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美津子さん


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:秋野ゆみこ(ライティング・ゼミ10月コース)
 
 
「はい、これ」
コロナ前のとある月曜日の朝、私が出勤すると美津子さんは小さな袋を差し出しました。
「? 」
「ありがとうございます」
私は怪訝な顔をして受け取りました。3cm×5cmくらいの小さな袋で派手な色を使った絵文字が特徴的です。どう見ても外国のお菓子のようなのですが何だかわかりません。
「何ですか、これ? 」
いつもの何かのいたずらだろうと思って笑いながら聞きました。
「ちょっとね。ベトナムに行って来たの」
「金曜日休んだでしょ。今朝の6時に帰って来たのよ」
彼女はいたずらっ子のような目をして言いました。
「えっ!? 美津子さん寝てないんですか? 」
彼女はふふふと軽く笑いました。
 
美津子さんは今年70才で職場では最年長です。もう定年も過ぎて再雇用で働いていますが、先輩風を吹かせる事もなく、後輩達から慕われている存在です。
 
年を取ると人は二つに分かれると思います。
もう年だからと諦めて全て消極的になってしまう人と、年齢に関係なく積極的に行動していく人。
もちろん、彼女は後者です。
好奇心旺盛で、20代、30代の同僚達とも気さくに話をするし、その話がとても面白いのです。
彼女の周りには自然にたくさん人がいて、明るい雰囲気が漂っていました。
私が人事異動でこの部署に来たばかりの時は、とにかく彼女の後ろをずっとくっついて色々教えてもらいました。
初めて会った時、彼女は優しい笑顔で、
「よろしくお願いします」
と言って頭を下げてくれました。私の方がよろしくお願いする立場ですからとても恐縮しましが、その笑顔に心からほっとしました。
ベージュのスーツに、肩に少しかかるくらいのセミロングの髪、ちらっと見える上品なイヤリング、綺麗にひかれた眉。素敵な人だなあと思ったのをよく覚えています。
 
「昨日は一人で宇都宮まで餃子を食べに行って来ちゃった」
と、言われて驚いた事もありました。
「どこの店が美味しいのかさっぱりわかんないから、タクシーの運転手さんに連れて行ってもらったのよ」
彼女にはたくさん友達がいるし、誘えば一緒に行く人はいるのですが、こうやって一人でもどんどん行動してしまいます。
お子さんもお孫さんもいるのですが、敢えて一人暮らしを選んでいるようでした。
 
「何でそんなに行動的なんですか? 」
と、聞いた事があります。
「だってその方が面白いじゃない」
彼女は、そんなの当たり前でしょという感じで答えました。
私も面白い事は大好きです。でも、そんなに簡単に行動には移せません。例えば、宇都宮に餃子を食べに行きたいなと思っても、現実的には近所のスーパーでパックに入った餃子を買って来るくらいが関の山です。
 
「でもね、私、あんまり考えないで行動しちゃうのよ」
ちょっと反省気味に言葉を続けました。まるで女子高生のような発言だなあと、微笑ましく聞いていると、
「離婚してるし」
珍しく彼女の顔が曇りました。
「大変だったんですか? 」
私が聞くと、真剣な顔で、
「子供が小さかったからね」
今から40年も前に女手一つで子供三人を育てるのは本当に大変な事だったろうと思います。
この会社に「拾ってもらった」おかげでなんとか生きてこられた。というような事を言っていました。その表現が適切かどうかはわかりませんが、同じ子供を持つ親として彼女の苦労を思うと胸が痛くなりました。
 
美津子さんは決して完璧な女性ではありません。渡したはずの書類をなくしたり、お茶をこぼしたり、机の角に足をぶつけたり、しょっちゅうドジな事をしています。でも、それもご愛敬をいう事で却って彼女の魅力を増していました。
 
そんなある日、美津子さんが入院したという話が飛び込んできました。どうやら転んで脚を骨折したようでした。
しばらくは安静という事でしたが、一月ほどたってお見舞いが許されると会社の同僚達と美津子さんの病院へ向かいました。4人部屋の窓際に美津子さんのベッドはありました。娘さんが付き添っていましたが、私達が到着すると席をはずしてくれました。
そこには、化粧気もなく髪もといてない、いつもとは違う美津子さんがいました。
「美津子さん、どうですか? 」
私達は美津子さんに声を掛けました。瞑っていた目をあけてこちらを見ると、
「またドジしちゃった」
と、力なく笑いました。包帯をぐるぐるに巻かれた足を見ると事の重大さが伝わって来ました。私達はかける言葉もなく、
「早く良くなって会社に出て来て下さい」
と、言うのが精一杯でした。
 
帰り道も全員が意気消沈していました。美津子さんの怪我ももちろん心配でしたが、病室の美津子さんは間違いなく70代のおばあさんでした。私も含めてみんなその事に大きな衝撃を受けていました。
 
それでも、美津子さんは不死身だと勝手に思っていた節があります。きっと良くなって、また職場に明るい笑顔を振りまいてくれるに違いない。けれど、それは叶いませんでした。彼女は車椅子の生活になり、そのまま退職してしまいました。寂しい気持ちでいっぱいでしたが、どうしようもありません。
 
それから1年くらい過ぎた頃でしょうか。突然、美津子さんから連絡を貰いました。
「誕生日パーティーのお誘い」
そのメールをどんなに嬉しく受け取ったかわかりません。久し振りに美津子さんに会える嬉しさで当日までがじれったく、進みの遅いカレンダーを恨めしく見つめていました。
やっとその日がやって来て、私はプレゼントを持って指定のお店に行きました。
小さいけれども洒落たイタリアンレストランで、美津子さんらしいなと思いました。彼女の家族や友人達が30人くらい集まっていました。その中で、主役はもちろん美津子さんです。
車椅子に乗ってはいましたが、綺麗にお化粧して飛びっきりの笑顔で私を迎えてくれました。それはいつもの美津子さんでした。私は安堵と嬉しさでかなり興奮していたと思います。
「お誕生日おめでとうございます! 」
プレゼントを渡しながら笑顔で言いました。
「ありがとう」
「紹介するわね。こちら隆史さん」
美津子さんは傍らの男性を紹介してくれました。
「このお店のオーナーなの」
続けてこう言いました
「私の彼氏」
隆史さんは美津子さんより5歳年下で、なんでもリハビリ中に知り合って意気投合したんだとか。
まったく美津子さんにはいつも驚かされます。
でも、以前よりもますます綺麗になった美津子さんを心から祝福します。
そして、美津子さんはいつまでも私の希望の星なのです。
 
 
 
 
***
 
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