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明日この時間に、湘南カフェで

【明日この時間に、湘南カフェで。第一話】15:05/サザンビーチカフェ「涙のサザンビーチバーガー」《天狼院書店 湘南ローカル企画》



記事:吉田けい(READING LIFE編集部公認ライター)

植木の上に微かに見える水平線は、泣きたくなるくらい完璧だった。

「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

オーダー確認の締め言葉に頷いて見せると、小柄な店員も無言で微笑み返した。彼女は手早くメニューをまとめ、店内にドリンクのセルフサービスコーナーがあります、と控えめに告げると、足早に店内へと戻っていく。席に一人残された私は、殺風景になったテーブルの上に所在なげに手を載せ、爪先に施されたジェルネイルを見て、もう何度目とも知れないため息を漏らした。淡いピンクにほんの少し水色を混ぜた下地に、小さな貝殻やヒトデ、サンゴなどのパーツをちりばめたデザインは、海と人魚をイメージしてオーダーしたものだった。懇意にしているネイリスト渾身の作品で、美咲もその出来栄えに驚喜し、何度も指先を見つめては、その愛らしさに微笑んでいた──つい昨日までは。

海を臨むカフェのテラス席は、初夏の潮風が軽やかに吹き抜けていく。平日の午後三時という時間のせいなのか、テラス席にも店内にも客はまばらで、扉を開けっ放しにした店内から漏れ聞こえるビーチミュージックがいやに大きく聞こえるような気がした。連日の雨が嘘のような快晴で、間もなく梅雨が明け、灼けるような夏がまた来るのだと予感させる。午後の日差しもやや穏やかになり、青空にところどころ浮かぶ雲の眩しさも少し和らいだ印象だ。空と日射しの下、世界を二分するような水平線は、美咲からはちょうど植え込みのほんの少しだけ上に僅かに見える。海がほとんど見えなくなるなんて邪魔な植え込みだなと座った時に考えたが、植え込みのすぐ前の歩道を人が通りかかり思わず身をすくめた時、その真意を察した。通行人はテラス席をジロジロ見ようとは思わない、しかし席からは海がぎりぎり見える程度の目隠し。絶妙な塩梅の配置と高さだったのだ。

真っ白な壁も、SNS映えしそうなメニューも。
すぐそこに歩き出せる砂浜と輝く海も。

「……完璧ね……」

サザンビーチカフェという存在に打ちのめされ、美咲は人魚ネイルの上に顔を伏せた。

某アーティストにあやかって茅ヶ崎海水浴場から改名したサザンビーチは、関東特有の灰色の砂が広がる遠浅の砂浜で、例年夏期には芋洗いと揶揄されるほど海水浴客で賑わう。海開きして海の家もずらりとならんでいるが、本格的な賑わいはやはり子供たちが夏休みに入ってからなのだろう、今日は海水浴を楽しむ人はまばらだった。美咲のようにオフィスカジュアルを纏ったOLとなると、更にその数は少ない──ほとんどいない、場違いと言ってもよさそうな装いだった、

サザンビーチカフェは、サザンビーチの目の前に臨む茅ヶ崎迎賓館の一階にある。茅ヶ崎迎賓館はガラス張りのチャペルから海を臨んだ挙式が人気の結婚式場で、特に六月から初夏にかけては申し込みが殺到する時期だ。一方サザンビーチカフェは平日も休日も変わらずカフェとして営業しているが、時に茅ヶ崎迎賓館で挙式をした新郎新婦が、すぐに移動できて、ビーチでの美しいサンセットの光景も楽しめる二次会会場として貸切パーティーを執り行うこともある。

初夏の晴れ渡る昼下がり、海を臨むガラス張りのチャペルで永遠の愛を誓う。
和やかな披露宴の後は、気心知れた仲間たちと、サンセットビーチパーティー。
誰もが笑顔で、愛に溢れていて、二人は今まさに幸せの直中にいる……。

「……完璧すぎるのよ、……」

美咲は顔を上げ、もう一度盛大にため息をついた。

美咲が想像しうる限り最大限に完璧な結婚式が、先週この茅ヶ崎はサザンビーチで執り行われた。学生時代の親友、真琴から結婚式参加の打診が来た時、美咲は飛び上がるほど喜んだ。美咲は勝気で誰にでも裏表のない物言いをする性質だったので、内気で思いやりがある真琴と一緒にいると心地よかった。小さな理不尽に声を上げられない真琴を救うような立ち居振る舞いをしたことも何度かあった。自分でレポートやりなよ。友達でもないのに真琴に用事押し付けないで。その度に真琴は少し涙ぐんで、ありがとう、と美咲の服の裾を掴むのだった。大切な親友を守らなくちゃ。頼れる姉になったような気持で、美咲は真琴の世話を焼き、真琴は美咲を気遣った。友情はずっと続くのだと信じていたが、お互い違う職場に就職してから、会う度に少しずつ価値観がずれていくのを感じ、言葉にならないものを飲みこもうとしていた矢先だった。

真琴、どんなドレス着るんだろう。ぽっちゃり系だからふわふわのお姫様みたいなやつかな。一番の親友の式だもの、私もめいっぱいオシャレして、華を添えてあげよう。ドレスを新調し、ネイルと美容院を予約して式を指折り待つ日々は、美咲自身が花嫁になったかのように楽しかった。仕事は繁忙期であわや式当日に休日出勤となるところだったが、美咲は必死にスケジュールを前倒し、いくつかの仕事を持ち帰り、親友の挙式参列の予定を死守した。

真琴は結婚して幸せになった。私も仕事が充実してる。
大丈夫、私たち二人とも、幸せだよね。

親友の慶事を祝いながら、自分自身の幸せを確認しに行くつもりだったのだ。

「セットのサラダです」

美咲のため息よりも先に、店員がテーブル、人魚ネイルの少し先に木製ボウルを置いた。ランチメニューにはすべてつくというシラスとマッシュルームのサラダだ。店員はうつむいてばかりでドリンクを取りにいかない美咲を一瞥し、物言いたげな様子で戻る。美咲は彼女の足音が聞こえなくなるのを待ってカトラリーボックスに視線を移すが、手を伸ばすよりも先に、溜めに溜めた吐息を盛大に吐き尽くした。このサラダも完璧だ。この後来るメインに添えて写真を撮れば、SNS映えする雰囲気ある一枚になるに違いない。テーブルもシンプルで可愛らしいし、海辺の和やかな雰囲気はまったくもって非の打ちどころがない。似つかわしくない格好で、陰鬱な雰囲気でため息ばかりついている私は、この場にいるべきじゃないんだ。

「…………」

潮騒が、たった一日前の光景を嫌でも脳裏に蘇らせる。

挙式で新郎新婦と対面できるのは、チャペルで彼らが入場してくる時だ。真琴を射止めた新郎の顔を見るのはこれが初めてになる。どんな人なんだろう、カッコいい人かな。真琴を大切にしてくれる誠実な人だといいな。二人の門出の晴れのシーン、しっかり撮ってあげよう。そう考えてスマホのカメラを構えた先に現れた新郎を見て、えっ、と驚きが漏れた。

似ている。

(──俊也くん!)

忘れられない、幼い初恋の相手の面影に。

子犬のようだった瞳は凛々しい眼差しになった。小学生としては背が高い方だった美咲と大して変わらないひょろひょろした体つきだったはずなのに、背も高く肩幅も広く、健康的で堂々たる体躯の好青年となっている。間違いない、間違えるはずもない、あれは俊也くんだ。確かに招待状を見た時、同じ漢字だなと思ったんだ、でも苗字が違うから偶然だと思ってた。俊也くんは卒業直前に引っ越してしまったから小学校以来ぶり。なんてカッコよくなったんだろう! 白いタキシードもよく似合ってる。その俊也くんが、とびきり幸せそうな顔で、少し緊張して、これからやって来る花嫁を迎えるために、ガラス張りのバージンロードの中腹で待っている。え、じゃあ真琴が俊也くんと結婚するの? 内気ですぐ泣く真琴が、ぽっちゃりでどんくさい真琴が、クラスの女子みんなの憧れだった俊也くんと? 混乱して呼吸をするのも忘れている美咲を置き去りにして、式次第は淡々と進んでいく。

荘厳な音楽と共にもう一度扉が開き、嬌声が上がった。

「……真琴……?」

そこに美咲の知る親友はいなかった。引き締まったしなやかな体のラインを上品に包み、ウェストから腰にかけての曲線を美しく見せる、マーメイドという形のウェディングドレス。裾とバックスタイルにふんだんにあしらわれたフリルと、ふんわりと被るレースのヴェールが、海辺の立地のせいか陽光に煌めく波間を思わせる。端正に結い上げた髪の頂上には可愛らしいパールのクラウン、そして手にはざっくりと切りそろえたヒマワリを白いリボンで結んだブーケ。白に映えて鮮やかに咲き誇る花々よりも更に清々しく、燦然と、自信と幸福に満ち溢れた笑顔で、軽やかに花嫁は花婿へと歩み寄る。

面影通りの初恋の君と、鮮やかな変身を遂げた親友が、手を取り合いバージンロードを進む。祝福の光を一身に受け、大いなる海原の前に立ち、永遠の愛を誓い合う──。

眩暈なのか、足元が崩れていくのか、よく分からないが体に力が入らなかった。貼り付けたような笑顔を浮かべて拍手をして、一緒に列席した学生時代の友人たちに混ざるのが精いっぱいだった。挙式が終わると、ガーデンにプールがある邸宅風の会場に案内され、アットホームなパーティーが始まる。ガーデンに再登場した二人は、新郎はポケットチーフと襟元のリボンタイを変えて華やかに、新婦はヴェールを花冠に召し変えてより可憐になっていた。祝辞が終わり、乾杯が済み、さざ波のように列席客らが談笑する中、友人と連れ立って真琴に話しかけに行く。

「真琴、すっごい痩せた!? ダイエットめっちゃ頑張ったの!?」
「ううん」

こんな自信に溢れた笑い方で答える真琴、私は知らない。

「彼と付き合ってからサーフィンはじめたんだけど、あっという間に10kg痩せたの」

えーすごい、サーフィン、彼がもともとやってたの? どこで知り合ったの? あのね、それでそれで? プロフィールムービー後で見てね。友人たちが美咲の代わりに聞きたいことを矢継ぎ早に聞いている。真琴がサーフィンを始めていたなんて知らない。真琴の横に俊也くんが並んでいたなんて知らない……。

「シオミだよね?」
「……え」

懐かしい呼び名と抑揚。少年とは違う大人の男の声に、美咲は身体がこわばる。

「覚えてないかな、俺、クラトシ」
「お、覚えてるよ、小学校で」
「そうそう! 真琴から聞いてて今日会えるのすっげえ楽しみにしてた」
「苗字、違うから、わからな、か」
「ああ」

親が離婚したから苗字変わったんだ。美咲が言葉に詰まっているのなど意に介さず、新郎は楽し気に話し続けた。懐かしいな、みんな元気かな。同窓会とかあったら行きたいよな。笑い声が、祝辞と拍手が渦巻いて、自分がちゃんと笑えているのかどうか分からなかった。プロフィールムービーで、美咲はそれぞれの写真の端の方に映り込んでいた。二人の一番の親友そして恋のキューピッドとして、サーフィン仲間のうちの一人が電撃インタビューされていた。おめでとう、ありがとう、お幸せに。誰もが幸せそうで、誰もが美しく見えた。華を添えるなんて意気込んであつらえたネイルとドレスがくすんでいくように思えた。なんて楽しいひと時。なんて幸せなひと時。いつの間にか会場を移動して、夕日が海に沈む様を眺めて、もう何度目か忘れた乾杯をして……。

「お待たせしました、サザンビーチバーガーです」

またも店員がやってきて、今にも倒れそうな山盛りのバーガーが盛られた皿を美咲の目の前で軽く持ち上げて見せた。美咲はぼんやりとその様子を見上げたが、店員は少し首を傾げ、よろしいですか、と声をかける。美咲は自分の手──先ほどから、完璧で憂鬱な一日を思い出させる人魚のネイルを見て、バーガーを置くから手をどけてほしいのか、とようやく合点が行く。慌てて手をテーブルの下に下げると、店員はにこりと破顔し、美咲のオーダーを卓の真ん中に置いた。

「ごゆっくりどうぞ」

分厚いバンズ、分厚い肉、分厚い野菜、分厚いベーコン、分厚いパイナップルがうず高く積み上げられたサザンビーチバーガー。サイドメニューにはフライドポテトがこんもりと盛られていて、バーガーは今にもポテトの山に倒れ込みそうになっている。トマトの赤とレタスの緑、青い皿に洒落た模様のペーパーナプキン。絶妙なバランスと配色のプレートは、そのまま写真に撮るだけで、雑誌にでも載りそうな華やかな雰囲気だ。

「ハンバーガーまで完璧だ……」

ここには完璧しかないのだ。完璧な料理と完璧なロケーション。完璧に変貌した親友と、彼女が射止めた完璧な夫。夢のように美しかった結婚式の一日。あんなの真琴じゃない。相手が俊也くんなんて信じられない。どうやって俊也くんと出会ったの、真琴はもっと引っ込み思案じゃなかったの、サーフィンやると体型も性格もそんなに変わっちゃうの……。真琴を俊也くんに取られたのか、俊也くんを真琴に取られたのか、どちらなのか分からない。

「……違う」

取った取られたじゃない。真琴が変わったのが嫌なのでもない。真琴は変わらないと思っていた自分が嫌だった。真琴はいつまでも私を尊敬してくれて、私が少しお世話を焼かないといけないと思い込んでいた。結婚しても、さすが美咲は綺麗だね、私が霞んじゃうかも、なんて、お世辞で引き立ててもらいたかった。そして何より、自分はそんな事を期待していたのだと、あのチャペルでの挙式の時から思い知らされて、それに打ちひしがれていたのだ。

「…………違う」

そうして茫然としているうちに式が終わり、クロークに荷物を預けたままなのを忘れていた。都内に住む美咲には、茅ヶ崎駅までは小旅行とも言える距離だ。持ち帰りの仕事に少しでも目を通そうと、資料を持ち出したのが仇になった。資料を忘れていたこと自体を忘れ、上司に進捗の遅延を指摘され、委縮したのが今日の午前中。急いで資料を取りに行くにしても、会社から茅ヶ崎迎賓館まで往復すると半日はかかる。午後は半休にしてすぐに取りに行け、そのまま直帰していいから明日の何時までに仕上げろ──。取引先に迷惑をかけてしまった罪悪感と、怒気も露わな上司の大声から逃げるようにオフィスを出たのが今日の昼過ぎ。電車に揺られ、バスに揺られ、辿り付いた茅ヶ崎迎賓館で資料が入った鞄を受け取って、まだ昼食を食べていなかったことと、二次会のビーチパーティーを思い出して、サザンビーチカフェに足を運んだのだ。

名物と銘打つサザンビーチバーガーが、美咲の目の前に鎮座している。落ち込んだ気分が少しでも晴れるかと思って、見栄えの良い料理を頼んでみたが、バーガーは美咲の想像以上に大きかった。添え物のポテトも入れるととても食べきれるとは思えない。

真琴のため、なんて思って気合を入れていったのに、当の真琴は私なんかいなくても幸せそうだった。王子を助けたのに、恋が叶わなかった人魚姫みたいだ。ううん、人魚姫は王子を助けたけど、私は真琴を助けてたのかな、もしかしてお節介してたただけで、真琴は本当は煙たがっていたんじゃないか。真琴は結婚、私は仕事なんて思ってたくせに、その仕事でも失敗して……。仕事ばっかりして、仕事が好きなつもりでいるけど、真琴はその間にサーフィンを始めて俊也くんと出会ってた。真琴じゃなくて私がサーフィンしてたら、俊也くんは私を選んだかな……。

美咲の気分とは裏腹に、打ち寄せる波は穏やかで、日差しは柔らかで心地よい。
バーガーが音もなく傾いていくのを、美咲は人魚ネイルの指先で引き戻す。

「…………食べなくちゃ」

皿に添えられていたバーガーポケットという紙バックに、全高二十センチはあろうかというバーガーをなんとか押し込む。はみ出さないようにしっかりと両手で挟み込み、精一杯口を開け、がぶりと齧りついた。巨大なバーガーの上から下まで、美咲の口の大きさではとても一気には噛みきれない、上半分のバンズ、パイナップル、トマトあたりまでが何とか口に入る。いろいろな触感と味が口の中で混ざり合い、飲み込んだ後も後を引いた。もう一口。もう一口。大きなバーガーは齧るたびに口に入る食材が変わり、味わいも変わる。バーガーの持ち方を変えて、齧る場所を変えて、もう一口、がぶり。むしゃむしゃ、がさごそ、もう一口、むしゃむしゃ。

「………………うう」

齧りながら、咀嚼しながら、美咲の瞳から大粒の涙がボロボロ零れ落ちる。

「……おいしい……」

涙を拭い、鼻を啜りながら、美咲はサザンビーチバーガーを食べ続けた。顔以上に心がぐちゃぐちゃで、食べる度にバーガーの味がその隙間に沁みていくようだった。仕事と真琴は関係ない。仕事がうまく行っていないことと、結婚式で幸せそうな真琴は関係ない、自分が資料を忘れてしまっただけだ。資料を忘れただけが失敗じゃない。それより前から、フォローしきれていない取引先の要望があった。業績が芳しくないプロジェクトがあった。要領が悪く残業が増えていた。煮え切らない思いを、見事に変貌した真琴に嫉妬しているかのように錯覚して、親友の華燭の典を心から祝う事が出来なかった。バーガーを齧るたびに、絡まっていた思考が、澱のように溜まっていた感情がほぐれていく。美咲は誰かに何かを語るようにバーガーを食べ、セットのサラダも付け合わせのポテトも次々に食べた。

「…………」

サザンビーチバーガーを食べ終わる頃、ようやく美咲の涙は止まった。脱力するに任せて茫漠とすると、波の音と、ビーチミュージックだけが聞こえてくる。こんなに山盛りのハンバーガーを一人で食べ切れるとは思わなかった。サラダもポテトも美味しくて驚いた。完璧だとかなんだとか、なにをそんなにこだわっていたんだろう。親友が綺麗になってて、ちょっと失敗して、羨ましくなったり落ち込んだりしていた。別にいいじゃないか。また明日から頑張ればいいや。今日はもう少しここでぼんやりしていたい……。

「……失礼します」

やや後ろからの声に目線だけを上げると、美咲のテーブルを担当している店員が、手にオレンジともピンクともつかない色の飲み物が入ったプラカップを持って控えめに立っていた。泣き腫らして赤い美咲の目を見ても平然としたまま、ハンバーガーの皿の脇あたりにカップを置く。

「……セルフサービスなんですが、お召し上がりになっていなかったようなので」

ブラッドオレンジレモネードと紹介された飲み物は、氷を含んでコロコロと揺れている。カップの周りは初夏の陽気でもうたくさん水滴がついていた。

「あ、ありがとうございます」

美咲が頭を下げると、店員は照れくさそうに微笑んだ。海辺の町が良く似合う、小柄で小麦色の肌の女性だ。そのまますぐに店内に戻るかと思いきや、店員はそれ、と美咲の指先を指差した。

「ネイル、可愛いですね」
「ああ……」
「間違ってたらごめんなさい、お客様、昨日のウェディング二次会にご参加されていませんでしたか?」
「え?」

虚を突かれた美咲が顔を上げると、やっぱり! と店員は朗らかに笑った。

「素敵なドレスで、印象的なネイルだったから……。あの、これ、お忘れじゃありませんか? お客様が会場で見てたなーって……」

店員が差し出したのは、パールがかった紙に水色のリボンをあしらった冊子と、同色の小さなカード──真琴の披露宴の席次表と、美咲の名前が書かれた席札だった。二次会の記憶は断片的にしか思い出せないが、どこかのタイミングで、席次表を出して俊也の名前を穴が開くほど眺めていたのは覚えている。その後のことは記憶にないから、そのまま適当なところに置いてしまったのだろう。酔いが回っていたのだろうか、思いがけずもう一つ忘れものをしていたなんて。赤面した美咲に、渡せてよかったです、と店員は微笑み、上機嫌で店内へと戻って行ってしまった。

「…………」

遠く聞こえる潮騒の音。
昨日は苦々しい思いで眺めていた席次表と、席札。

「……そういえば、何書いてあったっけな」

席札は長方形の紙を半分に折って、表側に名前が書かれている。内側には新郎新婦が一人一人に向けてメッセージを添えていることも多い。美咲の席札にもメッセージが書いてあったが、茫然自失していた美咲は、何が書かれていたのか思い出せなかった。

カードをゆっくりと開こうとする指先は、あの人魚のネイルが輝いている。

『大好きな美咲へ
美咲と同じくらい、俊也さんと海が大好きになりました
落ち着いたら一緒に湘南カフェめぐりをしたいな
私のオススメはサザンビーチバーガー!
真琴』

「サザンビーチバーガー……」

(美咲)

学生の頃も、就職して久々に会った時も、昨日の結婚式の時も。
真琴が私の名前を呼ぶ時、いつもどんなふうに笑っていたのか。

ああ、そうだ。真琴は優しく笑う人だった。その笑顔は愛に溢れていて、どんな時も、結婚式の時も、私を明るく照らしてくれていた。彼女はとても美しくなったけれど、その笑顔は変わっていない、変わってなんかいなかった。私が勝手に変わったと思い込んでいただけだ。大切な私の親友、真琴。なんで結婚式の席札にハンバーガーのことなんか書いてるのよ。私、今それ食べたばっかりよ。喉の奥から無性に笑いが込み上げてきて、美咲は口元を手で覆ったが、その代わりに肩を大きく振るわせることになってしまった。

「……湘南カフェ巡りかあ」

今の仕事が好きで、それなりにやりがいも実績もあると思っていたけれど、ここしばらく根を詰めすぎていたのかもしれない。プライベートが充実している真琴を羨ましく思ったのは、自分もそうしたいという気持ちの表れだったのか。現に今日、こうして海辺のカフェでハンバーガーを平らげ、レモネードを飲みながら寛いでいると、ささくれ立っていた感情が今日の海のように凪いで行くのが心地よかった。

美咲はその場に立ち上がり、植え込みから身を乗り出すようにして目の前の海を眺めた。水平線と海原は座っている時より少し広くなったが、まだ海の家などが遮り、一面に広がるとは言い難い。砂浜まで散歩してみようか。そうしたら、他にも素敵なカフェが見つかるかもしれない。都内の私にサーフィンは無理だけど、時々カフェを巡るくらいだったら出来るかもしれない。私だって海が好きだ。私だって真琴が好きだ……。会計を済ませると、まだ赤い目で真っ直ぐ海を見据え、美咲は歩き出した。

湘南の海は午後の日差しを受け、人魚姫の涙よりも目映く輝いていた。

★今回のカフェ★
サザンビーチカフェ http://www.southernbeachcafe.tpd-jo.co.jp/
神奈川県茅ヶ崎市中海岸4-12986 茅ヶ崎迎賓館1F
サザンビーチバーガー(ランチメニューより)

★サザンビーチカフェ プレス担当 大工園 雄樹様よりコメント★

サザンビーチカフェでは、お客様に海を感じる時間をご提供したいと考え、その時間に合うお食事やドリンクをご用意しております。海は季節や時間帯によって表情が変わるので、一度いらしたことがある方も、ぜひ別の時間帯にも来てみてください。朝や夕方の海の空気感は格別です。冬の落ち着いた海を眺めながらコーヒーやグラタンをお召し上がりいただくのも素敵ですね。長年勤務している僕でも未だに日々新しい発見があり、思わず手を止めて見入ってしまうこともあります。お客様が日常的に海と触れ合うことができる空間でありたいと考えております。
散歩の途中に公園で遊んでいくような感覚で、気軽にお越しいただければ幸いです。平時はビーチクリーンやビーチヨガといったイベントも開催しております。また、お食事していただいたお客様には、ビーチで遊べるおもちゃを無料貸出しております。お食事をして、海で楽しく遊んで、素敵な一日の思い出にしていただければ嬉しいです。

サザンビーチカフェと、茅ヶ崎迎賓館。見晴らしのよさそうなガラスチャペルが見える。

テラス席。2020年は植栽なしとのこと。この年は海の家もないので最高の眺望。

ドリンクサーバーは、マグカップとプラカップを選べる。

ランチタイムは11~17時。ビーチのゆったり時間にマッチして嬉しい。

カフェ利用者に無料貸出しているおもちゃ。楽しく遊べそうだ。

□ライターズプロフィール
吉田けい(READING LIFE編集部公認ライター)

1982年生まれ、神奈川県在住。早稲田大学第一文学部卒、会社員を経て早稲田大学商学部商学研究科卒。在宅ワークと育児の傍ら、天狼院READING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。趣味は歌と占いと庭いじり、ものづくり。得意なことはExcel。苦手なことは片付け。天狼院書店にて小説「株式会社ドッペルゲンガー」、小説「明日この時間に、湘南カフェで。」を連載。
http://tenro-in.com/category/doppelganger-company

□カメラマンプロフィール
山中菜摘(やまなか なつみ)

カメラマン。 天狼院書店スタッフ。横浜市生まれ。全国7店舗に拡大中の次世代型書店『天狼院書店』にて、店舗責任者、メディア広報、企画編集業務を担当。天狼院フォト部マネージャーとして初期5名だったグループを5年で累計参加人数2,800名様以上のコミュニティに成長させる。現在は講師としても活躍中。雑誌『READING LIFE』カメラマン。天狼院書店で働く傍ら、WEB、雑誌を始めとしたカメラマンとしても活動中。

この記事は、人生を変える天狼院「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」をご受講の方が書きました。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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