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不安な気持ちを救ってくれるコミュニケーションの「出汁の素」


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:アキ・ミヤジ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「今後、車椅子の生活は覚悟してください」
 
そう医師から告げられたのは、半年前に手術をうけたときでした。
直接聞いたのは私自身ではなく、私の家族。
ただ、診察する医師の様子から、私自身も容易に察することができた言葉でした。
 
手術前、背骨の中を通る脊髄にできた腫瘍が神経を圧迫していて、背中から腹部には激痛、そして下半身はすっかり力と感覚を失っていました。
手術では背中をまっすぐ縦に15センチメートルほど切り、背骨を削り、脊髄の外側にできた腫瘍を取り除きました。
いま考えると背中がゾワッとするような手術です。
全身麻酔で眠っていたから、ゾワッともチクリとも感じなかったけれども……。
 
5時間ほどの手術は無事成功しましたが、手術前の下半身麻痺の状態は相当にひどく、歩けるまでの回復は難しい状況でした。
 
歩けないことを強く実感したのは、手術の数日後。
リハビリが始まってしばらくしてからです。
 
手術後すぐはベッドから足をおろして座るだけで精一杯でしたが、しばらくしてようやく座る姿勢に慣れてきた頃、立ち上がってみることになりました。
 
「僕がしっかり支えますから大丈夫です」
 
理学療法士の野球で鍛えた身体と力強い言葉を信頼して、彼の腕に捕まり、ベッドから立ち上がろうとしました。
 
でも立ち上がれない。
身体のどこをどうやって動かしたらいいのやら、わからない。
私の身体の感覚はバラバラで、ちぐはぐで、あちこちきしむよう。
 
途端に、不安が襲ってきました。
胸を押しつぶしてしまいそうな強い動揺。
 
この身体、この感覚で、どうやって歩けるようになるの!
私の介助がどれだけ家族の負担になる?
仕事は続けられるの?もう今の仕事は続けられないかもしれない……。
不安はみるみるうちに私を中心にした時空間に拡がっていきました。
 
周囲のこと、未来のことを入院している最中に考えてみてもしかたがない。
リハビリに集中しよう!
そう自分に言い聞かせることで、自分の心をしずめ、その日のリハビリを続けました。
 
でもその夜、消灯時間が過ぎて目を閉じたとき、生まれて初めての涙を経験しましました。
悲しみとか痛みといった情動の涙とは異質の、ただただ流れる無感情の涙。
「なんじゃあこりゃああ!」などと松田優作さんのモノまねをする気持ちの余裕などみじんもありませんでした。
 
身体の反応は正直です。
私の意志に反して、私の身体はとても大きな不安に襲われていたのでした。
 
 
そんな不安とは裏腹に、私は病院での毎日をとても楽しく過ごすことができました。
 
日々の生活をケアしてくれる看護師や介護士、リハビリの指導をしてくれる理学療法士や作業療法士、そして回復状況を診察してくれる医師が、親身に私の生活を笑顔で支えてくれました。
 
おかげで不安をわすれてリハビリを続けられ、次第に身体の動きは回復し、自力でベッドから車椅子に移れるようになりました。
病棟内を車椅子で自由に動き回れるようにもなりました。
 
そして手術から2ヶ月ほどが過ぎた頃。
私は車椅子を卒業し、杖二本をついて直立歩行で生活できるようになったのです。
池江璃花子さんにも負けない、病院スタッフがみな驚く回復でした。
病院スタッフの支えがなければ無理だった回復でもありました。
 
ところが私は、歩けるようになった喜びよりも、もの足りなさを感じるようになっていました。
病院スタッフとの会話に、これまでなかった違和感を覚えるようになったのです。
病院スタッフの親身なケアや笑顔はこれまでと何も変わりがありません。
でも何かもの足りないのです。
 
それは出汁をわすれた味噌汁のようでした。
 
市販の出汁入り味噌は、鰹や昆布で出汁を取らなくても簡単に美味しく味噌汁が作れるので、重宝します。
でも、例えばサバの味噌煮を作りたいなといったときは、出汁の入っていない普通の味噌を買うこともあります。
この普通の味噌でいつものように味噌汁を作ると、「あ、出汁をわすれた!」なんてことをしばしばやらかします。
 
出汁をわすれた味噌汁を一口すすると、味噌の風味な具材のうま味や香りはあるので不味いというほどではありません。
出汁がなくても美味しいですが、いつもと比べるとちょっともの足りなく感じます。
このもの足りなさと同じ違和感を、直立歩行をはじめた頃の病院生活に感じたのでした。
 
 
出汁をわすれたとき、市販の出汁の素をさっとふりかけ、ひと混ぜすれば、ほっとひと安心するいつもの味噌汁になります。
ですから、私のもの足りなさも「出汁の素」をひとふりすれば解消するに違いない!
そう考えた私は「出汁の素」をみつけるため、患者と病院スタッフとのコミュニケーションを観察しはじめました。
 
しばらくして、ようやくみつけた「出汁の素」は、とても些細なことでした。
けれども、相手の不安な気持ちを和らげ、笑顔にする強力なツールでした。
 
病院スタッフはみなさん、患者と会話をするときに必ず腰を落とし、目線の高さを患者に合わせていたのです。
思い返すと、車椅子にのっていた私と会話するときも、目線の高さを合わせてくれていました。
 
身長175センチメートルの私が直立姿勢になってしまうと、私より小柄な病院スタッフは自力で目線の高さを合わすことができません。
これが、病院スタッフとの会話の中で私が感じたもの足りなさの正体でした。
ないともの足りなく感じるほど、私の病院生活にとって大切なものだったのです。
 
なぜなら、目を合わせて話しかけてくれたことで、下半身が動かせない私の不安がどれだけ和らぎ、楽しく笑顔で病院生活を送ることができたことか。
 
目線の高さを合わせる。
出汁の素をふりかけるように簡単なのに、話し相手を不安から解放し、いつもどおりの姿でいさせてあげられる。
人を傷つける道具と比べると、人を救える道具は決して多くはありません。
そんな数少ない道具の一つを見つけられたことは、歩けるようになったこと以上に嬉しい体験でした。
 
 
人はみな平等だ、とよく言われます。
けれども、実際どうでしょう?
文化、年齢、組織内の責任、情報量、体格、健康状態、行動の自由度など、互いの立場が対等にあることは決して多くなく、たいがいは互いの立場にギャップがあって、どちらかは見上げ、どちらかは見下ろす立場にいることのほうが多いように思います。
 
相手を見上げる立場にいる人は、背伸びをしないと相手と目線を合わせることは難しい。
でも相手より立場が上にいる人は、腰を落とし頭の高さを合わせることで、目線を相手と合わせることができます。
 
ですから、相手との立場の違いを把握し、自分が上の立場にいると思うならば、出汁の素をひとふりするように、さっと腰を落として相手と目線の高さを合わせてみる。
これができるとちょっと格好いいですし、なにより相手の不安を和ませ、互いに安心してスムーズにコミュニケーションをとることができるのではないでしょうか。
 
家族、友人、仕事仲間、取引先、さまざまなシチュエーションで、助けたい、力になりたいという相手が現れたときには、私は早速、目線の高さをあわせるという「出汁の素」を使ってみようと思っています。
 
 
 
 
***
 
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