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イギリスのサンドウィッチは、不味いことに価値がある


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:石綿大夢(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
不味い。こんなに不味いサンドウィッチを、僕は食べたことがない。
イギリス、ロンドンのホテルの一室で、僕は一人悶絶していた。ホテルに近い、日本でいうコンビニのような売店で買ったチキンとセサミのサンドウィッチだった。
棚に並んだ数々の商品の中から、最も無難そうなものを選んだつもりだ。英語が得意でない僕でもChickenとSesameぐらい理解できる。
どうして? それなのにどうして鶏肉とゴマのサンドウィッチが、こんなに美味しくないんだ。
悲鳴をあげる舌とは裏腹に、僕は嬉しくて叫び出したかった。
 
大学4年生の三月。僕は焦っていた。
今まではのんきに遊んでは友人たちと飲み明かし、騒いでいた。しかし大学生活も終わりが近づくと、状況は変わってくる。就職を決めた友人たちは卒業を前にしながらも、やれ新人研修だ何だと忙しそうだった。僕は大学院への進学を決めていたので、比較的時間に余裕があった。
というか、暇だったのだ。何もしていない自分が嫌だった。
そこでふと思い立った。イギリスに行こう。
 
僕の研究分野は、演劇学だ。演劇の歴史や理論を学ぶ。特に西洋演劇の研究をしていたが、本場であるヨーロッパで生の舞台を見たことがなかった。“生”であることや“ライブ感”がキモの演劇を、本場で体感したことがないというのは、研究者としてはいささか恥ずかしい。
そうだ! 本場の演劇を見たい。そうしたら論文にも説得力が出てくるだろう。まだハタチそこそこの浅はかな僕は、そう信じて疑わなかった。
 
実はこのイギリス・ロンドン旅行には、もうひとつ“別の”目的があった。
“食”、つまりは現地の食べ物に触れることだ。
昔から、食べることが本当に好きだった僕は、
噂を聞いては三時間近くかけて評判の店を訪れ、見知らぬ商店街に降り立っては、隠れた名店を見つけたいと街を練り歩いたりした。
そこで出逢ったサクサクのハムカツや、ほっこりとしたコロッケ。地元の人や、練習終わりの野球部員が笑顔で頬張っている、チェーン店にはない、その“地の味”に興味があった。
是非、イギリスの“地の味”を食べてみたい。
観光客用に整理整頓された味ではなく、現地の人が実際に普段食べている料理を味わってみたい。美味しくないと言われることの多い、イギリス料理だが、本当にそうなのか。それほどでもないんじゃないか。
味が濃いのか薄いのか。どんな香り、色なのか。
その“地の味”を体験したかった。だから心も舌もワクワクしていたのだ。
 
「そこの店はもう、閉店だよ」
通りがかりのおばあさんは、多分そう言っていたのだと思う。
しくじった。痛恨のミスをしていた。
劇場から5分ほどのところに、あまり観光客が行きそうにない、地味なハンバーガーショップを見つけておいた。しかし肝心の舞台を見終えて、半ばスキップ気味に店に来てみるとひと気が無い。
完全に閉店時間を見落としていた。最初にのぞいた時、あの恰幅のいい腹の出た店主に聞いておくべきだった。
いかにも旨いものを作ってくれそうな、あの太い腕からどんな料理ができるのか楽しみだったのに。
イギリスに到着して1食目はそこにしようと腹を決めていたのに。
 
仕方ない。諦めて違う店にするしかないか。そう思うと、急にとてつもない空腹感が襲ってきた。
それもそうだ。イギリスに到着してから8時間。その間に口に入れたのは、ミネラルウォーターのみ。空腹で胃がキリキリと痛み出してきた。
僕はこだわりを捨て、とにかく何か食べるものはないかと街を彷徨い始めた。
いつの間にか、夜の闇に紛れて雲が次第に空を覆い始めていた。
日本の繁華街とは違い、夜22時を過ぎるとほとんどのお店はすでに閉まっている。
“地の味”を食べたい。世界の食文化を体験したい。そんな計画は脆くも崩れ去り、ふらふらと店を探す。もうどこも空いてないんじゃないか。まさかこのまま何も食べられないのか。いつの間にか、泊まっていたホテルの近くまで来ていた。
その時、煌々とつく明かりが目に入った。
 
どうやら、地元の人が使うようなコンビニらしい。
チャンスだ。コンビニならパンとかスナック、サンドウィッチなんかもあるだろう。
見たところ、おそらく日本のコンビニとさほど変わらないラインナップだ。
胃の痛みに加えて、長旅の疲れがどっと出てきた。なんとかサンドウィッチの棚に向かった。
チキンと……セサミ。鶏とゴマだ。今、新しい味に挑戦する心の余裕はない。味が想像できる、これにしよう。会計を済ませ、足早にホテルに戻る。
外はポツポツと雨が降り始めていた。
 
部屋まで戻ると、それまでの焦りも少し落ち着いていた。
紅茶も淹れた。準備は万端だ。
勢いよく包装紙を破り、中身をあらわにする。少し乾燥気味のパンの間から、ボイルされたであろう白くしっとりとした鶏肉が少し垣間見える。
いただきます! 僕は大きな口で、思いのままかぶりついた。
 
思わず、声が出た。えっ?これは……なに?
確かに食感は鶏肉だ。しかし、味がしない。不味い。こんなに不味いサンドウィッチを僕は食べたことがない。噛んでいくと、微かに奥の方から鶏肉の風味がする。
例えて言うなら、味わいを抜いた肉食感の粘土みたいだ。
不味さに思わず眉間にシワが寄る。口の中に広がる不快感を味わいながら、僕は同時に猛烈に感動していた。
これだよ! 俺が食べたかったのは、こういうのだったんだよ!
そうだよ、確かに不味い。でもきっと現地のロンドンボーイたちは、これを買って近所の公園で本を片手にこいつを頬張ってるんだ。大学の教室で、談笑しながらこいつをかじってるんだ。
青い目をした頭の中のロンドンっ子が、にこやかに笑いかけてくる。味の感想を聞いてくる。
いや、美味しくは、ないよ! でも最高だ!
拙い英語で必死に答える自分を想像して、一人部屋で笑ってしまった。
 
あれから10年以上の時が経った。
先日、“食べるぞ! 世界の地元メシ”というフェイスブックグループを見つけて、即入会の申請をした。世界各地の“地元メシ”が紹介され、そのどれもが観光客向けには作られていない料理だ。時々、なんとも魅力的で不味そうなものがある。
次はどこで何を食べてやろうか。
コロナ禍で海外への渡航はおろか、外出にだって気を遣う。だから今はまだ妄想ばかりだ。
頭の中で、あのサンドウィッチを超えるなにかを、思いっきり頬張る。
不味くて最高な、“地の味”を求めて、海を渡れる日はいつになるのか。
あのサンドウィッチは、とてつもなく“生”で、“ライブ”だった。
 
 
 
 
***
 
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2021-08-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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