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脆くも溶けさるバターのように


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:今村真緒(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
「なるほど、溶けてしまえばいいんだ」
硬いままだと、隙が無い。固いままだと、柔軟なことがだらしないように思える。堅いままだと、弱さを見せることが怖い。同じものでも固形の状態であれば、融通が利かないし他を寄せ付けない。いっそのこと、乳化し液状となれば、隣のものと気軽に交わることだってできるかもしれない。
 
そんなことを思ったのは、柚木麻子さん作の「BUTTER」を読んだ後だった。全460ぺージに及ぶこの作品は、タイトルの通り濃厚なバターにたっぷりと覆われているようで、ずしんと重たいものが体にまとわりついてくるような印象だった。びっしりと綴られた濃密な描写に、ふと気がつくと読むのに案外時間がかかっていた。まだまだバターの深みはこんなもんじゃないですよと、柚木さんに言われているような気がした。
 
主人公の里佳は、週刊誌の女性記者である。ハードな仕事に追われ、毎日走るようにこなしていく。背が高くスレンダーな彼女は、女子高時代には「王子様」キャラだったということもあり、30代初めの女性にしては、女性性からは離れた存在のように描かれている。
 
そんな彼女が深く嵌まりこんだのは、3人の男たちから金を巻き上げ、挙句の果てにその男たちの殺人容疑で逮捕された、梶井真奈子という女性だった。彼女のインタビュー取材をとりつけるために拘置所に通うようになった里佳は、世間の潮流とは異なった価値観を持ちながらも堂々とした異彩を放つ真奈子に、まるでマインドコントロールを受けたかのように、それまでの価値観を覆されていく。
 
ネタバレになってしまうのであまり書けないけれど、里佳と真奈子は、見た目も価値観も相対するものを持っている。里香が、現代の女性を象徴している存在とするならば、真奈子は前時代的で保守的な価値観の女性に思える。けれど、真奈子の持つ何かが里佳を突き動かしていき、里佳の生き様までもが炙られ溶かされていく。
 
いくら取材のためとはいえ、真奈子の言う通りに様々な体験を重ねていく里佳が、初めは心配になった。真奈子の持つ毒に侵されて、本来の自分を失くしていくのではないのだろうか? そんな想いがよぎった。けれど、仕事熱心で真面目な里佳は、その一途さゆえに、対照的な真奈子にも貪欲に喰らいつく。叩き上げの刑事みたいに、現場百回のようなことを地でやっていくのだ。キリキリと冷たい空気の中を、走っていればそのうち暖かくなると信じて、里佳は全速力で駆け抜けようとしているようだった。里佳は、何事も体当たりだ。裸足で走っているから足は血だらけだし、背負う荷物は、カチカチに凍った偏見や既存の価値観であるにもかかわらず、これまでのようにみんなが追い立てる方向へ里佳は向かっている途中だった。
 
里佳の周りにもある、無言の同調圧力や女性らしさの定義など、目に見えないものに、まだまだ私たちは縛られているようだ。ジェンダーレスや多様性という言葉がこれだけ広まっても、いまだに社会がその言葉に追いついていない感覚がするのは私だけではないと思う。
 
実際に、能力が優れているにもかかわらず、同期でも女性の方が男性よりも昇進が遅い現実を見てきた。随分前だが、やり手の女性の先輩が、「私たちは、男性の3倍の仕事量をこなさなければ1人前だと認められない」と悲壮な顔をしていたのを今でも覚えている。同じように仕事をしていても、子育てや家事の負担が女性にのしかかっているという実態がある。男性の中で目立つと、なぜか女性に良く思われないという、同性からの嫉妬の視線も心に刺さるものだ。
 
どういうわけか、女性には多くのことが求められている。
男女平等の下には、仕事も同じように頑張らなければならない。けれど出過ぎれば非難されるし、家事や子育ては女性が主となることが多い。女性の社会進出が当たり前のようになった今日だけれど、社会や家庭の中での価値観は依然として前時代的なところがあるのは否定できないだろうと思う。
 
妻として、母として、結婚して子を産み育てる。以前は、それが女性としての幸せであるが如くもてはやされてきた。もちろん、それも一つの幸せの形であるだろう。子どもだって、1人より2人、3人といる母親の方が、何故か一般的だと思われているように感じていた。
 
私は娘を授かったあと、何年間も2人目に恵まれなかった。1人いるからいいじゃないと言ってくれる人もいた。けれど大部分は、「2人目は、まだ?」と無邪気に私の心を突き刺した。辛い不妊治療をしていることなど、身近な人にしか言っていなかった。世の中は、ビックリするほど無意識に人の心を踏み荒らす。
 
悪気がないのは、充分分かっていた。けれど、子どもには兄弟がいるのが当たり前だとか、一人っ子は可哀相とか、仕事が忙しすぎるから授からないとか、私にはどうしようもないことを、さも当然のように押し付けてくるのには閉口した。突き刺されたのは細い針だ。けれど、そんなことを言われる度に、曖昧に笑って「そうですよね」としか言えなかった。決めつけられたことに憤りを感じることすら、罪悪感があった。だって、私は世間一般とは違うかもしれないという負い目がどこかにあったからだ。
 
目には見えないものが、世の中には溢れている。本当はそう思っていないのに、そう思っているかのように振る舞う。世間が求めるものに応えないと、規格外で振り落とされる恐怖に陥る。仲間外れになるよりは、要らぬことを言わずに同調した方がはるかに安心できる。
 
けれど、次第にそれは息苦しくなってくる。雑誌に載っているスレンダーな流行りの服を着るために、補正下着でガチガチに固めた体を無理やり入れ込むようなものだ。きっと、誰もがこの生きづらさの正体を、頭の中ではぼんやりと分かっている気がする。ただ明らかにするには、正面から自分と向き合わないといけなくなるから怖いのだと思う。自分のダメなところ、汚いところ、弱いところ。薄々気づいていたとしても、それは更に劣等感を煽り、罪悪感を深めていく。そうすれば、また自分は「普通」とは違うと悩まなくてはならなくて、そのループには終わりがない。
 
社会が忙しくなるにつれて、みんなが人に寛容であることが難しくなってきた気がする。あくせくとわき目も振らずに働き、他に興味を持つ余力というか、体力のようなものが失われがちなのだと思う。けれどそんな状況に逆行して、多様性を認める社会は、互いを受け入れる姿勢が必要になる。現状と価値観がちぐはぐなままでは、お仕着せの服はぴったりとフィットすることはないだろう。特に女性にとっては、そのすり合わせは難しい。
 
せめて、何を着るかくらい自分で決められたらと思う。むりやりピチピチの服に自分を合わせるのではなく、ワンサイズ大きいものにしてもいいし、人の目を気にせず、自分の好きな服をきたらいい。昔であれば、若者の派手なヘアカラーに顔をしかめる大人もいたけれど、今では珍しいことではなくなっているように。
 
「そうであらなければならない」と思っていることは、世間や自分の価値観が刷り込んだものに過ぎないのではないだろうか。心からそうありたいと思うなら、息苦しさは感じないだろう。けれど、それに立ち向かうのはとても勇気がいることだ。他人の視線や、善意の裏にあるやっかみ、その他大勢に隠れられなくなることの恐怖が付きまとう。出る杭はいつも打たれる。固くこびりついたものは、そう易々と緩んではくれないのだ。
 
「BUTTER」の主人公である里佳は、真奈子という自分とは正反対とも言える存在を受け入れることから始めた。その価値観に違和感を覚えながらも、真奈子という人物を自分なりに咀嚼し、その中で見えてきたものと自らをなじませていくのだ。価値観を緩ませることのできない真奈子とは対照的に、里佳は自分の過去とこれからの未来から目を背けない。固形だったバターを乳化させ、他のものを混ぜ込みながら、胃に負担のかからない自分の「適量」を見極めていくのだ。
 
里佳のように、芯の通った覚悟を持てたならと思う。「世間はそうかも知れないけれど、私はこちらを選ぶ」と、潔く言えたならどんなにいいだろう。他者を否定することなく自分の軸を持つことは、きっと肩の荷を下ろしたような清々しさを得られるのだろう。
 
私のもとに、2人目の子どもは来ることはなかった。娘にきょうだいを、と思ったことは本心だ。けれど、心のどこかで周りが求めるものに応えなければという気持ちが働いていたことも事実だ。治療期間中は、いつも重いものを飲み込んでいるような気分だった。長い間続いた治療の後、40代半ばとなってようやく妊娠したときは、今までの重しが嘘のように軽くなったことを覚えている。けれど、それも束の間、流産した時は軽いどころか空っぽになった。どう足掻いても、思うような結果になりはしない。空っぽになって初めて、どれだけ自分が長期間無理を重ねていたかを実感した。
 
それならば、少しでも自分らしく生きるために、もっと感覚を研ぎ澄ますべきだと思った。自分のことに鈍感になっている私は何を好きで、どうしたいのか、もっと自分に問わなければならないと思った。こうした方がいいのではと他人に忖度しながら選ぶより、自分が納得して選択した方が悔いは残らないんじゃないかと思う。
 
未だに、まだまだ迷うことはたくさんある。吹っ切れずに後悔することも多々ある。それでも以前よりは五感が戻ってきた気がする。里佳のような心境には程遠いけれど、自分の感覚を信じて進むことに、不安を覚えることが少なくなった。
 
不安定で確かなものが欲しい時、私はまたこの「BUTTER」を読んでみようと思う。そうすれば、この本がきっと背中を押してくれるような気がする。自分の感覚を信じても大丈夫だと言ってもらえるような気がする。もしも私のように思う人がいたら、この本を勧めたい。固かったバターが脆くも溶けさるように、心が解けるのを感じてみてほしい。その甘く香ばしい香りに、自然と笑顔になると思うから。
 
 
 
 
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2021-09-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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