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花束になった君にしか会えなかったけど


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:Hisanari Yonebayashi(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
駐車禁止の道路標識のポールにはいつも花束が縛りつけてあった。
 
通勤で毎日通る道だった。
引っ越ししてすぐに気づいたが、それはいつも見る風景の一部になっていた。
誰かが交通事故で亡くなって、ご家族か友人、加害者かもしれないが定期的にここに来て献花しているのだろうと思っていた。
どのくらいの頻度で交換されていたのか、花は完全に枯れることはなく、常に季節折々の色を放っていた。
 
木の幹に抜け殻を残し、蝉が鳴き出していた。
今日も暑い日になるのだろう。
駅に向かう途中、歩道でおばあさんがうずくまって座り込んでいた。
 
「大丈夫ですか?」
 
僕は駆け寄り、おばあさんの肩に手を当て話しかけた。
彼女は僕を見ると一瞬、目を見開き
 
「よしあき?」
 
と言うと、苦しそうに浅く速い呼吸を繰り返した。
 
「ご自宅はお近くですか? 救急車呼びましょうか?」
 
僕はおばあさんの肩を支えながら歩道にあったベンチに座らせた。
 
「お花が……、お花……」
 
僕の問いかけに答えることもなく、彼女は荷物を確かめ始めた。
細長いトートバックには花束が入っていた。
花を持っていることが確認できると彼女は安心したのか僕の方を見て言った。
 
「大丈夫、大丈夫。ごめんなさいね。ちょっとめまいがしちゃって。死んだ息子が迎えに来ちゃったのかと思ったのよ」
 
おばあさんはそう言うと立ち上がろうとした。
 
「急いでないなら、少し休まれた方がいいと思います」
 
「そうね。もう大丈夫。ここでしばらく休んでから行きます。どうもありがとうございます」
 
意識もはっきりしてきたようだ。
僕は少し安心しておばあさんに尋ねた。
 
「もしかしてそのお花は……」
 
僕は10mくらい先の道路標識の方を見た。
 
「あ、そうなの。これはあの標識に縛るの」
 
「さっきお亡くなりになった息子さんがって、おっしゃってましたけど……」
 
「もう20年も経つわ。中3の時にここのビルから飛び降りちゃったの。遺書もなんにもないのよ。自殺か事故かも分からない。ある日突然いなくなっちゃったの。いろんな人に迷惑かけちゃってねぇ」
 
おばあさんは眩しそうにビルを見上げながら言った。
 
「毎日、ここを通って本人に聞いてるんです。どうして死んじゃったのって。健康だったのに親より先に死ぬなんて一番の親不孝ですよ。生きていたら、あなたと同じくらいじゃないかしら。だからさっき息子の名前言っちゃった。ボケちゃったわねぇ。ごめんなさいね」
 
「いつもお花、綺麗だなと思って見ていました」
 
「ありがとうねぇ。何年もあんなところにお花縛りつけて、気持ち悪いと思っている人も多いんでしょうね」
 
「もう、大丈夫そうですね。今日も綺麗なお花ですね」
 
「ありがとう」
 
おばあさんはベンチに座ったまま、頭を下げた。
 
20年前。
遺書もなく転落死。
中学3年男子……。
僕はそれからずっと死んでしまったよしあき君のことを考えていた。
 
その日の夜、僕は首都高湾岸線を車で走っていた。
京浜工業地帯の灯がイルミネーションの様に暗闇に浮かび上がる。
製油所の煙突から時々吹き上がる炎が揺れては消えていった。
煙突の横を通り、その先端から大きく吹き出した炎が消え、夜空をさらに黒く染めたとき、僕の記憶は蘇った。
 
【20年前、横浜市で中学3年生転落死】
 
その時僕は19歳で予備校生だった。
僕の通う予備校の寮で飛び降り自殺騒ぎがあったのと同じ日。
さらにその日は地方では珍しい人身事故で乗るはずだった電車が遅延していた。
僕は家に帰ることができず、ざわつく札幌駅の待合室でテレビを見上げていた。
その時に流れていたのがこのニュースだった。
第一報だけでその後はニュースになることも無かっただろうが、僕の脳裏には強烈に焼き付いた出来事だった。
そのニュースに映っていたマンションや歩道の映像と毎日歩いている通勤路が完全に合致した。
 
翌朝、道路標識のポールには昨日、おばあさんが持っていた花束が縛ってあった。
僕は立ち止まり、ビルを見上げた。
集合住宅は最上階が9階だった。
中学3年生だった彼はなぜそこにいたのだろう?
そして、どうして落ちてしまったのか?
それとも、飛び降りたのか?
屋上から足が離れて地上までの数秒間、彼は何を思ったのだろう?
疑問は尽きないが答えられる人は誰もいない。
 
「健康だったのに親より先に死ぬなんて一番の親不孝ですよ」おばあさんの言っていた言葉が重く張り付いて離れることはなかった。
 
秋になり街路樹が色を変えようとする頃、僕は再びよしあき君のお母さんと会った。トートバッグには花束が入っていた。
 
「おはようございます。僕の事、覚えていますか?」
 
「はいはい、覚えてますよ。その節はありがとうございました」
 
「僕、20年前にここであったことが、よしあき君の事がニュースになって、そのニュースを見た記憶があったんです! まさかあの現場がここだったとは、その時僕は北海道に住んでいて……」
 
僕は20年前にニュースを見たこと、そしてそれを思い出したことをおばあさんに話した。
 
「そうですか。そうですか。そんなこともあるんですねぇ。なんだか、嬉しいですよ。理由も分からず勝手に死んじゃった息子の事を覚えていてくれてる人がいるなんて」
 
「僕は親より先には絶対死ぬまいって思いました」
 
「そうしてくださいね。よしあきの死が人の心を動かすこともあるんですねぇ。なんだかビックリしましたよ。不思議な事があるものですねぇ」
 
おばあさんはハンカチを目に当てながら言った。
 
よしあき君が20年前、マンションの屋上にいたとき、僕は1000㎞以上離れた予備校にいた。
そして、その日の夕方、彼の死をニュースで知った。
ついこの間までは知らない人だったけど、20年後、僕は彼のお母さんと出会い、よしあき君の事を知った。
もうこの世に存在しないよしあき君と僕はここで出会ったのだ。
この奇妙な出会いが僕に命の尊さや親が子を思う気持ちを深く刻み込んでくれた。
花束になってしまったよしあき君にしか会えなかったけど、よしあき君とは友達のような気持ちになっている。
 
「今日はお花が新しくなっていたね。君のお母さんはまだまだ元気だよ!」
 
僕は今日も花束に向かって親指を立て、グッドサインで出勤するのだった。
 
 
 
 
***
 
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