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メディアグランプリ

悔しさは消えない。では、如何するか(私が書き続ける理由)


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:山田THX将治(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
「第一位は定期的にペースを崩さず、投稿し続けてくださった山田さんです!
山田さんから見た独創的な世界の記事がおもしろかったですね!」
 
これは6年程前、私がライティングを本格的に学び始めた頃、天狼院の第一回メディアグランプリで首位を獲得した時に頂いたコメントだ。
首位といっても当時のランキングは現在と違い、部門別に分かれていた。私が首位に立てたのは、『お客様部門』というライティング・ゼミの前身であるライティング・ラボ参加者だけに限定したカテゴリーだ。
なので、三浦店主を始め天狼院のスタッフや、プロのライターさんや編集者さんとは分離した部門なのだ。もっとも、そうでもなければ、私の様な筆力の無い者が首位に為る訳がなかった。
 
それでも、誉められることは嬉しいものだ。
私はそれ以来、初めに褒めて頂いたことで、今でも書き続けていられると公言してきた。それが、無難な答えと思ったからだ。
 
私がコンスタントに投稿する様に為ったのは、ライティング・ラボが数回開講された頃、天狼院のスタッフから、
「山田さん。折角の投稿権ですので、提出して下さい」
と、念を押されたことからだった。
何でも、受講生数に比べて記事提出が少ないとのことだった。
私は、
「自分の様な年寄りが率先だって書けば、若者は書かざるを得ないだろう」
と、思い立った。
老婆心ながら、若い受講生に奮起を促したかったのかもしれない。
 
しかし本当は、このグランプリ首位を獲得する半年前、
「しまった! 先に書かれた!」
と、感じた悔しさが有った。
その悔しさは、在る人物に対して感じたものだ。
 
 
私が、天狼院でライティングを学び始めた時から、同い年のN氏という知り合いがいた。小柄で落ち着きがあり、物静かなN氏は、声と図体がデカく、やたらと江戸弁でまくし立てる私とは正反対な存在だった。勿論、N氏は、私に比べて知的で教養溢れる大人として、周囲から認知されていた。
N氏の人物像は、それで間違いは無かった。
スピーチ講座で講師を勤め、天狼院でも講座を開いた経験が有るN氏は、著書も執筆していて、私等とは比べ様もない筆力だった。しかも、その教養や筆力は、圧倒的な読書量が根底にあった。どんなジャンルの本も、実によく御存知だった。
 
それでも、同じライティング・ラボという土俵に立って、N氏が最初に書き上げた、
『結婚しても男が「イクメン」や「カジメン」に絶対になってはならない理由』
と題した記事が、いきなりバズった。6年前のことだ。
この、ややもすれば炎上しそうな題名の記事は、読み進めると初めの印象とは全く違った内容のものだった。
今読んでも、実に見事な記事だ。N氏の記事は、三浦店主にも褒められることと為り、状況が一変した。
何故なら、私に大きな“悔しさ”をもたらしたからだ。
 
6年も前のことなので、もう“負け犬の遠吠え”とは為らないと思う。
実は、N氏の記事と同じ内容のことを、私は既に数十年前から思っていたからだ。家事が得意ではないウチのカミさんからは、常々言われてきたことだったからだ。
6年前の私には、それがバズる程のコンテンツに為るとは、考えが及ばなかったのだ。それにも増して、私にはN氏程の筆力は望むべくも無かったのも事実だった。
私は今日でも、この時の悔しさを忘れてはいない。
悔しがってばかりもいられないので、一旦これを封印し、N氏や他の受講生に遅れまいと付いていくことだけを考え始めた。
 
それが、今でも書き続けることが出来ている理由の一つだ。
 
 
私だって以前から、何かを書いたり読書をしたりすることは厭わなかった。
但し、誰かに読んで頂こうとか、筆力を上げる為に読書しようとは考えていなかった。そこには、全く自分勝手で気儘な書き物や読書でしかなかったからだ。
 
天狼院でライティングを学び始めてから、それまで以上に筆力不足と読書不足を痛感する様に為った私は、リカバリーの方法を探った。
当たり前の話だが、筆力は一朝一夕に上がるものでは無い。しかも、私は根っからの怠け者だ。
取柄といえば、一旦始めたことをなかなか止めないシツコイ性格であることだけだ。正確には、諦めの悪さは他に引けを取ったことが無いということだ。
私は、折角の事なので、持ち前の諦めの悪さをライティングに利用しようとも考えた。要するに、誰よりも続けようと自分に誓い、続けろと命令した。
 
その後、ラボは天狼院ライティング・ゼミに昇格し、受講生も益々増えた。
私は、それまでにも増して置いて行かれない様にするのに、キュウキュウと為っていた。私の筆力が、一向に向上しなかったからだ。
その間、多くの方々が、ゼミを継続出来ず離脱していった。私には彼らの真意を測りかねるのだが、どうやら、天狼院のWebページへの掲載が思う様に為らなかったことが一番の理由らしい。
私はと言えば、元々の低筆力故、掲載率は著しく低かった。しかし、それでメゲることは無かった。当然の結果に過ぎないことは、自分自身が一番解かっていたからだ。
そして私は、有り難いことに意外と鈍感だ。それにも増して、記事が掲載されないことで、気分がネガティブに為っている自分が嫌いだった。
その上、還暦を間近にした(当時)私に、落ち込んでいる余裕は無かった。時間を持て余す若い方々とは違い、それは時間の無駄でしかないからだ。
 
落ちても(記事が掲載されなくとも)落ちても書き続けている内、いつしか私は、書くことが楽しくなってきた。自宅に戻り、PCの前に座ることが、嬉しくて仕方がなくなった。
それは、物を書く目標(締め切り)が、在ったからだろう。
本当に、有難い限りだ。
 
 
「山田さん。入試受けないのですか?」
一通のDMが届いた。
それは、天狼院のライティング・ゼミに、上級クラスの『プロフェッショナルコース』が開設された時だ。入試とは、『プロフェッショナルコース』への試験のことだ。
送り主は、スタッフの川代さんだった。
私は、短いDMの裏に、
「オイ、山田! まさか、入試を受けない選択は無いよな!」
と、本音が隠されているのを読み取った。正確には、勝手に読み取れたと思った。
私は、よく利用させて頂いている天狼院との今後のことを考え、
「ハイ、勿論受験させて頂きます」
と、即レスを返した。その裏には、
「解りました。受験しますから、御勘弁下さい」
と、本音を隠していた。
 
そもそも、筆力の無い私が、上級コースに付いて行く自信は無かった。その上、通常コースより格段に高い受講料と、受験料のことをカミさんに相談出来ずにいたのも事実だった。
 
要領を得ないまま、私は受験当日天狼院に向かい、店頭で受験料を払った。
そこには、出題をしてくれるはずの三浦店主も川代さんの姿も無かった。
暫くすると、通信画面に川代さんが現れ、
「ではこれから、入試を始めます。テーマは、こちらです。二時間で5,000字の記事にして下さい」
と、手でテーマが書かれた小さなホワイトボード立てながら告知して下さった。出題テーマは、極秘でとも釘を差された。
私は、
「すみません。今日ここで書くとは思っていなかったので、PCを持って来ていません」
と、最後の抵抗を試みた。分の悪い雰囲気から逃げ出そうとも思っていた。
「あ、手書きでいいですよ。スタッフ、山田さんに2・3枚紙を渡して」
と、川代さんは、私の手の内を御見通しの様子だった。
実際、他に二名居た受験生は、ちゃんとPCを持参していた。
 
私は押しつぶされそうな空気を避けようと、一旦店外へ出てタバコを一服した。
 
「さぁ、如何したものだか」
私は、無い頭をフルスロットルで回した。紙を取り出し、天狼院で教わった通りのメモを書いてみた。
しかし、そこには大きな壁があった。それは、課題テーマが難解だったからだ。
ただし、難しいと思ったのは私だけだった様だった。現に他の受験生は、“始め”の合図が出た途端、堰を切った様にキーボードを叩いていた。
しかし、文句を言ったところで埒が空く訳ではない。
私は気を取り直し、店内に戻った。そして、手書きの為にキーボードを打てない代わりに、最近は慣れないボールペンを必死に走らせた。
 
不思議なことに、無理矢理に苦手なテーマを書き続けている内、着地点が見えてきた。間違い無く、これまで書き続けてきたからこそ見付かったのだろう。
 
悪筆な上に漢字が書けない私は、スマホを辞書代わりにしながら、何とか入試を提出した。手書きなので正確な字数は不明だったが、多分、3,000字と少しだったと思う。
ただ、間違い無いと思ったのは、入試の突破は無いだろうということだった。
 
 
数日後、意外なメールを受け取った。
何と、川代さんから『天狼院ライティング・ゼミ プロフェッショナルコース合格』なる知らせが届いたのだ。そこには、
「これからも共に学びましょう」
と、何とも嬉しく励みになる言葉が書き添えられていた。
これも本当は、実力上位の川代さんからの励ましだったと思っている。
私は今でも、手書きで提出した答案を、私の悪筆のせいで三浦店主が解読出来ず、
「ま、山田さんは長く続けているから合格でいいんじゃないの?」
と、温情を掛けて下さっての合格と思っている。
その証拠に、プロフェッショナルコースに昇格後、私の記事は一向に掲載される気配が無かったからだ。
時には講評で、
「拝見します」
「つまらないです」
と、たった二行で終了したことが有ったぐらいだ。
恥ずかしい思い出ではあるが、私は、どんな酷い文章でもちゃんと講評を返して下さることに感謝した。
そして、読んで頂けるのだから書き続けなければと再確認した。
 
三浦店主の教えは一貫して、
「問題の解決は書くしかない」
「量(書く)に勝る正義は無い」
「考える前に書いてみろ」
と、兎に角、書き続けることだった。
私は素直に、教えに従った。従い続けた。
そして一つの答えを見出した。それは、誰にも負けず書き続けることが出来れば、いつしか“何者”かに為ることが出来るかも知れないと考えたのだ。
 
私はいつしか、毎日5,000字綴ることが、全く苦には為らなくなっていた。
そしてまた、書くことが楽しいを通り越して、ストレス発散となっていることに気付く様に為っていた。
 
だから私は、今でも書けている。
苦もなく、書き続けることが出来ている。
 
 
今年に入ってからだろうか、清涼飲料水のテレビ・スポットにサッカーの三浦知良選手が登場するものがあった。カズは、50歳を過ぎた現在でも、トップカテゴリーに在籍している“現役レジェンド”だ。
全体練習でバテバテになった若手のチームメイトに、もう上がろう(終わろう)と即されると、カズは、
「俺はもう少し。もっと、上手くなりたいから」
と、再び走り出すものだった。
実に格好良かった。それ以上に、私にとっては、書くことに対してまた一つ、モチベーションが上がることとなった。
 
今でも書き続けている私だが、多分、専業の物書きと為ることは無いだろう。何故なら、還暦を過ぎた私には、いくら何でもそこまでの時間的余裕は残されていないと思うからだ。
私は既に、立派な初老人だ。
 
しかし、6年間も書き続けて来たことで、いくつかの書き残したい事柄が出て来たのも事実だ。
何をどういった形にするかは見当すら付いていない。
でも、喜んで私の残したことを受け取ってくれる若者が居ることも確認出来た。
これは何とかしなければならない。
 
その為には、やはり書き続けることしか、私には手立てが無い。
 
だから、今思うこと。
 
 
それは、私が何等かのことを書き続けた爪痕をどこかに残したいのだ。
 
例えそれが、ヘミングウェイの『老人と海』に出て来る老漁師が釣り上げたカジキの様に、鮫に食いちぎられ骨だけに為ろうとも。
 
 
 
 
***
 
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2021-08-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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