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「看取り士さん」と「パンの先生」から教えてもらった生き方のヒント


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:串間ひとみ(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
看取り士という仕事をご存じだろうか?
 
先日お世話になっているカフェで、私のパンの先生でもあるオーナーに
 
「看取り士をされている方なの」
 
と紹介されたとき、とっさに
 
「何年か前に『おくりびと』という映画ありましたね? 本木雅弘さんが主演の……」
 
言い終わらないうちに
 
「ああ、それは納棺師ですね」
 
と返されてしまった。納棺師とは、文字通り葬儀の前に遺体を整え、棺桶に納める仕事をされている方だ。調べてみると、具体的には遺体の腐敗を防いだり、最後の姿として表情や雰囲気を化粧などしてきれいに見せることで、遺族や葬儀に参列される方々が安心して見送れるようにするのだという。
 
そうそう出会うことのない、人の死に携わる職業の方に興味がわき、失礼ついでに聞いてみた。
 
「すみません。勉強不足で。看取り士さんは、どんなお仕事をされているのですか?」
 
「納棺師は、亡くなった後に仕事をします。私たちのような看取り士は、亡くなる前から亡くなった後の本人、家族の方の気持ちをケアする感じですかね。医療行為はできませんが、本人や家族に寄り添い、亡くなるまでのまでの時間や心のありようをお手伝いするような仕事です」
 
「そんな仕事があるんですね。全然知りませんでした」
 
「もともとは看護師をしていました。病院だと毎日死を目にするので、それが日常化して、慣れてくるんです。もちろん悲しいとか、辛いとか、ご家族の様子を見るとたまらない気持ちにもなりますが、病院の中では、仕事として淡々と人の死と向き合うという感じでした。でも、本来『死』というのは、お一人お一人にとっても、そのご家族にとっても、生まれたときと同じく、一生に一度しかない、もっと大事にされるべき時間なのではないかと思ったんです。もちろんお医者さんや看護師さんも、そのときを迎えるためのフォローをされますが、なかなか十分に手が届いていないというのが現状だと思います。お医者さん、看護師さんには、生きている人たちのための仕事もあります。彼らが頑張ってくれることで、元気に生きていける人がいるのですから。ふだんは彼らの疲れを癒すための体のメンテナンス(たぶんマッサージとかその類と思われる)をする仕事をしていて、病院から依頼されたとき看取り士としての仕事をしています」
 
「看取り士さんって、けっこういらっしゃるんですか?」
 
「うちの市だと5人くらいですかね」
 
私の住む市の総人口は、約25万人。この数字が多いか、少ないかは全く分からないが、いずれにしても、とてもレアな職業の方が、私の知らないところで、死を目の前にしたご本人や家族のために頑張っていらっしゃるのだということを知った。
 
私はふと、父のことを聞いてみようと思った。私の父は、海の事故で亡くなった。幸いにも遺体は無傷で返ってきたが、潮の流れによっては沖の方に流されて見つからなかったり、海の中で岩などにぶつかったりして体が損傷することも珍しくないそうだ。
 
「家や病院で亡くなる方は、そのような心の準備的なことができるかもしれませんが、突然亡くなる方はどんな気持ちなんでしょうか?」
 
一瞬ためらったが、
 
「私、父が亡くなったとき喧嘩をしていて、1週間ほど口をきいていなかったんです。朝釣りに出かけるとき、玄関から『行ってきます』と言う父の声を聞きました。母と弟はそれに対して『行ってらっしゃい』と答えましたが、私は言わなかったんです。布団の中でそのやりとりを聞いていました。はっきり覚えています。今となっては、何が原因かも全く思い出せないようなつまらない理由で、私は父の最後の言葉に答えなかったんです。もちろんそうでなかったとしても、父が死を免れたとは思いませんが……」
 
話しながら、薄らいでいた後悔の念が湧きだしてきて、言葉に詰まった。
 
「私たちの考え方では、『大丈夫』って2つの意味があるんです」
 
私の話を聞いていた看取り士さんが、静かに口を開いた。
 
「『生きている私たちが、亡くなった人に対して、こちらのことは心配しないで大丈夫だよ』という意味と、『亡くなった人たちが、亡くなったことをいつまでも悲しまないで。向こうの人たちが迎えに来て、ちゃんとやれてるよ。心配しないで大丈夫だよ』という、こちら側からとあちら側からの2つの心配しないで大丈夫という意味です。お父様は、喧嘩していたことをあちらの世界に持っていって、嫌な気持ちで過ごされていると思いますか? もしもお話できたとしたら、そのことをとがめられると思いますか?」
 
「いいえ……」
 
答えは分かっている。絶対に父が私を責めないという自信がある。怒られることもたくさんあったけれど、父はとても分かりやすい、ストレートな愛情を注いでいてくれた。父のおかげで、人生の道を踏み誤らずに歩いてこられたと、今振り返っても、その場面が鮮明に思い出せるようなことがいくつもある。一緒に過ごした20年という時間は、数字にすればそれなりの時間なのだろうが、本当にあっという間だった。
 
人の死に直面したとき、後悔せずにいられる人はどれくらいいるのだろうか。父のときも、祖父のときも、祖母のときも、私は後悔してばかりだった。
 
祖父のときには、体調が悪くなり施設に入ったことは知っていたが、身内の事情ですぐに会いに行くことがはばかられたため、次回帰省した際には、必ず行くからと自分に言い聞かせているうちに亡くなってしまった。祖父の死から、私はできるだけ月に1度は帰省するようになった。会いに行けるチャンスがあったのに、祖父に会いに行かなかったことをとても後悔したからだ。だから長いこと施設に入っている祖母には、少しでもたくさん会う機会を作ろうとした。子どもが男ばかりだった祖母は、孫の中で初めて生まれた女の子の私のことを、とてもかわいがってくれた。脳梗塞が原因で半身不随になり、言葉を発することができない祖母だったが、私が行くと笑顔を見せてくれた。独り言のように近況報告をする私の言葉を聞きながら、眠ってしまうこともあったが、調子がいいときは、動く方の手で一生懸命に、帰り際の私に手を振ってくれることもあった。祖母のところには頻繁に通ったが、やはり早くそうしてあげればよかったという後悔しかなかった。
 
みんなに平等に訪れるものだと分かっていても、「死」を直視することは難しい。別れる現実を受け入れたくない自分がいるのだ。第三者の立場とはいえ、そのような別れの場面に立ち会う、納棺師や看取り士さんは、どんな気持ちでお仕事をされているのだろうか?
 
看取り士さんの勉強会のような場で、このような質問をされたそうだ。
 
「もし自分が94歳で、認知症で家族の顔も認識できない、大腸がん末期の患者だったとします。大量の出血をしました。そのとき、家族にどうして欲しいですか? ①そのまま ②輸血をする ③できる限りの延命措置をする」
 
看取り士の資格自体が、看護や介護の資格を持っていることが条件になるので、そこにいらっしゃった方のほとんどが、医療関係者だったそうなのだが、全員が①を選んだという。
 
「家族の顔も分からないような状態で、年齢も年齢だし、家族の負担になりたくない」
 
というのが、その理由だ。
 
それに対して、それがもし自分ではなく家族の誰かだったらという質問に対しては、②や③を選択する人が多かったという。医療機関のどの部門で仕事をしているかにもよるだろうが、私のような一般人よりも命と接する機会の多い医療関係者でも、家族のこととなれば、自分に対してして欲しい選択とは違う、つまり本人の意思ではなく、言い方を選ばなければ家族側のエゴが優先された選択をすることもあるということだ。もちろん、本人が延命措置をして欲しいと思う場合があっても、何ら不思議ではない。現に私は、この質問を聞いたとき、延命措置をして欲しいと思った。やりたいことがあっても、その状態ではやることが難しいと思いつつ、現実的な想像ができなかったこともあるし、単純に死に対する恐怖もあるからだ。ようは、自分か家族かでは、命に対する考え方や選択に違いがでることも、珍しくないということだ。
 
「看取り士として仕事をするとき、ご本人とご家族の思いの違いを理解したうえで、できるだけご本人の意向にそうようにします。その違いはお互いへの思いやりであることがほとんどなんです。死はその人のものですが、その死にどのような意味づけをするかは、残された方のものです。悲しいのはもちろんですし、もっとこうしてあげればよかったと後悔することもありますよね。だけど、ご本人は亡くなった後、ご家族にずっと悲しんで欲しいとか、自分に対して後悔し続けて欲しいとは思っていないと思います。亡くなられた側の残された側、自分に対する気持ちを想像することで、自分側だけでその方の死をとらえてしまうより、ずっといい意味づけができそうではありませんか?」
 
その通りだと思った。家族の死に対して、私は自分側からだけしか見ていなかったかもしれない。父だけでなく、祖父も祖母も、私側からすれば、十分に何かをしてあげられたという気持ちにはなれないけれど、祖父、祖母側からすれば、私が思っているよりも、少ないながらも一緒に過ごした時間をずっとよかったと思ってくれているかもしれない。父と同じく、鮮明に思い出せる懐かしい思い出がたくさんあり、愛情をもらっていたと分かるから。
 
「付け加えると、死について縁起でもないって言われがちですけど、ご家族がどのような最後を望まれるかというのは、元気なうちから話していた方がいいんです。いざそのときになって、先にお話しした質問の状況のように、ご本人の意向を聞けないような事態になることもありますから。もちろんそれを嫌がる方もいらっしゃいますから、相手によってケースバイケースですけど」
 
自分や家族の死を考えることがこわくて近づこうとしなかったが、そういえば、エンディングノートや終活といった言葉も珍しくなくなった。エンディングノートとは、自分の情報や亡くなった後の希望を書き残し、残された方が困らないようにするもの。つまり、どのような事態になっても、家族が本人の意思を尊重してあげることができたり、まして私のように死について直接話せない相手にも、自分の意思を伝えることができるのだ。人生の最後に、できるだけ本人の意思を尊重してあげたいと思う家族にとってはありがたい存在だ。
 
「私は、父の入院中に聞いたよ。延命治療したいか、亡くなった後はどうして欲しいかとか。よく聞けるねって言われたけど、本人の思うようにしてあげたいと思ったから。ちゃんと調べて、一部は海に散骨したのよ。本人が希望したから」
 
パンの先生の言葉に内心驚いたが、お父様の望む見送り方ができたのは、うらやましいと思った。釣り好きだった父は、海が好きだった。今となっては知る由もないが、もしかしたら先生のお父様のように、海に散骨して欲しいと思っていたかもしれない。
 
「ちなみに、私はいつ死んでも大丈夫なくらい、自分に何かあったらこうして欲しいというのは、家族に言っているよ。まだ死にたくないと思うような生き方をしないように、自分がやりたいと思ったことは、やるようにしてるし」
 
パンの先生の話を聞きながら、漫画ワンピースの一場面を思い出していた。
 
ヒルルクというキャラクターが
 
「まったくいい人生だった!!!!」
 
と言って、死ぬシーンがある。何度読んでも泣いてしまうシーンなのだが、悲しいということもあるのだが、自分がこう言って死ねるような生き方をしているだろうか? と考えてしまうのだ。現実ではそうでない自分がいて、そういう生き方ができているかっこよさに憧れているのだと思う。パンの先生もまさにそう。
 
「死について考えたり、話したりするのは、ちょっとこわいなと思いますよね。だけど、死を意識すると、生きていることに対して感謝しかなくなるんですよ。朝目覚めること、美味しいご飯が食べられること、青信号が続くこと、どんな小さなことでも生きているからこそ味わえることですから」
 
帰り際にそう言った看取り士さんの言葉は、たくさんの方の人生の最後に触れてきた重みを含んで、ずっしりと胸に突き刺さった。今までなんとなく避けてきた、死について考えることは、人生を大事に生きていくうえでとても大切なことなのだ。
 
生まれてきたら必ず迎える死という人生の終わりに、後悔しない生き方をしたいなと2人の話を聞いて改めて思った。そして感謝して終えたいなとも思った。
 
 
 
 
***
 
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2021-08-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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