳に良い影響を与えているのではないか、という忘れっぽい僕にとっても希望の光のような考え方が広がっている。
それは「分散学習」という方法だ。
 
「ああ、もっと普段から勉強しておけばよかった……」
理想は、覚えているうちに復習をする。学校から帰った日に、授業の内容をノートにまとめて暗記する。
「よし、これからは心を入れ替えて帰ったらすぐに勉強するぞ!」
これはいわゆる「集中学習」という方法だ。私たちにとって勉強することは、どちらかというとこの集中学習の場合が多い。メリットは、即効性があること。漁港の市場のように、獲れたてで新鮮な魚がそのまま提供されるようなイメージ。デメリットは、長期保存されないこと。つまり集中学習は、長いこと記憶に定着させる方法としては不向きなのだ。
皆さんも覚えがないだろうか。学生の頃、一夜漬けで暗記した歴史の用語。テストが終わった瞬間に、記憶から消し飛んでいたこと。
まさにその状況だ。
 
これに対して長期保存専用の学習方法がある。それが「分散学習」。
つまり、新しい知識を覚えてからわざと復習に時間を開けるという方法だ。
 
ある実験がある。歴史の用語を覚えてから、数日後に復習をし、また数日後にテストを行うというものだ。つまり、「学習→復習→テスト」という流れ、「→」の部分ではすぐに復習やテストを行わず、しばらく時間を設けた。日数の開き具合で、記憶にどのような影響が及ぶかを調べたのだ。結果は、日数が少ないグループはテストの点数が良かった。当然だろう。記憶がまだ新しい状態なのだから。その辺りは「なるほど」と納得。
興味深いのは、日数を明けたグループだ。具体的には、学習して10日後に復習し、35日後にテストしたグループと、学習して20日後に復習し、35日後にテストしたグループとでは、テストの点数に大きな差がなかったということだ。
つまり、新しい知識をインプットしてから、しばらくしてから復習をすると、その後は記憶が長期的に保存されているということだ。
当然、10日後や20日後に復習をした人は、忘れていた歴史用語だらけだっただろう。「あれー何だったけなー……」と脳内のひき出しを開けまくり、頭を抱えながら復習をしていたかもしれない。
 
だがその忘れる、ということは、記憶するための栄養の一種なわけだ。
「ああ何だったけな……」となっている瞬間。まさにその思い出そうとしている瞬間は、脳内に良質な栄養分が流れており、そこで調べるなり、人に聞くなりして「あ、そうそう!」と納得した瞬間、脳で深い深い刻印が押される。ポンッ!
 
この刻印は、なかなか取れない。タオルで拭こうが、特殊な液体に浸そうが、効果はさほどないだろう。防御力はなかなかのもの。彫りが深い刻印。
 
だから忘れることは善! なのだ。
ああ、また忘れちゃったよ。ダメだな自分は…… 否!
これからはこうだ!
よっしゃー! 忘れたぜー! えーと何だったけな〜
テンションを上げていこう。忘れることは悪ではない。それは脳にとって、記憶にとって必要なことなのだから。決して自分を責めてはいけない。自分を攻撃してはいけない。「ダメだな自分は」なんて思う必要はない。忘れた自分を褒めてあげよう。気分は胴上げ。みんなから体を宙に浮かせられ、花吹雪や花火、拍手喝采が送られている。優勝おめでとう〜! これは違うか。
とにかく、忘れることは記憶の定着に必要なことなのだ。
 
この分散学習。どの程度のペースで忘れる空白を作ったら最も効果的か、ということも分かってきている。
 
最初の復習は1〜2日後。
2回目の復習は7日後。
3回目の復習は16日後。
4回目の復習は35日後。
5回目の復習は62日後。
 
まあここまで正確に日数を開ける必要はないが、要するに間が開いた方が良い、ということ。忘れても良い、ということ。
 
こう考えると、忘れるという行為が楽しくなってこないだろうか。
「あ、忘れてる。 よっしゃー。記憶定着のチャンス! 帰ってから調べよ!」
 
家に帰ってからでも、自分から本棚に手を伸ばすことができるかもしれない。ゲーム感覚。楽しんで調べ物ができる。帰ってから「ああ面倒くさい。もういっか」状態になることはない。調べたい、解決したい、記憶に残したい! テンションはキープ。情熱は担保されたまませ帰宅することができる。そして知識を積み重ねていく自分が楽しくなる。
 
もう一度言う。忘れることは善だ!
それは必要な行為。そして、しっかりと脳に記憶させるための階段なのだ。
料理の煮込み作業のように、必要不可欠な工程なのだ。
 
さあ、もうこれからは忘れた自分を責めることはない。自分に自信を持っていいのだ。何も恥じることはない。いや、胸を張るべきだろう。忘れてもいいのだ。いや、どんどん忘れていこうじゃないか。
 
「ああ何だったけなー」状態に自分を持っていくのだ。
 
いいぞいいぞ。この感覚。この状態。このもどかしさ。くっそー思い出せねー!
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
吉田健介(READING LIFE編集部公認ライター)

現役の中学校教師。

1981 .7.22 生まれ。
関西大学卒業、京都造形芸術大学(通信)卒業、佛教大学(通信)卒業。

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2020-09-07 | Posted in 週刊READING LIFE Vol,95

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