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言い訳の挽回にはまだ間に合うかもしれない


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:青野まみこ(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
昭和の終わり頃のことだ。
父が書店の少し分厚い紙袋を持って帰ってくるときは、少しだけ後ろめたい気持ちになった。
 
(また、1か月過ぎちゃった……)
 
父は小学館の『昭和文学全集』を、毎月1回発行されると買ってきてくれていた。全36巻にわたるそれが発行されると知ったとき、
「いいなあ、これ。欲しいなあ」
とついつぶやいた。それを聞いていた父は、
「そうか。よし、そしたらお父さんが毎月1巻ずつ買ってきてやるからな」
と言ってくれた。
 
小さい頃から本が好きで、そして父も本が好きな人だった。父の蔵書の中から面白い本を見つけてはちょこちょこ読んでいた子だった。だからまとまった文学全集が発行されるのを知ったときに「欲しいな」と直感的に思い口にした。娘にちゃんとした全集をプレゼントしてもいいかなと思ってくれたのだろう。月に1巻ずつ発行される日を父はちゃんと覚えていて、その日に分厚い紙袋を下げて帰宅した。
 
最初の頃はよかった。
明治~昭和にかけて活躍した文豪たちの代表作がまとまって読めるのだ。全集の分厚い装丁はしっかりしていた。天金(=てんきん:本の天(あたま)に金箔を押すこと)が施された本も初めてだった。立派な本が気に入って、買ってきてくれた全集を読みふけっていた。
 
しかし1巻につき4~5人の作家がフィーチャーされてそれぞれの代表作が収められているものだから、当然として字が細かい。1ページにつき縦書き3段の段組みになっていた。ぎっしり詰まった文字を読むのはいいのだが、どうしても目が疲れてくる。ページをめくる頻度も少ないから「読み進んだ」実感がない。読んでも読んでも終わらないので、普通の単行本や文庫本を読むよりも時間がかかるような気になる。そして立派な装丁であるが故に本自体が重い。ベッドに寝っ転がって読もうものなら、本の重さで手が痛くてたちまち持てなくなる。横に置いてページをめくりながら読むと、途端に眠気に襲われる。仕方がないので机に向かって読むしかなく、それも長時間だと肩が凝ってくる。次第に私は、全集を読むことが億劫になってきていた。
 
(どうしよう、ちょっと読むの大変なんだけど)
 
いろいろな作家が収録されていたので、お気に入りの作家と、そうでもない作家が混在している。好きな作家はすいすい読むけど、退屈な作家だと途端に止まることも、なかなか読み進まない理由の1つだった。そうこうしているうちに1か月は瞬く間に経ち、次の巻の発行日が来る。
 
「はい、これ」
「……ありがとう」
 
新しい巻を差し出されて、ありがとうを言う声は心なしか小さくなっていた。ありがたいことはありがたいんだけどね。
 
「お前、読んでるか?」
「まあね」
「最近あんまり読むの見かけないなあ」
「すごいいっぱいあるから、終わらないんだよ」
「そうか」
 
買ってもらっている身なので、だんだん読むことに飽きてきているなんて言えない。そんなことが毎月続き、そして私も大学に入って授業が忙しくなっていた。父が買ってきてくれる全集は次第に揃ってきたが、読む気力体力が薄れていった。
 
「あんまり読んでないみたいだから、もうお父さん買ってくるのやめようか?」
「……うーん、どうしよう」
「やめてもいいんだよ?」
「でも、読むかもしれないから、買って」
 
父は父なりに、自分が買ってきた全集を娘が喜ぶ度合いが低くなっているのを見ていたのだろう。1巻ごとのお値段も結構する。やめてもいいよというのは当然のことだ。でも自分としては、ここで読むのをやめたら全集が歯抜けになることがなんとなく残念だった。いつ読むのかもしれないけどとりあえず揃っててほしいからという、なんともわがままな願望のために、続けて買ってほしいと頼んだのだった。そして父も、そんな私のわがままに付き合って、毎月1巻ずつ購入してくれたのだった。

 

 

 

そして全36巻が揃ってから数年した頃、私は結婚することになった。
その頃は社会人になり、フルタイムで毎日残業して帰宅して、とてもじゃないけど縦書き3段組みの重たい全集にお付き合いする余裕はなかった。父が買ってきてくれた全集は、ほとんどまっさらなまま本棚の肥やしになっていた。転居の準備もしなくちゃいけない、荷造りの中にこの全集を入れるか否か、私は決めかねていた。
 
「……これ、せっかく買ってくれたけど、持っていこうかどうしようか悩むんだよね」
母にポロっと話したことを父は聞き逃さなかった。
「どうして? お父さんが重たい思いして毎月買ってきたのに。お前が欲しいって言うから買ってきたんだよ」
「うーん、でも、場所取るしなあって」
「持っていきなさい。お前のだから。うちに置いておいても誰も読まないし、責任持ちなさい」
父が言うことの1つ1つがごもっともなだけに、何も言い返せない。
「……」
「いいじゃないか、今読まなくたって。そのうち時間ができることもあるだろうから、その時に読んだらいい。これはちゃんとした本だから」
 
そうかもな、と思った。そのうち読めるかもしれないし。さすがにこれだけの本を売り払ったり捨てたりする気はないけど、スペースがなさそうだし、今は読まなさそうだから置いていこうかなと思っただけだ。でも置いて行ってしまったら、それっきりのような気もする。それも少し後ろめたかった。
 
「……わかった。持っていく。老後の楽しみに取っておくかもしれないけど」
「それでいい、老後に読みなさい」
 
そんなやりとりの末に、昭和文学全集は私の嫁入り道具に入ることに成功した。そう言って持ってきたものの、新居に置くには36巻の全集はあまりにも多すぎた。
夫の実家に近いところに住んだこともあり、結局全集は夫の実家に預かってもらうことになった。
段ボール数箱にわたる本は、実際場所塞ぎだった。狭い賃貸住宅だから、本、預かりましょうか? と申し出てくれた義実家に甘えることになってしまったけど、正直助かった。
 
私が昭和文学全集と再会するのは、そこから10年後、家を購入した時である。
さすがに戸建てなので、義実家で預かってもらっていた荷物を引き取ることになった。段ボールを開けると懐かしい全集が出てきた。
 
やっと会えたはずの全集だったけど、その時私は前にも増して一層忙しくなっていた。学齢期の子どもにはまだまだ手がかかっていたし、自分も専業主婦から脱却して仕事をしたいと思っていた頃だった。PTAに行って、趣味のことをして、そして就活をしていた。とてもじゃないけど昔買った全集に向き合う時間はない。かくして全集は段ボールから出されることがないまま、納戸に収納されることになった。
 
(しょうがないよね、だって、読めないものは読めないから)
 
そう、物理的に読めないんだからさ。捨てはしないから、しまっておこう。装丁がしっかりしているし、紙も劣化していない。ごめんね、またいつか、会う日まで。そう思いながら私は段ボールを納戸の奥にしっかりと押し込んだ。

 

 

 

家の奥にしまいこまれたまま、日の目を見ないのかもしれない。そう思っていた昭和文学全集を取り出す日が来た。それは、天狼院書店の文章の講座を受けた時に「本を読みなさい」と言われたことがきっかけだった。
 
そういえば、文豪の小説なんかは、あの全集に入っていたはず。思い出して引っ張り出してきて少しずつ読むことになった。
 
全集に収録されている小説を、亀の歩みさながらのゆっくりな速度だけど読んでみた。それに加えて新たに本も買い求め、講座を受けるようになってからは自分の読書量は確実に増えた。昔あんなに好きだった読書は、忙しい忙しいと言いながら減っていた。読むことを再開してみると、本の世界に没頭していくことが嬉しかった。それぞれの本に深く入り込み、情緒を感じ取り、著者の主張を受け取る。忘れかけていた本への情熱に、少しずつ火が灯されていくのを感じていた。
 
本を読みながら、文を書き、それが時々掲載されるようになった。
テーマとして、実家のこと、両親のことを取り上げることもあった。親に読んでもらってもいいかなという記事が載った時は、母に記事のリンクをLINEで送った。
 
「これ、今掲載になっているから読んでみて」
 
父はLINEをしていないのでいつも母に記事を送っていた。それに対しての感想は特には戻ってはこなかった。黙ったままだったから、私が書いたことに対して両親がどう感じているのかはわからない。わからないけど、でも読んでもらえたら自分が嬉しいからという想いで、時々リンクを送るのだった。
そんなことが何回か続いた時、母から返信があった。
 
「お父さん、入院してるの」
「どうしたの? お父さんどこか悪いの?」
「内視鏡で、胃を処置します」
 
これまでも父は時折軽い怪我や病気で入院することがあった。そういう時はいつも私には事後報告だった。それが母は前もって知らせてきた。何となくいつもと違う気がした。
 
「処置って、それ手術じゃないの」
「うん、11時間かかってさっき終わった。思っていたよりも、重かった。お父さんはね、いつまでもいないかもしれない。2人でお医者さんの説明聞いたから、本人も知ってる」
「……」
 
集中治療室に入った後、一般の病室に戻り、そこに少しいて自宅療養するということだった。
 
父が病気になる……。
若いころから屈強で、同世代の人よりも若々しくて、老境に達してからもジムに通って常に健康管理をしてきた。お酒だけはやめなかったけど、まだまだ元気だと思っていた。そんな父でも病にかかる。
人はいつかは斃れる。そのことを忘れていたのだ。
 
今、父がいなくなったら、どうしたらいいのだろう。
 
真面目な人なので注意されることも多くて、いちいち言われることが鬱陶しいと思うこともたくさんあった。正月には友人たちを大勢家に呼んで宴会をするのはいいけど、私も顔を出しなさいと言われて酔っ払いにいじられるのはちょっぴり嫌だったな。日曜の度ごとに飼っている金魚の水槽の手入れをしながら鼻歌を歌っていたよね。入試に合格したとき、第一志望のところに就職が決まったときは誰よりも喜んでくれた。結婚したいと言った時も何も言わずに送り出してくれた。
 
そして思う。
私は、父がかけてくれた愛情を、どのくらい返せているだろうか。
 
面と向かってそんなことを父と話したことはない。だけど、もし私が父に返せるとしたら、それはなんだろうか。
 
私は自分なりに自分の人生を生きてきたつもりだったけど、思うようにならないこともたくさんあった。それでも、実現させたいと思うことには挑んできたつもりだ。それがある時は子育てであり、仕事でもあった。そして今、自分が積み上げてきたことの中に新しく目標が加わった。それは「書くこと」だ。
 
いい文章を書きたい。そのためにしなくてはいけないことは山のようにある。世の中で出会うことを見つめてインプットして、アウトプットする。どんなことでも自分の実になるように受け入れる。そうでなければ書くことなんてできやしない。そうして少しずつ、自分がしたいことが文章という形になりはじめている。そのことを父は喜んでくれるだろうか。
 
あの時、父が私に買ってきてくれた全集も立派な愛情だ。それが時を経てようやく役に立ってくれている。
吉川英治や山本周五郎や池波正太郎が大好きで、ほぼ全部読んでいた父にとって、私が本を読みたい、買ってきてと言ったことは、嬉しかったのだろう。だから娘が興味を少しずつ失っても買ってきてくれたのだ。
 
まだ見ぬ父との訣れに、間に合うだろうか。でももう間に合わないかもしれないとは思いたくない。
私がこれまで散々してきた言い訳を黙って見逃してくれた父に、せめて何かを返したい。甘えてきた時間を取り戻せるかもしれないから、また全集を読んでみよう。自分が目指していることを書くために。少しでもなりたい自分になるために。
 
 
 
 
***
 
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2021-09-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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