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メディアグランプリ

172cm、保育士の私は、ズボンも今もちょっとが足りない


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:レイ咖(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
ふー……カーテンで仕切られた狭い空間で、細く、長いため息をついていた。
真っ白な蛍光灯の光に照らされた、鏡越しの自分の姿を見る。
しかたない、いつものこと。自分で自分を納得させることにすっかり慣れてしまっていた。
 
身長172cm。気に入って試着した服は、いつも何かもの足りない気がしてしまう。
すごくイヤではない。だけど、すごく満足でもない。
ズボンの裾の長さも、毎日も、全部”イマイチ”だ。
 
保育園の先生になって12年。34歳にもなって本当に恥ずかしい話なのだが、実家に住まわせてもらっている。家に帰れば母親が作ったごはんがある。ほのかに洗剤の匂いが香る洗濯物は、いつもパキッと乾いていて、几帳面に棚に入れられている。帰る場所があって、戻れば食事と清潔な空間がある。大人になっても、家に帰れば私はまだこの家の子どもだ。わが子を育てたことはないが、子育ての苦労は十分感じている。保育士になって、子どもと何時間も一緒にいるようになってから、親の存在の偉大さを感じる毎日だ。
食べたり、着替えたりは自分でするとは言え、今日ものろのろと起きてきて、母親が作った朝ごはんを食べる。スクランブルエッグに、ヨーグルトにりんご。学生時代は空腹で目が覚め、ごはん、味噌汁、納豆をもりもり食べていた。いつしか朝からたくさん食べられなくなってきて、母は調整してくれるようになった。
 
「おはようございます」TVから聞こえるお天気お姉さんのテンションについていけない。とろとろ卵を口に含む。半熟が好きなことを知っている母は、いつも絶妙な固さで出してくれる。塩気ととろみがおいしい。大好きなものを食べて、うれしいはずなのに、鬱々とした気分が抜けない。またあの騒々しい所に行かなくてはいけないのか……。ジャージに着替えて、うさぎのエプロンを着ける。服を着替えると、私はこの家の子どもから、先生になる。
 
「あれ? どうしたの? 今日は行きたくなかった?」まずはこども達をなだめることから始まる。朝はとにかく時間がない。保護者は出勤時間が決まっている。それまでに子どもを起こして、食事を摂らせ、自分の支度もしなくてはいけない。子どもというのは時間がない時に限って問題を起こす。行きたくない! とダダをこねたり、味噌汁をこぼして服を汚したりする。朝から叱られてくるこども達は機嫌が悪い。朝の一仕事だ。家に帰りたがる子どもをなだめながら、確かに家がいいに決まってるよな。と心の中で呟いていた。
 
全員が登園して、やっと落ち着くと、体操をする。終わったら朝の会をして、外に行く。最近こども達は外に行くと決まって
「せんせー! だんごむしとろ!」と誘ってくる。
「いいよ。ダンゴムシさんどこにいるかな」少し高めの声を意識して出す。気を抜いたら、やる気がない声が出そうだった。こども達は同じ遊びを何度もする。ブームがくるのだ。今はダンゴムシが気に入っていて、ひたすら獲り続ける。大人の私はもうすっかり飽きてしまっていた。
「あ! ここにいた」とちょろちょろ動くダンゴムシを捕まえようと、指で追いかける。摘まもうとしては逃げられ、また探して、また見つけて。飽き飽きしている私をよそに、彼らはこの繰り返しをもう何週間も続けている。
 
外遊びが終わったら、給食だ。まだ遊びたいと言う子どもをなだめ、教室に入れ、食事の準備をする。配り終えて、彼らが食べ始め、やっと座れるかと思うと
「せんせー。こぼれた」と呼ばれる。
 
「大丈夫?」とこぼれた味噌汁を拭いて、掃除をして、着替えさせる。これが毎日だ。
 
例えでなく、本当に息つく隙がない。ほっと出来るのは、こども達が寝ている1時間くらいだ。
「はー……」と長い息を吐いて、イスに深く体を預ける。ぼーっとすると、自分はこのままずっとこうして働き続けるのかと思うことが増えた。
 
本当に大変だけど、こどものことがすごく嫌いなわけじゃない。手はかかるが、
「せんせいすき」なんて言われると、抱き締めたくなるほど、いとおしい。
給料は一般職より少ないが、食べることに困っていない。仕事がなくなるかもしれない不安を感じることもない。
 
だけど、何かが違う。
あともう少し給料があったら。
あともう少し自由に働けたら。
もう少し、ほんの少しが足りない気がする。
なのに、多少の不満は仕方ない。と諦めることに慣れている自分に気が付いた。
 
すごく気に入ったズボンはいつも少しだけ足りない。
いつからか、もう仕方ない。と納得しなくても買うことが増えた。値段が手ごろで、色が好きで、ウエストが入ればそれでいい。もう仕方ない。こうやって諦めることばかりになった。
毎日の生活も、ズボンも私は”仕方ない”と思うのが当たり前になっていた。
 
 
「いかがでしたか?」カーテン越しに店員さんの明るい声が聞こえてきた。
「ああ……大丈夫です」とあいまいな返事をして、もう一度鏡に映るズボンを履く自分を見つめる。
カーテンを開け、
「これ戻してください」とズボンを返す。今日は買わないことにした。
 
「ありがとうございました」店員さんの声を聞きながら、店を颯爽と出る。
 
まずはズボンから、仕方ない、しょうがないを止めてみることにした。
 
 
 
 
***
 
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2021-12-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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