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メディアグランプリ

“神の手”には決してなれない、でも私にもできることはあると知った。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:玉置裕香(ライティング・ライブ福岡会場)
 
 
死に立ち会ったことがあるだろうか。
家族、友人、恋人……。
大切な人を亡くしたとき、そこには悲しみが広がる。ときには後悔も。
 
終わりは突然だ。どんなに準備をしていても。
死ぬ最期に、もし猶予があるならば、何ができるだろうか。
迷ったときに、いつも思いだす家族がいる。
 
 
私は外科医になって2年目だった。今までは、手術前の検査からどのような状態かを把握し、術後の管理は何に気をつけたらよいかを考える。何か異常があればいち早く報告する。それが仕事だった。手術は先輩たちの後ろから盗み見て学んでいた。術者としての経験を積んでいく、スタートの年だった。
担当は80歳のおじいさん。畑仕事をしており、頭も足腰はしっかりしていた。
病名は胆石症。腹腔鏡手術を予定していた。何度か経験した手術だった。
入院した日、夫婦に手術の説明を行った。
「わしゃ、わからんけん、先生に任せるよ」
「はい、よろしくお願いいたします」 私は答えた。
手術は午後からだった。手術は一人ではできない。もちろん若手の指導として上級医と一緒に行った。臍に創をつけ、ポートという道具をお腹に挿入する。お腹を風船のように膨らませ、カメラでお腹をのぞき込む。あと3か所、ポートを挿入した。
胆のうを触ろうとするが、持ち上がらない。周囲の胃や大腸が炎症により強固にくっついていた。びくともしない。すぐに開腹となった。
右の肋骨の下に沿って大きく切開する。胆のうは固く触れ、肝臓にめりこんでいた。
これは大変な手術になった。心の中でそう思った。
上級医の指導の下、周囲の臓器を傷つけないように、胆のうから剝がしていく。肝臓との癒着は特に強く、少しずつ剥がしているときだった。
「あ、胆汁が……」
黄色い汁が流れてきた。わずか2mmの孔。胆汁の通り道である胆管を傷つけていた。すぐに状況を確認した。胆管の走行に異常があった。肝臓の後ろの方の枝を傷つけていた。術前の検査では胆石と炎症で胆管の走行がよくわからなかったのだ。
上級医と執刀を交代した。孔を縫うだけでは狭くなり、胆汁が流れなくなる。流れなくなったら大変だ。狭くならないために、細い管を孔から挿入し、肝臓を経由して体外に出す方法を行った。手術は6時間に及んだ。
状況を上級医と一緒に、家族へ説明した。炎症が強く開腹になったこと、術中に胆管の一部を損傷したこと、そのため細い管を挿入したこと、今後起こり得る可能性の合併症を説明した。当然、奥さんと娘さんから責められた。私は謝ることしかできなかった。これ以上の合併症が起きないように、それしかできることはなかった。
 
幸いなことに、おじいさんの体は順調に回復していった。細い管は入っているが、動くにも問題はなさそうだった。1日2回、8階の階段を上り下りしていた。かなり慎重に経過をみた。もう大丈夫だろうと判断し、2か月後にようやく退院となった。細い管もとれ、順調に過ぎた。
これでようやく終わった、と思っていた。
 
手術から7か月が経っていた。
突然電話がかかってきた。おじいさんからだった。
「最近おしっこがでにくい感じがするけん、先生診てくれんか」
「おしっこなら、泌尿器科がいいですよ。先生に頼んでおくので受診してください」そういって電話を切った。
数日後、泌尿器科の先生より電話が入った。
「この前のおじいさんを診察したんだけど、右の尿管が外から圧迫されて狭くなっているよ。腹水も少し溜まっている。前の手術ってガンだった?」
「え……?」
急いで、切除した胆のうを病理医と見返してみた。炎症があまりに強く、ガンとは断定できないけど、否定もできないとのことだった。採血では癌のマーカーが異常に高かった。
状況から、胆石を伴う胆のうガンであり、術中に胆汁が漏れたことでガン細胞が腹腔内に散らばった。腹腔内のガン細胞が半年以上経ち、尿管を圧迫した。腹水はガンによるものと考えられた。
胆のうガンは抗がん剤も効きにくく、高齢のため治療は厳しかった。
本人と娘さんへ本当のことを伝えるしかなかった。
「そうか。原因がわかってよかった」おじいさんは言った。横で娘さんは泣いていた。
最悪だった。合併症を起こしただけでなく、ガンだったなんて。自分の未熟さがこんなにつらかったことはなかった。
 
それから半月後。おじいさんが救急車で運ばれてきた。
自宅で突然息が苦しくなり、意識が一瞬なくなったらしい。お腹はパンパンに膨れ、足はゾウのようにむくんでいた。起き上がることができなかった。
病気が急激に進行していた。
娘さんに説明を行った。できることは苦しまないために症状を緩和する医療を行うこと、余命はおそらく1~2ヶ月。ご家族でほかに伝えなければいけない人はいませんか。
今まで何度も娘さんと話をしてきて、初めて家族について教えてくれた。
「私には二人の兄がいます。一人は東京にて、父のことが大好きだったので年末に返ってくるように伝えます。もう一人の兄は、近くにいますが、絶縁状態です。もう20年会っていません。父が会いたいと思うかわかりませんが……。先生から説明して、会うように説得してくれませんか」
 
私にできることなんて多くない。すぐに問題の息子さんへ連絡し、来てもらった。スーツ姿の冷たい感じのする人だった。
病気のこと、残された時間が短いこと。そして、後悔がないように会ってほしいと伝えた。無表情でどう思ったのかよくわからなかった。その日は会わずに帰っていった。
 
今度はおじいさんへ話をした。息子さんの話を聞き出そうとした。東京にいる息子さんのことは喜んで話してくれた。でも、問題の息子さんのことになると黙り込んだ。
「あんなやつは知らん」
私には無理なのかな、そう思った。でもあきらめるわけにはいかなかった。
最期に後悔なんてして欲しくない。ただひたすら説得をした。
 
数日たって、問題の息子さんがお見舞いにきた。部屋には二人きりだった。
何を話したのかは誰にもわからなかった。
 
入院して1か月後。おじいさんは家族全員に見守られながら息を引き取った。
初めて会った時から9か月。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
その日、私は一日中泣いた。
 
 
2ヶ月ほどが過ぎた。奥さんと問題の息子さんが一緒に外来に来た。
初めて息子さんが嬉しそうな顔をした。
「あの時に父と話ができた良かったです。最期に父が許してくれました」
横で泣きながら奥さんが頷いていた。
「今ね、息子が私の面倒見てくれているのよ」
2人とたくさんの思い出話をして別れた。
 
 
医師、という仕事は人を治すだけではない。むしろ完治、できるのは多くはない。
少なくとも、神の手、といわれる外科医には私は到底なれない。
病院にいるほとんどの人は病気と闘って亡くなる。最期はできるだけ苦しくないように、患者さんとご家族をサポートしていく。
どのように人と関わるか、どのように伝えていくか。「医師」という職業はなんだろうか。
少しだけその問いが見えた気がした。
 
 
 
 
***
 
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2022-03-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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