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苦労して手に入れた〇〇を末永く保つには


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:岡幸子(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
小学生の頃、同級生の男子に顔のことでよくからかわれた。
 
「鼻くそがついてるよ」
「変態えくぼ」
「その牙こわいなあ」
 
鼻と上唇の間にほくろがある。
笑うと口元ではなく頬骨の上の可愛くない位置にくぼみができる。
八重歯が2本とも前に突き出していて牙のように目立つ。
 
事実だから仕方ないのだが、言われるたびにとても悲しかった。
高校生になると、そんな子供じみたことをいう男子はいなくなったが、ほくろもえくぼも歯並びもそのままだ。
刷り込まれた顔面コンプレックスは根強く残り、大人になったら何とかしたいという思いも一緒に成長した。
 
調べてみた。
ほくろの除去にはレーザーという方法があるらしい。
でも、失敗した症例を見ると勇気が出ない。
えくぼは、そもそも顔面の皮膚と筋肉の癒着で生じるとのこと。
癒着を断ち切るには顔にメスを入れる必要があるらしい。整形手術みたいだ。そこまではしたくない。
唯一、歯並びを直すには「歯列矯正」という方法があり、これは多くの人が公然とやっているので安心できた。同級生にも矯正中の友達が何人かいた。
 
いつか、歯列矯正をしたい。
 
それは、10代の私の夢だった。結構な金額が必要だと聞いていたので、自分でお金が稼げるようになったら、やってみたいことの一つになった。
20代になった。
大学を卒業して就職したタイミングで、大人の矯正について4つの歯科クリニックで無料相談を受けた。
 
必要な期間は最低2年、クリニックによっては4年かかると言われた。
その長さを聞くと「はい、やります」と、すぐには言えなかった。
渋る私に、見た目だけなら八重歯を抜いて、差し歯にすればすぐ終わるという医師もいた。
 
早く済むなら、差し歯もありか。
そう思い始めた私に、同僚がアドバイスをくれた。
 
「差し歯は、そのときはいいんだけど、10年くらいたつと根元の黒い部分が出てきちゃうよ」
 
そういって、自分の歯茎からのぞく黒い部分を見せてくれた。
う~ん、黒くなるのも嫌だなあ。
歯並びを直すなら、やっぱりちゃんと矯正しなきゃだめだなあ。
でも、2年もワイヤー着けとくのは嫌だなあ。
……結論が出ない。
 
そんなこんなで迷っているうちに、新卒で始めたばかりの仕事がどんどん忙しくなった。
日々の雑事に紛れ、私の矯正熱はアイスクリームが溶けるように、いつしか形を失っていった。
 
だが、しかし。
溶けても消えてはいなかった。
形を失って、どろどろに溶けたアイスクリームの残骸が洗い流されることはなく、べっとりと私に張りついたままだった。
 
 
30代で半ばで結婚して、母になった。
すると、くすぶり続けた歯並びコンプレックスが、別の形で復活した。
息子を1歳6か月健診へ連れて行くと、噛み合わせがずれてきちんと閉まらない「開咬」と言われた。
2年後、娘を連れて行くと、乳歯が1本多く生えた「過剰歯」と言われた。
 
夫は歯並びが悪くない。
なのに、生まれた子供が二人とも噛み合わせや歯並びに問題を抱えるとは!
原因が私にあるのか、ただの偶然なのかはわからなかったが、とにかく焦りまくった。
 
我が子に、歯並びで嫌な思いはさせたくない。
歯列矯正は子供のうちから始めた方が、断然うまくいくに決まっている。
二人とも小学生になる前に、専門医にみせなければ。
母として、できる手は全部うっておこう、そう思った。
 
ちょうどその頃、自宅の最寄り駅の近くに新しく矯正歯科専門のクリニックが開院した。
「相談無料」の看板に誘われて、さっそく行ってみた。
明るくきれいなエントランスに、真新しい椅子が並んでいた。
院長が発表した学会記事が壁に貼ってある。
フロントに掲げてある資格証明書を見ると、院長と奥様が二人とも矯正専門医のようだった。
まだ若い院長が、相談に応じてくれた。
普通の歯医者で矯正もやっているのとは違う。自分たちは矯正歯科専門でクリニックを開院した。ここでは、抜歯や虫歯治療はしない。だから、必要があれば、矯正開始前に他院で治療することになる。紹介状は書くという。
矯正専門の歯医者があることを初めて知った。
「専門」という響きはとても安心できた。
通わせるならここがいい、そう思いながら、院長の説明を身を乗り出して聞いていた。
 
「矯正を行うには、何よりも最初に本人の意思が必要です。もう少し大きくなってから始めても十分間に合いますよ。1期治療は、お子さんの成長に合わせて口の中を広げていく着脱式の装置を使います。それだけで済んでしまうこともあります。歯にブリッジをつけてワイヤーで固定するのは2期治療です。2期治療へ進むかどうかは、お子さんが中学生か高校生になってから決めればいいでしょう」
「そんな先でいいんですか? 小学生の頃から高校まで、ずっとブリッジをつけていた友達がいましたが」
「矯正にもいろいろなやり方があるんですよ。僕は、そんなに長い期間ブリッジをつけているのはどうかと思うので、できるだけ短期間で終わらせたいと考えています」
「それって、何歳くらいまで可能なんですか」
 
すでに、40歳になっていた私は、恐る恐る聞いてみた。
 
「何歳からでも大丈夫ですよ」
 
その言葉は魔法のように、長年私にべっとり張りついていたアイスクリームの残骸を、できたてのフレッシュアイスへと、瞬時に変えてしまった。
美味しそうなアイスクリームが、ぴかぴかのお皿にのって目の前に現れた。
食べたい。
だが待て。ここは慎重にしなければ。
 
「あの、もしも私が今から矯正を始めたら、何年くらいで終わりますか?」
「拝見しましょう」
 
院長は、できるだけ短期間で終わらせるのを目指している人だ。
2年以内の答えを期待して返答を待った。
 
「そう難しくはなさそうですね。精密検査をしないと詳細はわかりませんが、早ければブリッジを着けている期間は1年で終わります」
 
その瞬間、私の脳内アイスクリームは、フルーツてんこ盛りのスペシャルパフェに格上げされた。
もう食べるしかない!
子供の歯並びの相談に来ていたはずが、気がつくと自分の歯列矯正の話にすり替わり、帰るときにはレントゲン撮影の予約日が、私の診察券に書かれていた。
 
 
それから、実際にワイヤー矯正を始めるまでに半年かかった。
他の歯医者で虫歯を直し、矯正に邪魔な親知らずを3本抜いた。
精密検査をして、歯型を取り、いよいよ全部の歯にブリッジをかける日が訪れた。
 
「最初の1週間は、かなり痛む人が多いです。痛み止めを出しておきますね」
 
院長に脅されて帰宅した。
夕食を食べるのに違和感はあるものの、大して痛くなかった。
矯正による痛みは個人差が大きいらしい。
案ずるより産むがやすし。私は痛くない派のようだ。
よかった、楽勝だ! そう思って、安心して眠りについた。
 
甘かった。
翌朝から地獄のような日々が始まった。
とにかく痛い!
水を飲んでも痛い、風が当たっても痛い。
当然、固形物など痛すぎてまったく噛むことができない。
絹ごし豆腐に歯がたたず、ヨーグルトでもまだ固い。
1週間、痛みをこらえて口にできたのは、水と牛乳とウイダーインゼリーだけだった。
 
ようやく2週目から、少しずつ痛みが軽くなっていった。
あれほど憧れていた矯正なのに、始めたことを後悔するほど辛かった。みんな、こんな辛いのを我慢していたのか?
3週目、ようやく普通に物が食べられる程度に、歯茎の痛みが軽くなってきた。
だが、それで終わりではなかった。
 
通院は3~4週間に一度が理想と言われたので、きっちり3週間ごとに予約をとった。
病院で診察台に座る。
毎回、そこでワイヤーを切って歯磨きをする。
締めつけられていた歯が開放されて、うわっと動き出す瞬間、歯というものがいかに頼りなく歯茎にうまっているか思い知らされた。大陸と同じだ。揺るぎないものに思えて、じつは地球の大陸はプレートにのって動いている。実感はないが、ハワイは毎年数センチずつ日本に近づいているのだ。プレートにのって大陸が動くから地震が起きる。歯が動くからとても痛い。ハワイが近づいたり、歯並びがよくなるのはいいけれど。地震と歯痛は、ものすごく迷惑だ。
 
診察が終わると、毎回ワイヤーが締め直された。
数時間後から、また強い痛みが襲ってきた。
それだけではない。
矯正装置が口の中の粘膜とこすれ合うのも痛いのだ。うっかりすると、口の中に傷がつくので、装置の上にガムのようなものを貼り付けて保護したりした。食事のたびに一度はがして貼り直すので面倒だったが、痛いよりはましだった。
 
そうして1年と1週間。
ワイヤーと一緒に、歯の表面から矯正装置が外される日が訪れた。
微細な調整で狙った位置に歯を動かす魔術師のような院長は、私の歯並びを奥歯の噛み合わせまで完璧に仕上げてくれた。
院長が言った。
 
「なかなかいい仕上がりです。ただし、これで終わりではありません。今日から2年間、保定期間に入ります。食事の時以外は、ずっと保定装置のリテーナーをはめていてください」
「ずっと、ですか?」
「そうです。これを怠ると、せっかく整えた嚙み合わせがずれてしまいます。ワイヤーで動かしましたが、それぞれの歯は放っておくと元の位置に戻ろうとするんですよ。2年間は24時間、その後も夜寝るときはリテーナーを忘れずにはめてくださいね」
 
知らなかった。
リテーナーというのは、歯の位置を保定するために、歯茎を内側から押して整える着脱可能な装置だった。歯の前方に太めの針金がくるので、はめていれば目立つ。それでも、これほど苦労して手に入れた歯並びだ。絶対に維持したい。忘れずに使わなければ。
 
そう思っても、人はうっかりするものだ。
朝食で外した後はめるのを忘れ、そのまま出勤したことが何度かあった。
そんなときは、歯が全体にふわふわした。
帰宅して慌ててリテーナーをはめると、少し痛かったり、きつかったりした。
気のせいでなく、半日で歯は動いてしまうのだ。
理想の歯並びを維持するには、努力の継続が必要だった。
 
恋と似ている。そう思った。
ある日、ある時、ある瞬間に、恋する二人の気持ちがぴったり揃ったとしても。
その後、互いの気持ちを確認せずに、勝手な気持ちで過ごしていたらどうなるか。次に会ったときには、多少なりとも気持ちがずれているだろう。その時に、ずれた気持ちを揃える努力をすればいい。けれど、それを怠って放置していたらどうなるか。小さなずれが大きくなって、いつしか全然、嚙み合わない二人になってしまうだろう。
苦労して手に入れた歯並びを保つのと同じように、恋する二人の気持ちを揃えておくには、努力が必要だ。恋の保定装置は、きっと会話に違いない。そんな努力を重ねたカップルだけが、年月を経ても、気持ちを寄り添わせていられるのだろう。
 
 
さて、理想の歯並びを手に入れて15年あまり。
最近、すっかりご無沙汰しているリテーナーを数か月ぶりにはめてみた。きつくて痛い。ずれていたことは間違いない。でも、痛みは数時間で引いた。その程度のずれでよかった。
 
「長期間使わないでいると、リテーナーがはまらなくなりますから、ご注意ください」
 
昔、院長に言われた言葉を思い出す。
最近、夫とあまりきちんと話していない。取り返しがつかなくなるほどずれてしまう前に、夫ともちゃんと会話をしよう。
 
 
 
 
***
 
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2021-08-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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