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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:中村まりこ(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
「痛い、痛い……、痛い」
 
あの世に逝く前の祖父が毎日呟いていた言葉だ。
どこが痛いのかも、何で痛みが出ているのかもわからず、
わたしは何もしてあげることができなかった。
 
「介護」についての知識も、スキルも、どういうものがあるのか
どういう痛みがあるのか、何も知らなかった。
 
祖父は大正生まれで、大正・昭和・平成・令和と4つの元号を生きた。
もう少しで100才だねと話していたが、100歳の壁はやはり高かったようで
その前に他界した。
いわゆる老衰で、病院のようなに管をつけられているわけでもなく、
自宅のベッドの上で逝ったのだ。
 
訪問診療をしてくださっていた先生は言った。
「自宅で息を引き取られる方は本当に今の時代、稀ですよ。中村さんは幸せですね」
 
実際にそうなのだろう。
そう、世間一般的には、幸せなのだろう。
 
ただ、この言葉を、
私は素直に受け取れなかった。
 
幸せだったのだろうか。
祖父は、最期の時まで自宅での介護で
本当に幸せだったのだろうか。
「幸せ」とそう思ってくれながら、逝ったのだろうか。
 
今となってはわからない。
まぁ、祖父は家族が集まるたびに涙を流しながら
「ありがとう」と言っていたので嫌ではなかったと思うが、
「幸せ」だったかまでは、わたしは自信がない。
 
もし、祖父が逝く前に私が「介護スキル」に出逢っていたなら。
 
祖父も家族ももっと楽に、もう少し笑顔で、
祖父の逝くまでの日々を過ごせたのではないかと思ってしまえてならない。
 
高齢化がまだまだ進む社会状況下で、あと50年後には単純計算でも、
国民ひとりに対して高齢者1人を介護する時代が到来すると言われている。
そんな未来が目に見えているのに、介護業界の人員不足と嘆いているだけ。
もっと介護スキルの勉強活動を行ったり普及キャンペーンか何かをうつなど、
国としてこの問題への解決策を推し進めるべきではないかと思うこの頃だ。
 
そんなことを思い始めたのは、なんのご縁かわからないが、
わたしは祖父が通っていたデイサービスを運営する会社へ出向することになったからだ。
ドがつく素人状態で、有料老人ホームの介護職として働くことになり、
昨年秋からお世話になっている。
 
そこでの毎日は目まぐるしい(私が介護ド素人ということもあるが)が、
日常の同じことの繰り返しのはずなのに毎日が尊く、とても奇跡的に感じられるのだ。
 
それはなぜか。
 
毎日が「死」と隣り合わせなのだ。
 
普段の生活の中で、「死」を身近に感じることが
あなたはあるだろうか。
 
おそらく答えは「NO」だろう。
むしろ、「死」というものに対して、いつか来る未来くらいの感覚だと思う。
 
高齢者介護の現場では、すぐそこに「死」があるのだ。
 
むしろ「死」は何も特別なものではなく、
日常の一コマだったとすら思うほどの近さだ。
 
「あ〜、そんなに近くに居たんだね、死って」
 
そう「ふっと」気づいたときの衝撃を、私は忘れることはないだろう。
それ故に、毎日の「日常を生きる」という行為が、本当に力強く、そして美しいのだ。
 
高齢者介護現場はその日常的に訪れる「死」を迎える日まで、
いかに穏やかに日常生活を送っていただくかに尽きる
と、現場に入ってから私は感じている。
 
今日がとても元気であっても、明日もそうとは限らないのだ。
急に体調が悪くなったと思ったら、緊急搬送され還らぬ人となることも日常の情景だ。
 
だからこそ、同じことの繰り返しの日常生活でも、
いかに楽に、心地よく、負担なく、穏やかにすごしていただけるか、
そのために介護スキルがあるのだと
わたしの体が体感している。
 
 
介助者は介護スキル・知識を駆使しながら、
食事・排泄・更衣・入浴などの日常生活介助をしつつ、
施設入居者の健康面を注意深く観察し、顔色、気落ち、言動など日々の変化を見逃さない。
自分の命だけでも保つのに大変なのに、他人の命に注意を張り巡らせ無事を守るのだ。
なんとも身も心も消耗をする仕事である。
 
少しでも介助者自身の身体的負担を軽くし、日々の変化により注意を向けられるように、
介護スキルは、考案されているのだ。
介護のプロたちがスキルを駆使して、穏やかな日常を施設で作り上げているのだ。
 
そう、介護というものは、
スキルをもった介助のプロですら、身も心も削るほどの重労働なのである。
 
それを自宅で行う自宅介護は
相当な身体的・精神的負担が介助者となる家族にもかかるということを
心に留めて欲しい。
 
だが、多くの人は自宅で余生を過ごし、
自宅で死を迎えたいと思うのではないだろうか。
また、それを叶えてあげたいという「感情」が作用し、
家族も「自宅で過ごさせてあげたい」と自宅介護を選ぶのだ。
 
しかしそうなると、この高齢化社会の1人1介護時代が到来するならば、
こんな光景が目に見えて増えるのではないだろうか。
 
技術も知識もなく、ただただ、家族という「情」だけで必死に介護をする。
介助者の家族は心身ともに疲弊し、
「あと何年………」と大切な家族の死を願うようになる。
その思いを抱いてしまったことに対して自分を責めるようになる。
体力を消耗し、家族の死を願ってしまう自分を責める毎日。
 
「もう楽になりたい………」
 
日常として隣近所であふれるかもしれない。
介護の末の悲惨な事件がニュースで見るだけではなく、
お隣さんでも起きるかもしれないし、
自分がそうなってしまうかもしれない。
 
もう「隣の芝生」といっていられないのだ。
 
そうならないためにも、
あなたには今すぐにでも介護スキルを手にしてほしい。
 
動画サイトにも技術はアップされている。
無料で得られる知識だ。
わかりやすく、初心者でも真似をできるものも多い。
これだけでもかなり自宅での介助は楽になるだろう。
 
今、介護スキルや知識を手に入れたわたしが、祖父を介助していたら。
このスキルや知識を、家族に伝えられていたら。
祖父はどんな最期をむかえたのだろう。
 
あなたは、愛する人が介護が必要なったとき、
「自宅で過ごしたい」と言われたらどう答えるだろうか。
 
「Yes」と答える覚悟はあるか?
「Yes」と答える準備はできているのか?
 
あっ、そうそう。
介護は何も高齢になってからだけ、発生するものではない。
突然の病気・不慮の事故で、明日急にそうなることもあるということを
忘れてはならない。
 
だから、「今、すぐ」に答えられるようにしておいたほうがいい。
自分は「Yes」と答えるのか、それとも「NO」と答えるのか。
 
もう一つ、忘れがちなので付け加えておこう。
あなた自身が介護される側になる可能性もあるということを。
そう、いつ何時でもそうなる可能性は誰にでもあるのだ。
 
そしてあなたに聞きたいことがある。
あなたは自分の最期の時を、「死」を、どこで迎えたいですか?
 
 
 
 
***
 
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2022-03-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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