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「親に隠れて濃いめのカルピスを作ったあなた」に贈る「カルピスの呪い」


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:山本英門(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
「濃いめのカルピス」をご存じだろうか。コンビニに行けばおそらく売っているだろう。普通のカルピスウォーターの推定2倍の濃さで、カルピスの真髄を味わうにふさわしい商品だ。濃厚なカルピス感が胃に染みわたる。飲んだ後、私は得をした気分で満足感に浸る・・・・・・浸っているうちに、私の心の中にはザラッと、いやチクッとした痛みが走る。そう、それは「カルピスの呪い」だ。
 
最初に交通整理を行う。あなたはカルピスウォーター「前」か、それとも「後」か。これは戦前/戦後に匹敵する分かれ目だ。カルピスウォーターは1991年デビュー、今から31年前だ。少年少女の時分、コンビニでカルピスウォーターを買っていたあなたはカルピスウォーター「後」である。では1991年以前、人々はどうやってカルピスを飲んでいたのか。そう、カルピスは「家で作って飲むもの」だったのだ。
 
時は昭和、1980年代中頃、私が少年の頃の話である。当時、カルピスは高級品であった。ごく平凡なサラリーマン家庭に生まれた私にとって、カルピスはめったにお目にかかれない「高嶺の花」だった。もちろん、母親のダイエーでの買い物リストに入ることはない。我が家にとってカルピスは「買うもの」ではなかった。カルピスはお中元やお歳暮の時分に「神様からの贈りもの」のように我が家にやってくるものだった。
 
天国から我が家に降臨したカルピスは、9歳児を錯乱させるに十分な魔力を備えていた。私は届いた直後から1時間おきに「開けていい?開けていい?」と母親に迫ったものだ。「もったいないからまだだめよ」とか「お父さんが帰ってきてからね」と言われ、しばらくお預けを食らう。なぜか母は勿体ぶって2、3日は目につくところにカルピスの瓶を飾っていた。母にとっても手を合わせたい対象だったのだろうか。
 
狂わんばかりの懇願を経て、母親から無事にカルピス作りの許可をもらった私だが、我が家には厳格なルールが存在していた。母親がうやうやしく瓶を傾け、「濃縮カルピス」を大きめのコップに1cmほど注ぐ。「もうちょっと」の小声もむなしく、毎回1cm。この「1cmルール」が私の人生に暗い影を落とすことになるとは、私も母親も思いもしなかった。
 
私に許された工程は水と氷を入れる作業。全体量が5cmくらいになるように少しずつ水を入れていく(瓶の裏に「5倍に薄めてください」と書いてある)。ルール遵守が大前提の我が家では、きちんと5倍になっているかを毎回母が確認していた。規定量に達したら氷を入れ、ゆっくりとかき混ぜる。満面の笑顔とともにカルピスの完成である。カルピスが喉を通り抜け、胃から全身に幸福感を満たしてゆく。
 
体を駆け巡る幸せをかみしめると同時に私(のみならず全国の少年少女)は思うのである。「もっと濃いカルピスを飲んでみたい」と。与えられる濃縮カルピスは常に1cm。私は考える。水の量を少なくすればカルピスは濃くなる。しかし、カルピスの全体量は減る。質を取るか、量を取るか。9歳児にとってこの「トレードオフ」は過酷な選択。カルピスの神様は意地悪だ。
 
そんな夏のある日、両親はどこかに出かけ、私はひとりで留守番をしていた。「カルピス飲みたいなあ……」30分を超える逡巡ののち、私はひとりでカルピスを作る決心をする。「ひとりカルピス」は禁止ではなかったが、親に隠れてカルピスを飲むには相当の勇気が必要だった。
 
私はドアの外を確認する。両親の帰ってくる気配なし。ベランダも確認。人気なし。鳥かごのインコも確認。これは大丈夫か。四方の安全を確認し、私は恐る恐る冷蔵庫に向かった。
 
厳格な1cmルールを守り、濃縮カルピスを注ぐ。いつものように5倍に薄めて氷を入れ、かき混ぜればおいしいカルピスの出来上がり、のはずだった。はずだった、のだ。
 
悪魔がささやく。
 
「濃いカルピス、飲みたくないか?」
 
冷汗が私の顔をつたう。
 
周囲を見渡す。誰もいない。
 
母親のルールは守らないと。
 
「濃いカルピス、飲みたいだろう?」
 
そりゃ飲みたいけど……
 
迷うこと5分、いや10分か。
 
私は悪魔に全面降伏した。
 
震える手で瓶を取り、さらに1cm注ぐ。再び冷汗が顔をつたう。今母親が帰ってきたら……私の動作は自然と倍速になる。水はいつもの量、氷も入れてかき混ぜるやコップをつかむ。早く!早く飲まないと―
 
決死の冒険の末の「2倍カルピス」の味は、私の記憶の中に残ることはなかった。残ったのは悪魔に屈した絶望感、一線を越えた背徳感、そして喉の奥に引っかかるカルピスの香りだけだった。
 
苦しみは続いた。誰かに「ひとりカルピス」を見られたりはしてないだろうか。母親が「あら、ずいぶんカルピスが減ってるわね」と言い出しはしないだろうか。私は生きた心地がせず、不安にまみれた日々を過ごした。大いに懲りた私は、それ以来二度と暴挙に出ることはなかった。また、カルピスウォーターが発売されたこともあり、私の中からこの「真夏の悪夢」は消えていった。
 
時は平成に戻り2016年、何と「濃いめのカルピス」なるものが発売された。私には神様の声が聞こえた。「汝は悩んできた。母に隠れて倍の濃さでカルピスを作ったことを。もう苦しまなくてよい。そなたのための2倍カルピスである。カルピス社公認である。誰からも隠れず、気兼ねなくこの濃いカルピスを飲んでよいのだ」と。これはカルピスの神様からの「赦し」なのか。私は救われた……のか。
 
私は「濃いめのカルピス」を手に取った。ラベルをじっと見つめる。40年前と同じく、頭の中で逡巡する。そしてそっと冷蔵棚に戻し、普通のカルピスウォーターに手を伸ばした。「カルピスの呪い」が解ける日は、来るのだろうか。
 
 
 
 
***
 
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2022-03-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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