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メディアグランプリ

海が鳴く


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:大室 岳(ライティングゼミ・集中コース)
 
 
海と空の境目がわからなかった。空がどこからはじまってるのか、海がどこで終わるのか。星が落ちてくるんじゃないかってくらい近くに見えた。靴の中には細かい砂が入ってきて少し気持ち悪い。風がざわざわと鳴って、波が浜に寄せる音が聞こえる。腕時計に目を落とすと時計の短い針は10の数字を指していた。
 
「もうあなたとは会わない」
 
彼女は最後に会ったとき、そう告げて僕の目の前から去った。コーヒー二つ分の値段が書かれた伝票も彼女が持っていった。僕は何年も喫茶店で勘定を払ったことがなかった。
 
彼女と最後に会った前の週に僕は仕事を辞めた。結婚式場のカメラマンの仕事だった。本当は歌だけで食っていきたかったけれど、先輩が僕の写真を見て仕事を紹介してくれた。だけど撮るものはいつも同じ。同じ衣装、同じ顔、お決まりの流れ。毎週末やってくる同じ仕事にうんざりしていた。カメラマンの仕事を辞めたら大変になるのはわかってたけど、もう限界だった。
 
彼女が僕のもとを去った次の週は彼女の誕生日だった。だから何かプレゼントでも買おうと少しお金を貯めていた。使う当てのなくなったお金と時間を使って、週末に旅行に行くことにした。昔から行ってみたかった沖縄の離島、阿嘉島に行くことにした。
 
とりあえず飛行機のチケットとホテルの予約をした。次の週末は金曜日から三連休だった。いつもなら結婚式でシャッターを押していたことを考えると、すがすがしい開放感だ。
 
金曜日、早朝に起きて福岡空港に向かった。荷物はリュック一つ。下着と財布と洗面用具、あとは小さなミラーレスカメラしか入っていない。
 
飛行機待合ロビーまでの長い廊下を歩いていると日焼け止めを忘れたことに気がついた。瞬間、後ろを振り返る。あのさ、と喉まで出た言葉を飲み込んで思い出す。僕は一人だと。
 
沖縄には彼女と何度か行ったことがある。空港で一緒に食べたソーキそば、二人でビーチに座って飲んだオリオンビール、ホテルの窓の向こうから聞こえる波の音。忘れてた記憶が溢れてくる。
 
「私、沖縄のチャペルで結婚式あげたいな」
「俺がもっと売れたらハワイでやろう」
「期待してるよ」
「楽しみにしてて。俺の歌、たぶんミリオンセラー」
「クラシックなのに」
 
あの日、恩名村のホテルの裏にあるビーチで話をしたことは、当時は確かに実現するような気がしていた。
 
空港からモノレールに乗って、終点の一つ手前の駅で降りた。そこから歩いて泊という名前の港まで歩いた。
 
旅客船乗り場にはカップルがたくさんいた。なぜだかいつもよりカップルが目に入り、自分が一人だと言うことを強く認識する。カップルのすべてがなぜか自分より幸せそうに見える。僕には明日のこともよくもわらからない。
 
船に乗って1時間くらいで阿嘉島に到着した。半分くらいの乗客が阿嘉島で降りて、各々泊まるホテルや民宿の送迎車に乗り込んでいった。僕は相場の3分の2くらいの安い宿を取ったので、送迎には誰も来てくれない。船を降りてしばらく、港の駐車場で去っていく大きめの車たちを眺めていた。
 
歩いて15分で宿に着いた。10月というのに沖縄の離島はまだ暑かった。シャツが汗で湿り、肌にひっついて気持ち悪い。もう16時を回っていた。チェックインして少し散歩がてらビーチに足を運んだ。サンセットが見たくて乾いた流木の上に座り、日の入りを待った。
 
本島の港の売店で買ったぬるいオリオンビールを飲んでいると続々と人が集まってきた。みんなサンセットを見るつもりなのだろう。しばらくすると太陽が色を少しずつ変え、その一部が水平線の向こうに沈んでいこうとしていた。僕は息を飲んだ。
 
宿では食事が出ない。それで外で食べようと思ったが阿嘉島には夜やっているレストランがなかった。仕方がないので店で唯一、食品が売っている商店に行ってビールと簡単なツマミ、それと明日の朝に食べるパンを買った。
 
そのままもう真っ暗になったビーチに向かった。本当の闇というものを自分は知らなかったのだと実感させられる。スマホの懐中電灯がなければ何も見えない。流木を探して、その上に腰を下ろす。ツマミの袋を開けて、ビールのプルタブを引くとプッシュと音が聞こえ、液体が少し溢れてきた。汚れた手をズボンで拭いてビールを口に運ぶ。ビールを飲み込むときに喉がなった。
 
少しずつ目が暗闇に慣れてきたのか、星が見えるようになってきた。風が強く昼間とは打って変わって肌寒い。一本目のビールが空になって、そのまま身体を砂浜に投げ出した。空を見上げると一面が星空だった。
 
星が落ちてくるとか使い古されたフレーズだと思ったが、そうとしかいいようがない。瞬く間に何度も星が流れる。俺の願いが何個叶うんだと思いながら、星を眺めていると、頬が濡れていた。
 
何の考えも浮かぶことなくただ泣いた。声も出なかった。気づいたら時計の短針は11時を指していた。明日、食べるつもりだったパンは袋のなかで潰れていた。
 
 
 
 
***
 
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