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右耳と引き換えにわたしが得た、大切なもの


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:齊藤ひろこ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「右耳が聞こえない」
またいつもの中耳炎か、と医者に診せたのは1週間前。
薬を飲めばすぐに治るはずなのに、今回は違っていた。
 
もしかして右耳の中に小人がいて、わたしの鼓膜を和太鼓みたいにドコドコ叩いているんじゃないのかな。そんな妄想をしないとやり過ごせない程に痛みが激しかった。
そのせいで右耳が聞こえていない事にも、気づいていなかったのだ。
 
街路樹の銀杏の葉がひらひらと舞う、ちょうど今くらいの時期だった。
わたしの右耳は真珠腫性中耳炎という病気で、手術をすることになってしまった。
入院期間は1ヶ月だ。
 
町医者から紹介状をもらい大きな専門病院に来ても、どうせ大したことないでしょ、とまだわたしは高を括っていた。
だって、たかだか耳の病気じゃないか。命に関わるわけないし、手術なんて大袈裟すぎる。
それに今、わたしは病院でゴロゴロしている暇なんて少しもないのだ。
すぐに入院の手続きをして手術を、と言うキツネみたいな釣り目のおじさん先生に
 
「忙しいから、急に入院なんて言われても困るんです。しばらく様子をみます」
 
ときっぱり伝えると、キツネ先生の目は余計に釣り上がり、怖い顔でゆっくり話しだした。
 
すでに病気によって、わたしの右耳の骨や神経の一部が溶けかけていること。
今から手術しても、もう聴力は元に戻らないほど悪くなっていること。
そしてこのまま手術もせずに放っておけば、髄膜炎を発症して命の危険があるかもしれないこと。
 
しぶしぶ手術の同意書にサインをした。
 
この頃、自営のネイルサロンは、ノリに乗っていた。
リピーターと口コミで3ヶ月先まで予約は満員。芸能関係の方にもツテができ、近々人気アイドルグループの女の子が予約を入れてくれる事になっていた。
ずっと憧れていたネイルの専門誌の取材予定も入っていたし、新しいネイル用品のデザインを手がける事も決まっていた。
 
独立して5年、やっと大きく飛躍できるチャンスが巡って来た所だった。
ずっと待ち望んでいた。このために頑張ってきた。
こんなに大事な時に、1ヶ月も仕事を休むなんて。
 
それに加えて不安もあった。
開店当初からビラ配りをして、コツコツ集めてきた既存のお客様たち。
きっともう他のお店に流れてしまうだろう。
ここは石を投げればネイルサロンに当たるような、都心の激戦区だ。
 
もう終わったな。
耳はふたつある。
ひとつくらい聴こえなくなってもいいから、わたしの仕事もチャンスも奪わないで。
痛みにうなされながら、耳の中の小人に何度も必死にお願いした。
 
手術も無事に終わり、聴力が予想より回復しなかったものの、元気になって仕事に戻った。
「また、いちからスタートすればいい」病室でこっそり泣きながら何度も自分を励まし、覚悟を決めていたというのに。
離脱したお客様は想像よりもずっと少なく、8割方はまた予約をいれてくれた。
すっかり拍子抜けしてしまった。
 
久々に他のサロンにいったわよ!
ネイルしてない爪も新鮮だった。
 
何年ぶりかに自分でマニキュア塗ってみたよ。
そんなことを言いながら、常連のお客様たちはいつもと変わらない笑顔を見せてくださった。
取材もアイドルも無くなったけど、もういいや。心の底からホッとした。
 
それからしばらくして
 
「ひろこちゃん、なんか休んでから丸くなった」
「復帰してから角が取れたみたいだよね」
「最近優しい感じになったんじゃない」
 
お客様から口々に言われるようになった。
それはなんとなく、自分でもわかっていた事だ。
 
だって、手術の前のわたしは、ものすごく調子にのっていたのだ。相当だ。
商売が上手くいきだして、取材だ、アイドルだ、プロデュースだ、とすっかり偉くなった気でいた。
わたしはすごいんだから、もっとでっかい事をやる人間なんだから。
売れなかったわたしを馬鹿にした奴らめ、今に見ておけよ。有名になって驚かせてやるからな。
 
こんな事ばかりを頭いっぱいに考えながら、毎日ギリギリと歯を食いしばって生きていた。
ネイルの施術は顔を突き合わせ、手を握って2時間近くも一緒に過ごす。
お客様には必ず本心や心の声が、なんとなくでも伝わってしまうのだ。
 
病気をして泣く泣く色んなものを諦めた事で、いい具合に肩の力が抜けた。
一生懸命に美しいネイルを作り「ありがとう」って言われるのって、やっぱりいいな。
もっとこの時間を丁寧に過ごしてみようかな。
 
心の奥の方で、ポッと温かい感情が生まれていた。
もしかして失ってしまうのかもしれない、と思った時に、やっと大切にしたいものがわかったのだ。
目の前にいる人の喜ぶ顔をみること。
他に欲しいものなんて、本当は無かったのだ。
大きすぎる荷物をおろしてみた時、わたしはやっと仕事が楽しめるようになった。
 
 
 
 
***
 
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2021-11-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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