カルピスは甘酸っぱい恋の宝箱
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:張川裕稀(ライティング・ゼミ10月コース)
私の出身校、愛知県にある豊橋東高校にはある有名な伝統文化があった。
それは、9月の体育祭が終わったその日の夕方に行われる「ストーム」だ。
ストームは、1年生の全男子が強制参加させられるもので、グラウンドのど真ん中に大きな火を焚いて、その周りを男子が取り囲んで踊ったり、肩を組んで大きな声で校歌を歌ったりするイベントだ。上半身は裸、下半身は柔道の道着を履き、頭には白いハチマキを巻くものだから、どこかの体育大学ばりに迫力があって盛り上がる。
そして豊橋東高校には、このストームにまつわる恋のジンクスがあった。
ストームが終わってから、女子は好きな男子にカルピスを渡して告白をする。男子はその告白を受け入れるなら、頭に巻いていたハチマキをお返しすると、その2人は晴れてカップルとなるというものだった。
豊橋東高校出身者なら知らない者はいないレベルのジンクスだ。そして、1年生の女子は、9月が近づくと誰にカルピスを渡すかで話題は持ちきりになる。
その時期だけは、高校全体が甘酸っぱい雰囲気に包まれる。
当時の私もその甘酸っぱさに包まれた1人だった。
私は隣の隣のクラスのM君に惹かれていた。ソフトテニス部でこんがり日に焼けた男の子。背は167cmの私と変わらないくらい。いつも友達に囲まれている。
何よりも笑った顔がとっても爽やかで、子犬みたいにかわいかった。
当然話したことなんかない。どうして惹かれたか分からない。
でも、廊下で見かけた彼の、その笑った顔がたまらなくかわいくって、すれ違うたびに目で追いかけるようになった。学年で集まったり、ソフトテニス部が近くを通ると、無意識にどこにいるか探すようになった。
そして彼の横顔を見ては、心臓が高鳴って何故か笑みが溢れるのであった。
体育祭が終わった日の夕方、私はカルピスの缶を握りしめていた。
カルピスの缶は「今から好きな人に告白します!」のサインだ。この伝統には細かいルールもあり、例えば義理チョコならぬ義理カルピスもあるのだが、その場合はペットボトルのカルピスか、カルピスソーダを渡す、なんて決まりもあった。本命カルピスに義理カルピスを含めたら、1年生のほとんどの女子がカルピスを渡すレベルだろう。だからこの勢いに乗って、今まで秘めていた恋心を明かそうと思っている女子は少なくない。
私はカルピスを渡して、彼と少しでも距離を縮められたらいいなと思っていた。
体育祭が終わった後の湿った肌に、秋の涼しい風が通り過ぎていく。グラウンドには男子たちの大声が鳴り響き、段々と陽が落ちて暗くなっていく空と対照的に、大きな炎がメラメラと燃え盛る。ストームに燃える男子と、恋心に燃える女子の気持ちを表しているようだ。グラウンドには、2年生や3年生、先生も含めて大勢の人がストームを楽しんで見ている。体育祭が終わったばかりだからか、この後自分がしないといけないことに緊張しているからか、自分の体温がいつもより高い気がする。
徐々にストームも終盤に近づいてきた。缶のカルピスは、私の高まる体温のせいでもうほとんど常温になってしまった。心臓の鼓動が耳まで響いてくる。尋常じゃなく緊張している私は、相当間抜けな顔をしているだろう。あたりはかなり暗くなってきた。暗くてよかった。こんな姿を見られるのは、恥ずかしすぎる。
そして、ついにストームが終了し、男子が着替えのために中庭へ移動する。それと同時に、大量の女子が後ろを着いていく。その女子の人数を見て驚愕した。
ほとんど1年女子全員くらいいるんじゃないか?
全員がライバルに見えた。カルピスを渡すのに付き添ってくれた友達のともちゃんに「いけるって!」と励まされていたが、自分はカルピスを渡せずにその波に飲み込まれてしまう気がした。
大量の女子と一緒に中庭に辿り着いた。でも、M君がどこにいるか分からない。中庭には人が多すぎる。心臓はドキドキして、目はグルグルして、喉はカラカラになっていた。
ともちゃんに「もう無理〜!」と泣きついていた時、M君を見つけた。
秋の風がフッと強く頬をかすめた。
ともちゃんは「いるよ!!」と私を叩いてくる。
その手に押されて、気づいたら私の足はM君に向かって歩んでいた。
「これ、よかったらもらってください!」
私はM君にカルピスを差し出していた。
でも、彼の顔なんて見る事ができなかった。俯いていると、M君が「ありがとう」と言って、カルピスを手に取った。はっとして見上げると、M君が笑って私を見つめていた。
あぁ、私はこの笑顔が好きなんだ。
彼と初めて目が合った瞬間だった。
でも、M君がハチマキを私に渡すことはなかった。
実は渡したカルピスには、「よかったらメールしてください」という一文と自分のメールアドレスを書いた付箋を貼ってあった。M君とまともに話したことがなかった私は「これを機にメル友になるぞ!」と意気込んで、そんな仕込みをしていたのだ。
カルピスを渡した翌日、M君からメールがきた時は嬉しくって、ともちゃんにすぐに報告して2人で喜んだ。あの日、人混みに飲み込まれずに勇気を出して本当によかったと思った。それから、M君とは、クラスのこと、部活のこと、授業のこと、色々なことをメールで話したが、結局数ヶ月もしないうちにメールは途切れてしまった。どちらから返信しなくなったのかは覚えていない。ただ、カルピスの時以上に自分が勇気を出せなかったのもあった。
それから数年後、大学生になった私は、友人にあるものを見せてもらった。M君と学年イチかわいいと言われていた女の子が映ったプリクラだった。この2人は高校を卒業してから付き合ったらしい。
「あぁ、M君もちゃんと人の心があって、誰かを好きになるんだ」と思った。
それと同時に、自分が選ばれなかった側だということを認識した。悔しいとか、悲しいとかそういう気持ちはなかったけれど、少しだけ胸を握られるような痛みが体を走った。
少女が女の階段を登った瞬間だった。
私は27歳になり、いわゆる結婚適齢期という時期に差し掛かった。この歳になると、出会った男性の容姿、性格、年齢、年収、学歴、勤め先、家柄、価値観で点数をつけて、減点方式で判断してしまうこともある。
もう高校生の時のように「なんか好き」「よく分からないけどかっこいい」とかそんな恋愛をすることは無くなっていた。
それでもカルピスを飲むと思い出す。あの甘酸っぱいストームの思い出を。
カルピスを口に含むと、やさしい甘さと爽やかな酸っぱさが青春の思い出を掻き立て、小さな恋にドキドキしていた少女の頃の自分に、一瞬だけ還してくれるのだった。
***
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